第70話 皇都到着
「お、ベルンシュタットが見えてきたな……。よかったよかった」
ハイトブルクを出てから二時間弱。俺はリリーの実家のあるベルンシュタット上空に差し掛かっていた。
ちなみにベルンシュタットはハイトブルクから見て南南西、皇都は南西の方角に位置している。本来なら直線距離を結んだ方が早かったのだが、俺はまだ皇都に行ったことがない。ならばどうせ数時間の誤差なのだし、遠回りして行ったことのあるベルンシュタットを経由して行こうと思ったのだ。
家から持ってきた皇国の地図が正確ならば、皇都とベルンシュタットはほぼ同緯度に存在している筈だ。一旦ベルンシュタットまで出てしまえば、あとはひたすら街道を西へと進めば皇都に着くという訳である。
「上から見ると結構綺麗だなぁ~」
ベルンシュタットはハイトブルクとほぼ同規模の大都市だ。人口は約10万で、街の中心部には背の高い建物が整然と並んでいる。赤茶色の屋根が広がる光景は、まるでドイツのネルトリンゲンのようでたいへん美しい。特に用事がある訳でもないので寄りはしないが、今度久々にリリーとベルンシュタットでデートでもしようかな。
なんてことを考えていたら、ベルンシュタットを通り過ぎてしまった。皇都までもうあと二時間くらいだろうか。近くを飛んでいた鳥の群れを追い越しながら、俺は皇都へと進路を切り替えるのだった。
*
「でかい」
威風堂々たる城壁を見上げてそう一言、俺は腕を組んで唸っていた。流石は皇都だ。ハイトブルクやベルンシュタットもなかなか立派な街だが、皇都は格が違う。言うなれば札幌や仙台と東京の違いといった感じだろうか。街の規模も違えば、道を往く人々の数も違う。ハイラント皇国の首都なだけあって、まだ城壁の外だと言うのに物凄い活気であった。
「へいそこの兄ちゃん! 干し果物の詰め合わせはどうだい?」
「採れたてのランゴの実だよ。おひとついかが」
「さあ旅の終わりで疲れたでしょう。果実水で喉を潤そう!」
並んでいる人達を相手に、屋台を転がして色々なものを売りに来ている商魂たくましい商人達が声を掛けてくる。
「じゃあ果実水を一杯お願いできるかな」
「毎度! 100エルだよ」
一杯百円ちょっとか。まあまあ安いな。氷で冷やされているみたいだし、自販機感覚で飲めるのは正直ありがたい。
「おいおっちゃん、俺にも果実水をくれ」
「はい毎度!」
「私達もちょうだい」
「毎度ー!」
俺の近くに並んでいた他の旅人達も果実水売りのおっちゃんに声を掛けている。今日は太陽が照っていてやや暑いからな。旅の終わりに冷たい飲み物を一気飲みしたくなるんだろう。
「ご馳走さま」
「はい、ども!」
飲み終わったら木のコップを返してお終い。この世界、紙コップなどというものは存在しないので、こうして飲み終わったら器を返さなければならない。まあそっちの方がエコだし余計なゴミも増えないので俺は良いと思うけどね。
さて、果実水で喉を潤していたら、若干列が進んでいた。この調子ならもう10分程度で皇都に入れる筈だ。人生初の皇都、なんだか楽しみだ。
✳︎
「はい、次の人ー」
遂に俺の順番になったので、俺は門番のところへと進む。
「身分証を」
「はい。あとこれ」
「ん……? っ、し、失礼しました! お、お預かりいたします!」
俺の身分証である家紋入りキータグを見せた途端、門番の態度が急変する。けどまあ仕方ない。ここは本来貴族用の門ではないのだから。
というか貴族用の門は正門にしか設けられていない。そこなら待たされずに入れるが、いちいちそこまで行くのも面倒だ。何より俺はこの東門の近くにある軍の駐屯地に用事があるので、わざわざ遠回りなぞしたくなかったのだ。
「それは別にいいよ。あと軍の駐屯地に行きたいんだけど」
「かしこまりました。こちらから案内を出します。先へどうぞ」
「ありがとう。暑い中ご苦労様〜」
門番に礼を言って、俺は門の中へと進む。そこには一人の衛兵が立っていて、俺の姿を認めると敬礼してきた。
「案内役を仰せつかりました、アーノルド・テールマン少尉であります」
「ご丁寧にありがとう。エーベルハルト・カールハインツ・フォン・フレンスブルク・ファーレンハイトです」
「お噂はかねがね。それではこちらへどうぞ」
噂なんて別にされていないと思うのだが、そこはまあ社交辞令だろう。「『白銀の彗星』=エーベルハルト」を公表するのはまだ先でいい。
それにしても少尉か。随分と若いので、軍の士官学校を出ているのだろう。なかなか落ち着いているし、優秀そうなオーラが滲み出ている。
