第102話 神獣契約

「触るか?」


 ピーター君をもふもふしながらマリーさんが訊ねてくる。ふわふわなうさぎさんと幼女が戯れる姿は控えめに言って神々しい宗教画にしか見えなかったが、果たして俺もそこに混じって良いのだろうか? いや、良くない。俺は幸せなこの光景を見守る壁になるのだ。


「何を馬鹿なことを考えておるのから知らぬが、妾はお主よりも年上じゃからな」

「そういえばそうだった」


 ハイエルフゆえに透き通るような白磁の肌と、眩ゆいばかりに輝く銀髪がこの世の者ならざる神々しさを感じさせるが、彼女は歴とした人間。二百年の時を生きるハイエルフなのだ。

 二百年といえば令和に生きていたら江戸時代生まれになる。明治ですらないのだ。そういえば最近、生年月日を記入する欄から明治が消えてきたなぁ、俺が転生して以降はどうなったのかなぁ、なんて益体も無いことを考えつつ、俺はおそるおそるピーター君に手を伸ばす。ウサギって指出すと人参と勘違いして齧ってくるって聞いたことあるけど本当なんだろうか?


「……おっふ」


 掌が解ける。それくらいもふもふふわふわな触り心地だった。普段生きていたらまず触れることのないくらいの毛の柔らかさと温かさだ。これがウサギか。


「……」


 ピーター君と目が合う。ウサギだから頭は良くないんだろうな、と思っていたが、意外や意外、その瞳には知性を感じさせる光が宿っていた。


「ピーター君、君は今いくつ?」


 そう訊ねてみると、ピーター君は7回足をダンダン踏み鳴らした。


「…………7歳?」


 するとまた「ダンッ」と足を踏み鳴らす。


「女の子?」


 ――ダンダンッ


「男の子?」


 ――ダンッ


 なるほど、どうやら「ダン」一回が肯定、二回が否定のようだ。やっぱりちゃんと理解できているんだな。


「頭良いですね」

「じゃろ〜、ピーター君はお利口さんなのじゃ」


 幼女みたいな天真爛漫な笑みを浮かべてピーター君に抱き着くマリーさん。その姿からは到底「皇国最強」という四文字は浮かんでこない。


「お師匠さま。ピーター君が可愛いのは理解できましたが、これが戦闘にどう役立つのでしょうか?」

「む? 敵は可愛いうさぎさんがいたら攻撃できぬじゃろ?」

「「「え?」」」


 まさか本気で言っているのだろうか。


「……いや、流石に冗談ぞ? 笑ってたもれ」

「マリーさんが言うとなんか冗談に聞こえないんだよなぁ……」

「イメージとぴったり?」

「お師匠さま……。その、たいへん申し上げにくいのですが、違和感が全く仕事をしておらず……その……」

「ええぇぇぇい! お主ら揃いも揃って妾を侮辱しおって! 今夜の夕食は芋虫にしてやる! 残したら芋虫の姿に変えて巨大蜘蛛の巣の前に置き去りにしてやる!」」

「「「うわあああああごめんなさいごめんなさい!!」」」


 マリーさんなら実際に実行できてしまいかねないので、俺達は必死で懺悔する。彼女は怒らせてはいけない。まあ怒っても子供が癇癪起こしてるみたいで可愛いんだけど。



     ✳︎



「とりあえず冗談は置いておき、じゃ。神獣契約のメリットとしては、まずは単純に戦力が倍増すること。そして精霊に近い存在と通ずることによって契約者本人の魔法適性が高まることの二つが挙げられるかの。他にも自分の苦手な魔法の行使とか、魔力消費とかを肩代わりしてもらえることも可能になるの。通常なら精霊魔法で行われるプロセスを神獣でやる訳じゃな。これを精霊魔法ならぬ神獣魔法と呼ぶ」

「ほお」

「ふむふむ」


 真面目モードになったマリーさんがピーター君をなでなでしながら解説してくれる。なでなでする度に心地よさそうに目を細めるピーター君と、ちいさなお手手でなでなでし続けるマリーさんがとにかく可愛いが、集中して話を聞かなければならない。


「精霊魔法ではいけないのですか?」


 すかさずリリーが質問を飛ばす。流石はベルンシュタイン公爵家の才女。着眼点が良い。


「精霊魔法でも構わぬ。じゃが精霊魔法は適性によって大きく左右される上に、精霊の少ない土地では効果を発揮し辛いという欠点があるからの。その点、神獣契約なら神獣自体が半分精霊みたいなもんじゃから、あまり場所を選ぶことはないの」

「なるほど……」


 精霊ではなく神獣であるのにはそれなりに理由があったようだ。


「神獣契約には適性はないの?」


 続いてイリスが先ほどの答えを深く掘り下げた質問を飛ばす。これもまた良い着眼点だ。


「うむ、無い。厳密に言えば、本人の適性に応じて相性の良い神獣が召喚されるようになっておる」

「相性の良い神獣が一人もいない場合は?」


 これは俺だ。なかなか良い着眼点だろう?


