第101話 二人の修行方針

Side : Henriette Lilli von Bernstein


「さて、次はリリーよ。お主の修行方針じゃ」

「はい、お師匠さま」

「師匠か。そういえばエーベルハルトには両親という最高の師匠がおったが、リリーにはおらんのかえ?」


 ハル君の方を見ながらお師匠マリーさまが私にそう訊ねてくる。


「はい。私の両親は武闘派とはほど遠いですから。公爵家の伝手で家庭教師の先生を数名ほど雇いましたが、師匠と呼べるほど長く師事した方はいませんでした」

「エーベルハルトには教わらなかったのかえ?」

「ハル君にアドバイスをもらうことは何度かありましたけど……。家と家の距離が離れているのと、自分の実力でハル君の横に居たかったので、あまりみっちり教わった訳ではございませんわ」

「ほほう。ただ守られるだけでは嫌か」


 そう言うお師匠さまの表情はどこか楽しげだ。


「はい」


 ハル君は凄い人だ。ちょっとエッチで節操が無いけど、しっかりした価値観を持っていて、自分の守るべきもののためにひたすら努力を積み重ね続けることができる人だ。魔法とか戦闘力も凄いけど、ハル君の本当に凄いところはそこだと思う。

 私はそんなハル君の横に立って、ハル君をそばで支えていけるような人間になりたい。ただ守られているだけの女にはなりたくないのだ。


「なるほどの。それで時空間魔法に目覚めた訳か」

「それは偶然でした。初めに使えるようになったのは氷属性でしたから」


 氷属性もまた、時空間魔法ほどではないとはいえ、比較的珍しい属性ではある。水属性の中でも風属性寄りの魔力に親和性の高い人が目覚める傾向にあるらしい。


「氷属性でも充分に凄いとは思うがの。まあ、時空間属性を使える人間は歴史的に見ても数少ない。極める余地はありそうじゃな」

「そう思いたいです」

「うむ。とはいえ妾に時空間属性の魔法は使えん。知っておることや気が付いたことを指摘していく形になるとは思うが、問題は無いか?」

「はい。それでお願いします」

「わかった。では時空間魔法を中心に据えつつ、氷属性や無属性についても伸ばしていく方針で行こうぞ。とりあえず、時空間属性の魔力を練って待っておれ。何か気が付いたらまた伝えるでの」

「わかりました」


 そう言ってお師匠さまはイリスの方へと向かって行った。お師匠さまは時空間魔法を使えないと言っていたが、それでも二百年の時を生きた皇国最強の魔法士だ。得られるものは確実にある筈。

 更なる高みに近づける喜びを胸に、私は時空間属性の魔力を練り上げる練習を始めた。





Side : Iris Steinfeld


「そしてイリスよ。お主は光魔法じゃったな」

「うん」

「光魔法なら回復が主な役割と思うのじゃが、お主は攻撃魔法が得意な珍しいタイプなのじゃな」

「昔、水の入ったガラスのコップに太陽の光が当たって、そしたら壁がとても眩しくなったのを見たことがある。その時に今みたいな攻撃寄りの魔法が使えるようになった」

「というとそれまでは普通の回復系光魔法を使っていたと?」

「うん。でも小さな切り傷を治せるくらいで、あまり得意じゃない」

「なるほどのぉ……。遠見の魔法でお主らの戦う様子を覗いておったが、今でもかなり光魔法を使い熟せておるではないか。それには満足はしておらんのか?」


 若干煽るようにマリーさんが訊ねてくるが、これは本心から訊ねている訳ではないことをわたしはさっき学んだ。これはマリーさんなりの本心の引き出し方なのだ。なかなか対抗心と向上心が刺激されるやり方だが、少しむかつくのが悔しい。


「してない。もっとハルトみたいに一撃でどんな相手も倒せるような、凄い魔法が使いたい」

「なるほどな。かなり珍しく有用な光魔法をより強化したいと思ったのじゃな」

「そう」


 マリーさんはニヤリと笑って、続けた。


「それにはエーベルハルトのような強力な魔力と、それをコントロールする緻密な制御力が必要になるの。例えて言うなら、何十キロもの重りを背負って大山脈を踏破するようなものじゃ。加えて必ずできるようになるとも限らん。かなり厳しい修行になると思うが、耐えられるかの?」

