第103話 イリスの召喚神獣

「イリス、そこは基幹魔法式と矛盾するから違うんじゃないか?」

「あ、本当だ。……じゃあこれは?」

「……これなら問題ないと思うわ。ちゃんと属性認識魔方式とも対応してるし、契約者との紐付けもなされてるわね」


 召喚魔法陣の解析に励むこと早数時間。日は既に真上を通り過ぎ、そろそろ一日でもっとも気温が高くなる時間帯に差しかかろうとしていた。


「ふぅ〜、ひと段落ついたわね。これならあと少しで解析が終わるかしら」


 額に滲む汗を拭いながらリリーが背伸びする。


「そうだな、もうあと一息だ」

「こんなに頭を使ったのは久し振り」


 春から夏に近付きつつある影響は、例え皇国東北の寒い地方であっても少しずつ見られ始めていた。ついこの間までは夜は底冷えする寒さであったが、ここ最近は夜に凍える思いをしないでもよくなったのだ。昼間もそこそこ暖かい……というか日によっては暑いし、もう確実に春は終わろうとしていた。


「おーい、弟子どもー。飯ができたぞー」


 家の方から声が聞こえてきたので振り返ると、マリーさんが手を振って俺達を呼んでいた。


「とりあえず一旦戻るか」

「そうね、ちょっと疲れたし休憩しましょう」

「うん」


 今日の昼は何だろうか。マリーさんの作る食事は身体作りのことを考えてあるのもさることながら、とても美味しいのだ。それこそ一流シェフ顔負けのリリーといい勝負をするくらいには。


「今日の昼飯は七色雉のステーキサンドじゃ」

「「「七色雉!」」」


 七色雉とは、魔の森にしか生息しないと言われている雉の一種で、文字通り七色の羽毛を持つ不思議な雉である。七色雉は全身が豊富な魔力を含んだ極上のモモ肉のようなジューシーで味わい深い肉質をしており、皇都でもなかなか食卓に並ぶことのない贅沢な食材の一つとされている。


「世間じゃかなり珍しいらしいがの。魔の森に住んでおったら七色雉なぞ日常茶飯事ぞ」


 魔の森に生息しているからなかなか市場に出回らないだけで、別に七色雉は個体数の少ない絶滅危惧種とかいう訳ではまったくない。魔の森だったら普通にその辺を飛んでいるありふれた鳥であり、確かに日常的に食事に供されてもおかしくない食材だった。


「魔の森で暮らすことは、修行になること以外にも良い点があっての。それがこの食事じゃ。魔力を豊富に含んだ食事は美味いのに加えて、消化・吸収されることで身体に馴染んで魔力を増やしてくれる効果もあるのじゃ」

「何それ、初耳」

「そんなすごい効果があるんですか!?」


 女性陣がマリーさんに詰め寄っている。魔力が多いと美容にも良いと聞くし、若々しさを保つこともできるらしい。「強くなりたい」というだけではない理由で二人が必死になるのもまあわからなくもなかった。別に二人ともまだ若いんだから問題ないと思うんだけどなぁ……。というか、もしかして。


「マリーさんがそんなに若く見えるのは魔の森で暮らしているから?」

「そんな訳がなかろう! 妾のこれは種族的特性じゃぼけ! ハイエルフは寿命が異常に長い分、成長が遅いんじゃ!」


 真っ赤になって恥ずかしそうに激怒するマリーさんは、子供が癇癪を起こしているみたいでなかなか可愛らしかった。ハイエルフってのは感情が動くと耳がぴこぴこ上下に揺れるんだなぁ。新発見だ。



     ✳︎



「さて、じゃあラストスパートに入りますか」

「「おー」」


 机の上に広げた紙束に向かって俺達は気合を入れ直す。もう大部分は解析を終えた召喚魔法陣だ。あとは最終的なおさらいをした上で、自分達用に設計し直した魔法陣を組めばおしまいである。


 少しだけ傾いてきた太陽の光を背に浴びながら、俺達は議論を交わしつつ作業に没頭するのだった。



     ✳︎



「で、できたーー!」

「これで全員分完成ね!」

「わたし達だけの神獣……。どんな子が来てくれるのかな?」


 ようやく解析&設計作業が終了し、俺達は神獣を契約できるスタートラインに立つことができた。


「おー、思ったよりも早く完成したの。どれ、見せてみい」


 いつの間にか表に出てきていたマリーさんが俺達の組んだ魔法陣を一つずつ確認して回る。


「ふむ、三人とも特に不具合は無いの。しっかりと魔法陣の性質を理解した上で自分用の魔法式を組めておる。合格じゃ」

「「「やったああああ!」」」


 そしてマリーさんの許可が遂に出る。


「それでは早速、召喚といこうかの。まずはイリスよ。お主からじゃ」

「はい」


 イリスは俺達三人の中でももっともイレギュラー要素が少ないからな。攻撃寄りという特異性はあるにせよ、光属性には変わりはない。そして光属性の神獣なら他の魔法士も召喚しているので、不測の事態は避けられそうだ。


 イリスがマリーさんの指示を受けつつ、自身で設計した召喚魔法陣を地面に描いていく。直径数メートルはある巨大な陣を描き終えたイリスに向かって、マリーさんは簡潔に説明した。


「光属性の魔力を練ったら魔法陣に流すのじゃ。詠唱や魔力操作は特に要らぬ。ただひたすら、己が求める神獣の理想像を心に浮かべ、念じよ」

「わかった」


 イリスは頷くと、目を閉じて魔力を練り始める。幾重にも編み込まれた重厚な光属性の魔力がイリスの体内で膨れ上がり、それにつれてだんだんとイリスが輝き始める。


「今じゃ、魔法陣に魔力を流せ」

「はい!」


 イリスが魔法陣に魔力を流す。魔力を注がれた魔法陣は、命を吹き込まれたように端の方から輝き出す。


「おお……」

「なんだかすごいわね」


 そして輝きが最高になった瞬間、何かのシルエットが魔法陣の中心部から浮かび上がってきた。


「もう良いぞ」


 マリーさんの指示でイリスが魔力の注入をやめる。光り輝いていた魔法陣がだんだんと落ち着いていき、周囲が元の明るさに戻る。果たして、召喚に応じて現れた神獣は――――。


「キュイッ」

「カメレオン?」


 イリスが呟く。魔法陣の中心部から姿を現したのは、黄緑色で体長約30センチほどの可愛らしいカメレオンであった。


「イリスよ。その子に名前を付けてやるのじゃ」

「ん、わかった。…………君の名前はレオン。よろしく、レオン」

「キュイイッ」


 カメレオンのレオン君(?)は舌を出してイリスの手をペロペロと舐めている。どうやら意思疎通は可能なようだった。

 レオン君……名前が少々安直すぎる気がしないでもないが、まあ本人(というか本トカゲ)が喜んでいるようなので気にすまい。

 カメレオンと言えば自在に操れる保護色だ。光魔法の『光学迷彩ステルス』を使えるイリスにはぴったりの神獣だろう。


 イリスも満更でもなさそうな顔(とは言っても相変わらず真顔に近いが)でレオン君を撫でていた。

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