第105話 召喚……神獣?

「さて、最後は俺か」

「じゃの。……エーベルハルトよ。お主は二人と違って何故か属性魔力に適性が無い。これは本当に珍しいことで、流石に妾にもどうなるか予想がつかん。充分気をつけて召喚するのじゃ」


 真剣な表情で注告してくれるマリーさん。彼女も何が起きても対応できるよう、警戒してくれるようだ。


「うん、気をつけるよ」

「それでは召喚を始めるのじゃ」

「うん」


 俺は白線ラインマーカーのようなものを使って、二人と同じように地面に召喚魔方陣を描いていく。

 通常の魔法を使う際には魔力で魔方陣そのものを描いてしまうことがほとんどだ。その方が早いし、どんな場所だろうが――それこそ水中やら空中であっても、魔方陣の展開が可能だからである。

 しかし、万が一にでも失敗できない大きな魔法を行使したい時には、こうして地面や床、壁、紙などに魔方陣を直接描いて魔法を発動することが推奨されていた。


「……よし、間違いは無いな」


 自分で組み上げ、マリーさんにもチェックしてもらったものと寸分違わず――サイズ比は異なるが――魔方陣を描き上げた俺は、ひと呼吸置いてから魔力を練り始める。

 全身の魔力を丹田で圧縮し、血管を伝って循環させる感覚。そこにだけだった魔力が、どんどん熱く練り込まれていく。


「……いきます!」


 俺は無属性ながらも練りに練り込まれた密度の高い魔力を魔方陣に流し込んでいく。イリスの時とは少し違う、限りなく透明に近い白い光が魔方陣を覆っていく。


「ぬぅっ……、凄い魔力じゃ……!」


 周囲で見ている人間にも影響が出るほどの高密度の魔力で、空間が歪む錯覚すら覚える。


「っ……!」


 確かにこれはかなりキツイな。リリーやイリスが辛そうにしていたのもわかる。自分の持っている魔力の限界値スレスレまで魔力が持っていかれるような感覚だ。しかもその間ずっと魔力を練り込む作業をしなければならないのだから、いかに厳しいかがよくわかる。

 何秒か、何十秒か、はたまた何分か。しばらく耐えていたら、魔方陣の輝きが最高潮に達した。一気に光量が増し、目を開けていられなくなる。


「ぎゃっ、眩し!」

「目がっ……」

「ハル君ーっ、覚えときなさいよー!」


 三者三様の非難……のようなものが送られてくる。というか最後の輝きは俺のせいではないだろ!

 かくいう俺も魔力の輝きで目を焼かれてしまったため、しばらくは目がチカチカとして視力が戻ることはないだろう。というか、もし召喚された神獣が凶暴なヤツだったらかなり危険だよな? それにしては何の音もしないが……。


「…………あ、視力戻った」


 数十秒ほど経ってようやく視力が戻る。その頃には既に魔方陣の光は収まっており、視力の回復とともにだんだんとシルエットが鮮明になってくる。

 果たして、召喚に応じてやってきてくれた俺の神獣は…………。


「…………た、卵?」

「卵ね」

「卵」

「卵じゃな」


 視力が戻らず何も行動を取れない中、何の音も聞こえてこなかった理由が判明した。なんと、俺の召喚神獣はまだ生まれていなかった。



     ✳︎



「これ、どうしたらいいのかな」


 卵を温める親鳥のように、神獣の卵を抱いて温めながらマリーさんに訊ねる俺。この卵、随分と大きい。高さ30センチ、横にも20センチほどはある。こうして抱っこしているとかなり重い。それを見ながらマリーさんは困った顔をして言った。


「うーん……。神獣の卵なんて聞いたことないの……。普通、神獣は幼生体の姿で召喚されるものじゃ。古今東西、神獣が卵の姿で召喚されたという記録は存在せん」

「えー、マジで」

「ハル君……卵……ぷふっ!」

「ハルト、母親鳥みたい」


 リリーとイリスが卵を抱いて温める俺を見て笑っている。二人とも幼生体で召喚できたからって他人事のように笑いおって……。これは後でお仕置きが必要だな。


「じゃが、神獣とて言ってみれば動物の亜種じゃ。生態にそこまで違いがあるとも思えぬ。実際、ピーター君は体格に対して量は少ないとはいえ、ちゃんと水も飲めば飯も食うしの」

「へえ。精霊との合いの子みたいな存在だから、てっきり魔力さえあればいいと思ってた」

「そんなことはないぞ。精霊とて個体によっては飯を食う者もおるでの。まあもっとも、そのほとんどは必要に駆られてではなく趣味嗜好のようじゃがの」


 まあ要するに、普通に動物を育てる感じで育てれば良いということかな。


「とはいえ、そこは神獣。ただ単に温めれば良いという訳でもなかろうと思うのじゃ」

「そうだね」


 普通の動物なら身体のほぼ全てが普通の物質で構成されているが、神獣は違う。魔力もまた重要な構成要素の一つなのだ。


「なので、普通に温めるついでに魔力を注いでやるのが良かろう。エーベルハルトの膨大な魔力を食って育った卵からどんな神獣が生まれるのか、楽しみじゃな」


 なるほどな。俺が魔力を注けば注ぐ分、強くなる可能性が出てくるという訳か。


「温めるのは別に魔法でもいいんだよね?」

「そこはまあ、そうしないと修行もできんしの。仕方あるまい」


 俺がイメージしたのはウズラの卵の孵化マシンだ。適切な温度で管理してやれば、必ずしも親鳥が体温で温めてやる必要はない。


「エーベルハルトよ。これからは朝と晩に魔力を卵に与えるのじゃ。じゃがまあ、とりあえず今は魔力が少ないじゃろうし、魔力の注入は後回しでよかろう」

「うん、わかったよ」


 こうして俺の抱卵……ならぬ放卵生活が始まるのだった。魔力はあげるからな、決してネグレクトじゃないからな、と自分に言い聞かせつつ……。

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