「わたしは半ば不可能とすら思っていた特魔師団にすら合格できた。だったらいけるところまでわたしは進みたい」

「向上心ある若者は素晴らしいの。ではまずは基礎トレーニングから叩き直してやろうかの。幸いにしてお主はまともな指導を受けたことがなさそうじゃし、きちんと基礎から積み直せば、かなり伸びると思うぞ」

「頑張る。よろしくお願いします」

「うむ」


 わたしはもっと先に行ける。マリーさんやハルトを見てると、そんな確信が不思議と湧いてくる。理屈では説明できない何かがわたしの心の奥から湧き上がってきて、わたしを奮い立たせるのだった。





Side : Eberhard Karlheinz von Flensburg Fahrenheit


 魔力循環の練習をしていると、マリーさんとイリスがこちらに向き直った。どうやら全員の具体的な修行方針が固まったようだ。マリーさんが二人を連れて俺の元まで戻ってくる。


「さて、これでお主ら全員の修行の方針が大方決まった訳だが、この方針とはまた別にお主らにはもう二つ覚えてもらう魔法がある」

「もう二つ?」


 しかも俺達全員ときた。全員得意とする属性が異なる中で、同じ魔法を修行するだなんて珍しいな。


「お師匠さま、それでその魔法とは?」

「うむ、まず一つめは神獣契約じゃ」

「神獣契約?」


 聞いたことがないな。魔物召喚とかなら聞いたことはあるが、魔物は概して凶暴で理性が無く、扱いは難しいと聞いたことがある。稀に人に懐く個体もいるそうだが、種族に固有の性質という訳でもないらしいので完全に運任せらしい。運任せで飼い犬ならぬ飼い魔物に手を噛まれたら大怪我どころじゃ済まないだろうしな。

 そういう事情もあって、魔物を使役する人間はあまりいない。ちなみに魔物ではない(要するに魔石を持たない)、普通の動物は全然普通に飼われていたりする。犬とか猫とか鳩がまさにそれだ。牛とか羊みたいな家畜もそれに当たる。

 ……と、その牛で思い出したが、そういえばルミア牛は魔物だったな。あれは魔物なのに本物の牛と変わらず温厚で人間と共存している珍しい生き物だ。ただ、やはりと言うか、ルミア牛以外で人間と距離の近い魔物はいないだろうな。


「魔物とは違うの?」


 同じことを思ったらしいイリスがマリーさんに訊ねている。マリーさんもその質問は予想していたようで、「うむ」と一つ頷いて言った。


「神獣とは、精霊と動物が半分ずつ合わさったような存在での。まあ言ってみれば魔物に近い生き物じゃ。ただ、魔物と違って凶暴性はあまりなくて、代わりに知性があるのが特徴じゃの」


 精霊ときたか。確か精霊魔法はメイが鍛治の時に使っていたな。ドワーフは土属性の精霊に愛されているから、使いやすいとか何とか。


「神獣は妾もいくらか契約しておる。手本を見せてやろう。『白き毛色の森兎よピーター契約に応じここに参れおいで』」


 マリーさんがパンッと柏手を打つように両掌を合わせ、同時に呪文のようなものを唱えた次の瞬間。

 数メートルはある巨大な魔方陣が展開され、そこから眩ゆい光とともに何かが現れる。光が収まると、全長3メートル、高さにしても2メートルくらいはあるだろう巨大な白ウサギがそこにはいた。


「うをををっ」


 目の前に巨大なウサギがいたのだ。いくら草食でも2メートル近いサイズだと流石にビビる。確かにお目目はつぶらでなかなか可愛いが、そのお口から垣間見える重歯類特有の凶悪な前歯の恐ろしいこと恐ろしいこと。ひょっとしたら鉄板すら齧り切ってしまうんじゃないかというほどの迫力だ。


「……」


 ウサギに声帯が無いのはこの世界でも同じらしく、白き毛色の森兎ピーター君(ピーターは男の名前だし「君」であってるよね?)は特に声を出すことなくマリーさんに撫でられていた。こうして見るとデカくても可愛いな。戦っても負ける気はしないが、積極的に戦いたいとは思えない可愛さだ。

 他の動物に比べて何の力も持たないウサギが自然界で現在まで淘汰されずに生き残っているのも、案外この可愛さが理由だったりして、などと思わなくもない。


 そんな現実逃避気味なことを考えていたが、とにかく俺達は目の前に召喚された超デカイ獣を前に圧倒されていたのだった。

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