第104話 リリーの召喚神獣

「それにしても迷彩王竜キング・カメレオンとはのぅ……」

「お師匠さま?」


 ボソリと呟いたマリーさんに、リリーが訊き返す。


「イリスの召喚した迷彩王竜キング・カメレオンはの。最終的にはSランクに到達することもある、上位竜種なのじゃ」

「上位竜種!?」


 竜種と一言に言っても、この世界には様々な竜が存在している。比較的レア度が低いものだとワイバーンのような下級竜が挙げられるだろう。あるいは中級竜の地竜とかだろうか。この辺までであれば冒険者や軍隊に討伐依頼が舞い込むことも稀にあるし、難敵とはいえ人類が太刀打ちできないほどでもない。

 しかし上位竜種となると全く話は変わってくる。中級までとは明らかに格が違うのだ。

 まず、中級竜までにはなかった知性を備えるようになる。その知性たるや人間のそれと同等か、あるいはそれ以上と言われるほどだ。

 次に、寿命が桁違いに長い。下級竜や中級竜でも百年以上生きるものはそこそこいるが、流石に数百年以上生きることは滅多になく、千年を超えることなどまずない。しかし上位竜種はそのほぼ全ての個体が千年以上生きるというのだから、いかに長生きかがよくわかるというものだろう。ちなみにであってでないのは、稀に上位竜同士の争いに負けて若くして命を落とす個体がいるからだそうである。そのようなパターンはかなり珍しいらしいが、この時に人間に拾われた素材がどこぞの国やら大貴族やらに伝わる伝説の武器になっていたりするようだ。

 そして最後。異常に強い。はるか昔、とある町の人間が狼藉を働き、上位竜種の怒りを買ったことがあるそうだ。そうしたらその町だけでなく、その国ごと滅ぼされてしまったという伝説が残っている。この話は今から千年も二千年も昔の話だから、当時の国の規模などたかが知れている。とはいえ、曲がりなりにも国家を相手取って互角以上に戦い、あまつさえ滅ぼしてしまうのだから、上位竜種の規格外具合がお分かりいただけようというものだ。


 そんな末恐ろしい存在に成長する可能性を秘めた上位竜種を召喚したイリスは、果たしてそのことを理解しているのか、いないのか。当の本人は舌を伸ばして指を「ぺちょっ」と舐めてくる黄緑色のレオン君と幸せそうに戯れていた。



     ✳︎



「さて、次はリリー。お主じゃ」

「はい、お師匠さま」


 緊張した面持ちで答えるリリー。


「氷属性と時空間属性の両方を意識せよ。どちらか一方では、それに偏った神獣しか呼べぬからの」

「が、頑張ります」

「まあお主なら大丈夫じゃろ。では早速召喚じゃ」

「……いきます!」


 リリーは目を閉じて魔力を練り始める。リリーの身体の奥から氷のような冷たい魔力と、モノクロ調の魔力の二つが湧き出て、だんだんと濃くなっていく。そしてそれらの魔力が召喚魔方陣に注ぎ込まれ、イリスの時と同様に魔方陣が輝き始める。

 ただ、少しイリスと違うのが、魔力に反応した魔方陣の色が水色っぽいというところだ。他にもモノクロ調の稲妻がほとばしっていたりと、随分と様子が異なっている。


「くっ……」


 辛そうな顔をして魔力を注ぎ込み続けるリリー。やはり異なる属性の魔力を二つ同時に練り上げ、注ぎ込むのは負担が大きいらしい。


 しばらく魔力の注入が続き、バリバリッ――という雷鳴とともに、魔方陣の中心部にシルエットが現れた。稲妻が収まったと思ったら、今度は冷たい風が周囲に吹き荒れる。


 ――そして風が収まって、姿を見せたのは全長40センチほどの子犬……否、子狼であった。


「キャンッ」


 子狼が吠える。その声は甲高く、まだ子供であることを明確に主張していた。毛並みはリリーの時空間属性の魔力のように灰色だ。目元から身体の中央を通るようにして水色の稲妻模様が走っている。


「……こ、こんにちは。私はリリー。あなたを召喚した人間よ」

「……キャンッ」


 少々人見知り気味なのか、慎重にリリーの元に近づいていく子狼。


「ほほう、白氷狼フェンリルか……。それも灰色とな。これはかなり……いや、珍しいどころの話ではないぞ」

「そうなの?」


 俺にとってリリーが他人な訳ではないが、それはさておき所詮は他人事なので、それなりに気軽にマリーさんに質問し返す俺。マリーさんにとっても弟子とはいえ他人事であるため、野次馬的な態度で答えてくれる。


白氷狼フェンリルならまだ過去にも契約例がある。それでもかなり珍しい方じゃがの。じゃが普通、白氷狼フェンリルは薄い氷のような水色の毛並みをしておる。灰色の個体なぞ聞いたことがないぞえ」

「やっぱり時空間属性が影響してるのかな」

「じゃろうなぁ……」


 リリーは自身の召喚した白氷狼……ならぬ灰氷狼フェンリルを撫でており、今の話は聞いていないようだった。


「これも後でリリーに説明してやらねばの。とりあえず今は名付けじゃな。……おい、リリーよ!」

「はい、お師匠さま」

「名前を付けてやるのじゃ。その狼はまだ生まれたばかりで名が無いからの」

「わかりました」


 リリーは子灰氷狼フェンリルを撫でながら悩み出す。子狼もだんだんと慣れてきたようで、大人しく撫で回されていたが、しばらくしてリリーが撫でるのをやめて顔を手で挟んだので驚いたようにリリーを見上げていた。


「決めたわ。あなたの名前はアッシュ。灰色の毛並みが綺麗だからね」

「……キャンッ」


 やはりこの子狼も人間の言葉……というより心情が読み取れるのだろう。名付けられたことをしっかりと理解したようで、ここで初めて尻尾を振り出した。


「キャンキャン!」

「あはは! くすぐったいわ、アッシュ」


 子犬(犬ではないが)と少女が戯れる――。これも有りだな。特にリリーは金髪碧眼の輝かしい類稀なる美少女だから、動物との絡みが絵になる。マリーさんの銀髪幼女とリリーの金髪少女。金と銀に囲まれて俺はたいへん目が幸せである。


「…………わたしは?」


 俺が邪(?)な目で二人を見ていたことを察知したのか、イリスが真顔にジト目で俺のことを見てくる。イリス――――彼女のやや癖毛気味のボブカットの髪は深い青色だ――――もかなり美形な方ではあるが、流石に宗教壁画クラスの二人には敵わないからな。なので少々嫉妬してしまったのだろう。


「イリスの時もなかなか和む光景だったよ」


 とはいえそれはイリスが彼女達に劣るという訳ではない。リリーやマリーさん達には彼女達の、イリスにはイリスの魅力があるのだ。二人が宗教壁画なら、イリスは家族の姿を捉えたスナップ写真のようなもの。等身大の美しさがそこにはある。

 まあ、要するに動物と戯れる女の子ってイイヨネ!


「……まあ、許す」


 どうやらお許しが出たようだ。膨れっ面をやめ、迷彩王竜キング・カメレオンのレオン君を抱っこしながら照れるイリスの横顔を見て、思わずドキッとしてしまう俺であった。

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