第71話 皇都の邸宅とキケンなハプニング
皇都の目抜き通りを中心部に向かって歩くこと30分。周囲の建物がだんだんと上品なものに変わってくる。建物が「家」から「屋敷」になるにつれ、歩いている人の層も若干変わってくる。上流地区、いわゆる貴族街だ。
「へえ……、貴族街って言っても、明確な境界線がある訳じゃないんだな」
辺りを見回してみても、貴族街全体を囲うような外壁は見当たらなかった。代わりに一軒一軒が自前の塀で囲われいるようだ。中には塀で囲われていない建物もあったが、それでも窓に鉄格子がハマっていたり正面玄関がやたら頑丈そうだったりと、各々が防犯対策を取っているようだった。
加えて気が付いたのが、辺りを巡回している私設警備員のような人間の存在だ。衛兵や憲兵のように軍の制服を着ている訳ではないが、それっぽい感じのピシッとした制服に身を包んでいる。腰には剣を下げているので、この地域の治安維持のために私的に雇われた用心棒なのだろう。
幸いにして、俺が彼らに見咎められるようなことは無かった。いつもの冒険者としての恰好ならいざ知らず、今はきちんと辺境伯家の人間として恥ずかしくないような恰好——とは言っても普段着だが——をしているため、それなりの家格の人間だと思われているようだった。
さて、貴族街と一言に言っても、そこには一概には言い表せない差が存在している。例えば貴族街と一般街の境界線に位置するような小金持ち程度の屋敷なんかだと、世田谷とかにありそうな「ちょっと立派」程度の屋敷が多い。だが今俺が歩いているような中心部寄りだとマジモンの屋敷……というかもはや「ほぼ城」がゴロゴロ建っている。そして斯く言う我がファーレンハイト家の皇都屋敷もまた、かなーり立派な邸宅を構えているのだった。
「おおお……、オヤジには聞いてたけど、やっぱり凄いな」
目の前に建っていたのは、ハイトブルクの本邸宅ほどではないが、それに劣らないだけの風格を備えた大層立派な屋敷だった。周囲の屋敷よりも一、二回りは大きいだろう。むしろ周りが森や広い庭園でない分、比較対象があるのでより大きく見える。
まあ、辺境伯家は家格で言えば侯爵家と同格だからな。今一度、ファーレンハイト家が大貴族の一員なんだなぁ、と再認識させられる光景だった。
✳︎
「「「ようこそおいで下さいました、エーベルハルト様」」」
屋敷の前にいた用心棒に案内されて中に入ると、この家の使用人達が勢揃いして俺を出迎えてくれた。総勢20名近くいるだろうか。この屋敷にファーレンハイト家の人間は一人もいないというのに……。やはり屋敷をキープするのには人手が必要なのだろうか?
まあとにかく、伝書鳩で予め話が通っていたので、特にハプニングが起こることもなく俺は屋敷に入ることができた。
「皆さん、はじめまして。知ってると思うけど、エーベルハルト・カールハインツ・フォン・フレンスブルク・ファーレンハイトです。これから何年かはここに住みつつ、ハイトブルクと皇都を行ったり来たりする生活になると思うのでよろしく」
「「「よろしくお願い致します」」」
おお……、20人から一斉に返事されると圧が凄いな……。今まで多数相手に話したことなど無かったから、若干気後れしてしまいそうだ。
「ん……、あれ?」
20人の使用人達の中にどこかで見たような顔を見つけて俺は首をひねる。はて、どこかで会ったかな?
「いかがなさいましたか?」
一番年長の執事長が代表して訊ねてくるので、訊いてみることにする。
「いや、あの子なんだけど、どっかで見たことあるような……」
「わ、わたしですか?」
俺が気になっているのは、左右に別れて並んでいるメイド達の中でも序列の低そうな若い女の子だ。年齢的には中学生くらいだろうか? サイドに分けられた短めのツインテールがなかなか可愛らしい。
「彼女ですか。アリス、こちらに来なさい」
「は、はひ!」
噛んだ。かわいい。――と、それよりも「アリス」か……。
「……アリサ?」
「なるほど、ハイトブルクの本邸宅にはアリサがおりましたな」
そう、アリスと呼ばれた女の子は、年齢こそもっと低く見えるが、俺の専属メイドのアリサに非常によく似ていた。
「あ、アリサ姉さまはわたしのいとこです」
「なるほど!」
道理で似ている訳だ。血が繋がっているんだから、そりゃ似てくるよな。
「わたしの一族はファーレンハイト家に代々仕えさせていただいておりますので」
「それは嬉しいことだね」
先祖が何を思って仕えようとしたのかは知らないが、こうして今も忠実に尽くしてくれるのなら主人冥利につきるというものだ。
「さて、エーベルハルト様。いきなりで不躾かもしれませぬが、長旅でお疲れでしょう。湯浴みの準備は整っております故、ごゆっくりなさって下さいませ」
と、そこへ執事長が割り込んでくる。俺が早く休めるよう、気を遣って話を切り上げてくれたようだ。流石は彼らを束ねる使用人のリーダーである。観察眼が鋭い。
「そうだな、じゃあ早速風呂をいただくよ。夕食はその後で」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
執事長に案内されて、俺は新鮮な気持ちで今後しばらく住むことになるであろう第二の家の廊下を歩くのだった。
✳︎
「し、失礼します! お背中をお流しいたしますっ」
「ほあ!?」
かぽーん、という擬音が似合いそうな湯船に浸かること5分少々。穏やかな湯浴みの場に唐突な闖入者が現れた。
「き、君は……アリス?」
確かアリスと呼ばれていた、アリサの従妹のメイド。肉体年齢では俺より数歳ほど年上のアリスだが、
そんな彼女相手とはいえ、流石に全裸でいるところへと押しかけられたら俺もテンパるしかなかった。
「ちょいちょいちょい、何の用事かな!?」
「お、お背中を……」
さっきも聞いたな。
うーん、確かに背中を洗うのは難しいよね! でも俺ハダカ! 君オンナノコ! 身分差、ダメ、ゼッタイ。
……ただ、アリスがしっかり服を着ていて助かった。
一応、濡れてもいいように薄着バージョンではあるが、メイド服亜種のような服を見に纏っているので何とかスケベな感じにはなっていない。むしろ何となく旅館の若女将みたいな雰囲気が出ていて微笑ましいくらいだ。
よかった、俺の理性の勝利だ。
「あ、あの、失礼します! 痛かったら言ってください!」
――――にぎっ
「ひょおおおおおおそこはダメええええ!」
アリスが恥ずかしがって目を瞑りながら泡まみれのタオルを押し当ててくるもんだから、俺の魔刀・ライキリにジャストミートして色々と大変なことになってしまった。
「も、もう出る!」
風呂を、だよ?
これ以上は拙いと即座に判断した俺は一旦湯船に飛び込んで状況をリセットし、水飛沫でアリスが驚いている間に脱衣所へと退避する。
流石に引っ越してきて一日目でメイドに手を出すとかありえんだろう! それも自分の専属メイドの親戚に、だ。
特魔師団に入るために引っ越してきた訳だが、どうも俺の皇都生活は波瀾万丈に満ちていそうだ。拭い去れない不安に頭を抱えながら、俺はため息をつくのだった。
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