「聞くところによれば、エーベルハルト様はブレイブハート中将のご紹介でいらしたとか」
案内される道すがら、テールマン少尉が話し掛けてくる。無言で案内すると俺に気まずい思いをさせかねないので、気を遣ってくれているのだろう。俺の中でますます彼の株が上昇する。
「そうだね、ジェットが是非にと誘ってくるもんだから」
特魔師団に入ると決意した本当の理由は情報が欲しいからだが、まあそこは言わなくても良いだろう。
「中将とファーストネームで呼び合う仲なのですね。流石です」
「ジェットとは知り合いなの?」
ジェットについて何か知っていそうな口振りだったので、今度は逆にこっちが質問してみる。
「ええ。実は私が士官学校の学生だった頃、中将……当時は少将でしたが、彼に指導していただいたことがあるのです。まあ一度きりの機会でしたが。光栄なことです」
「へえ。なかなか暑苦しい奴だったろ」
「それを私が言ってしまっては失礼に当たります」
「あははは」
ニコリと笑いながら、それとなく同意してくれるテールマン少尉。いい奴だ。
「こちらでございます」
「もう着いたのか。早いな」
これもテールマン少尉のなせる技だろう。楽しく会話している内に、駐屯地に着いてしまった。
話は既に通っていたのだろう。少尉が色々手続きをして、すんなりと中に入れてもらえる。そのまま少尉について駐屯地の中に入り、しばらく歩いて執務室のようなところへと案内された。
「失礼致します。エーベルハルト様をご案内して参りました」
「おお、入ってくれ!」
中から聞いたことのある野太い声が響いてきて、俺は苦笑いしてしまった。
「それでは私はここで失礼します」
「案内ありがとう」
テールマン少尉と別れて中に入ると、つい数日前に別れたばかりのジェットが机に座って何やら作業をしていた。
「エーベルハルトか。よく来たな」
「そっちこそお疲れだったろうに、よく仕事してるね……」
「昨日の夕方に着いてな。一晩寝たら元気になった」
「相変わらず体力が桁外れだな」
「エーベルハルトも魔力量は桁外れに多いではないか」
「そこはまあ、お互い様かな」
「お互い様だな」
少しばかり談笑してから、ジェットが説明に入る。
「それでは試験について説明しよう」
これは屋敷にいる時にジェットから聞かされた話だが、特魔師団に入団するためには試験を受ける必要がある。紹介があってもだ。というか、紹介が無いと試験すら受けられないといった方が正しいだろうか。
三大師団はエリート中のエリート。当然、入団希望者など星の数ほどいる。そんな数を全員相手にしていたらキリがないので、初めから実力がある程度わかっている人間を紹介して、その中から選抜しているのが実態だった。
とはいえ、それはコネで入れるとかそういう話ではない。たとえ団長の紹介でも落とす時は落とすようだ。
エリートに相応しい常識があるか。過酷な任務に耐えうる戦闘力はあるか。そして皇国を守る上で人格が真っ当かどうか。
それらを筆記・実技・面接の三方面から見ることで、合格者を選抜している。それでも倍率は10倍を軽く超えるらしい。
紹介されるレベルの粒揃いから選んでいてさえそれなのだから、どれだけ難易度が高いかがよくわかるというものだろう。
「前も伝えたが、試験は筆記・実技・面接の三つだ。全部一日で済ませるので、負担は大きくないだろう。早速、明日にでも試験を行いたい」
「明日か」
今日は旅で疲れているので、試験は明日。なかなかタイトなスケジュールだ。
「取り敢えず今日は宿を探す必要があるな」
「それは大丈夫。ファーレンハイト家が持ってる皇都の別邸があるから」
参勤交代ではないが、領地持ちの貴族ともなれば皇都に出て皇帝陛下に謁見したり、皇国議会に出席したりする義務が生じてくる。そのためにも皇都外に本拠地のある貴族は、皇都に別邸を持つのが一般的だった。
「なるほど。では明日の朝9時から試験を行うから、また明日朝に駐屯地に来てくれ」
「わかった」
ジェットが受験票を手渡してくるので、それを受け取って俺は立ち上がる。
「忙しいところ済まなかったな」
「なに、俺がお前を紹介したのだ。むしろこちらが礼を言いたいくらいだ」
「それじゃあまた明日」
「うむ。試験の結果を楽しみにしているぞ」
そうしてジェットと別れて、俺は駐屯地を出る。さて、明日に備えて今日はゆっくりするかな。
俺はファーレンハイト家皇都別邸を目指して、目に入るもの全てが新鮮な皇都の道を歩き始めたのだった。
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