「生まれる前の神獣の幼生体が召喚される。要するに純粋無垢な神獣を自分色に染め上げることになるの」

「ウワオ」


 なんだか源氏物語どこかで聞いたことがあるような話だなぁ。エロ漫画かな?


「特にエーベルハルトの場合は属性も特殊なようじゃし、何かしらイレギュラーなことがあるかもの」


 マリーさんに盛大にフラグを立てられてしまった。これは一波乱ありそうだ。


「ここまでメリットはたくさんあったけど、デメリットはないの? ご飯代がかかるとか」


 イリスがコスト面から切り込んでいった。


「うーむ、特にデメリットは無いかの。食事代も魔力が主食じゃからオヤツ程度にあげれば問題ないし……。つまり、やらない理由が無いの。あ、あと神獣を連れているだけで他人から評価されるというメリットもあるかの」


 要するにやらないだけ損ということのようだ。


「しかし、それだけメリット尽くしなら何で皆やらないんだろうね」


 怪しい投資やら何やらの勧誘でもそうだ。確実に儲かるとわかってるなら全国民の職業が投資家になっていなければおかしい。メリットだけを強調されると、「ならば何故他の皆はやらないのか」という素朴な疑問が湧いてくるのだ。


「それは単純に、神獣契約がくそ難しいからじゃ」

「女の子がなんて汚い言葉を使っちゃいけません!」

「お主は妾の保護者かえ……。まあ、エーベルハルトの疑問ももっともじゃな。普通は怪しむよのう」


 メリットばかりが強調されたが、そのメリットには裏があった。誰もができる訳ではないからだ。

 考えてみれば、そりゃそうだよな。誰もがGAFAの社長になれる訳ではないのだから。ほとんどの人は会得できないのだろう。


「さて、とはいえそこは妾じゃ。お主らが確実に神獣契約を会得できるよう全力でサポートするのじゃ。それに神獣契約に一番必要な要素は魔力じゃからの。皆なら問題なくできるじゃろ」


 そう言ってマリーさんは一歩下がり、空中に魔法陣を展開する。直径2メートルはある、そこそこ大きめの魔法陣だ。複雑な魔法式が織り込まれていて、パッと見ただけでは再現は難しい。


「お主らにはこの魔法陣を見て、魔法式を解読してもらう。時間はかかるかもしれんが、まあどんな魔法式が織り込まれてこの魔法陣を構成しているのかを理解できたら自分なりにカスタマイズしたりもできるようになるじゃろ」


 マリーさんが魔法陣をどこからか取り出してきた金属板に押し付け、その紋様を焼き付ける。


「ほれ、転写した魔法陣じゃ。三人で力を合わせて解くのじゃぞ〜」


 そう言うが早いか、マリーさんはピーター君に乗って家の中に入ってしまった。なるほど、確かに修行はかなり厳しめのようだ。


「わたし達にできるかな」


 筆記があまり得意ではないイリスが不安そうに呟く。


「まあ、やってみるしかないな。ひょっとしたら案外簡単に解けるかもな」

「そうね、まずは取り掛かってみないことにはわからないわ」


 リリーもやる気を見せている。それにイリスとて別に頭が悪い訳では決してない。皇立魔法学院の入試レベルの特魔師団入団試験を突破しているのだ。ここにいる人間の魔法学に関する知識は、実は皇国の中でもかなりの高水準だったりする。それもこれも貴族という環境に甘えず、むしろその環境をめいっぱい活用して必死で勉学に励んだからなのだが……。まあ、とにかく俺達に解けないなら他の誰が解けるんだ、というくらいの気持ちでいこう。


 俺はインベントリから机と椅子、紙束にペンを取り出す。


「さあ、やるぞ。目標はそれぞれが自力でカスタムした魔法陣をつくること」

「うん」

「やってやろうじゃない」


 日がだんだんと高くなっていく中、俺達は机を囲んで黙々と魔法陣の解析作業に取り掛かるのだった。

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