第106話 第二の魔法

 召喚された神獣が卵だったというハプニングはあったものの、それ以外は問題なく神獣を召喚し終えたところでマリーさんのありがたいお話の続きが始まった。

 リリーは灰氷狼フェンリルのアッシュ君を、イリスは迷彩王竜キング・カメレオンのレオン君を、そして俺は卵のタマちゃん(孵化するまでの暫定的な愛称。とても適当だ)を抱いた状態で横並びに座り、マリーさんの話を聞く。


「さて、これで神獣契約を済ませたので次にいこうと思う。最初に、覚えてもらう魔法が二つあると言ったことは覚えておるかの?」


 そういえばそんなことを言っていたな。神獣契約の話が大きすぎてすっかり忘れていた。


「その、もう一つの方を今から説明する」


 また何か課題を出されるのかと思った俺達は無意識の内に姿勢を正すが、マリーさんはそれを見て苦笑して言った。


「そんなに気負わずとも良い。今から話すことは一朝一夕にできるようになる類のものでもないでの」


 ほっ、という擬音が聞こえてくるような動きで俺達は胸を撫で下ろす。シンクロ率は90%以上だ。


 おほん、とわざとらしい咳払いをしたマリーさんは勿体ぶるようにして話し出した。


「さて。お主らは、なぜ魔法が使えるのかを考えたことはないか?」

「なぜ魔法が使えるか?」


 随分と基本的だが……難しい。哲学的な問いだな。俺はこことは違う別の世界を知っているからすんなりとその疑問を受け入れられるが、生まれた時から当然のように身近に魔法がある純粋なこの世界の人間にとってはその質問は意味不明なのではなかろうか。


「なぜって……私達に魔法の適性があるから、としか言えないのではないですか?」

「なぜ人は死ぬのか、みたいな質問」


 逆になぜそのような質問をするのか、といった表情でマリーさんに返すリリーとイリス。その疑問はもっともだろう。


「ふむ。ならどのようにして魔法が発動するか、という質問に切り替えようかの」

「どのように……」

「体内の魔力を練り上げて、魔法式に従って世界を改変することで魔法が発動する……と習った」

「まあ、間違いではないの。ではその体内にある魔力とは一体何なのじゃろうな? また、魔法式とは一体どのようにして発見されたのじゃろうな?」

「う……、それはわからない」

「お師匠さま、難しすぎます」


 二人にはやや難しすぎる質問だったようだ。しかしまあ、仕方ないといえば仕方ない。古代ギリシアの哲学者達が人生をかけて考えたような難題を、人生経験の浅い若い二人が数分で答えられる筈がないのだ。


「エーベルハルトよ。お主はどうじゃ。さっきから黙っておるが……」

「……多分、俺達が魔力って呼んでいる、何らかの物質があるんだと思う。それはきっと目に見えないくらい小さくて、空気とか水とか肉みたいなありとあらゆるものに含まれてるんだ。それを俺達は呼吸や食事によって身体に取り込んで、それを操作して魔法を使ってる。違うかな?」


 これは俺なりの予想だが、あながち的外れということもあるまい。目に見えないエネルギーの代表格のような電力でさえ、電子という極小の粒子の流れが正体なのだから。魔力も似たような粒子が正体だったとして不思議ではない。


「これは驚いたの。なぜわかったのじゃ」

「いやぁ、まあ、何となく」


 こうして答えられたのは、前世の知識から自然と推測できたからに過ぎない。言わばズルだ。俺の努力で辿り着いた正解でない以上、あまり胸を張って喜べることでもない。


「これは宮廷魔法師団の研究所や魔法学院の教授らの長年にわたる研究で最近になってようやく判明してきた仮説なのじゃがの……。まあよい、続きじゃ。我々が魔法を使う際に消費する魔力。最近の研究では、この魔力の正体は目に見えないくらい小さな粒子のようなものではないかと考えられておるのじゃ。そしてとある研究者はこれを魔素と呼ぶ」

「魔素……」

「通常、人間や動物などの生き物は魔素の含まれる空気や水、食料などを身体に取り込むことで魔力を精製しておる。魔物の場合は、急激な魔力の吸収か、魔力の豊富な水や空気を取り込みつつ世代を経て少しずつ変質することで発生すると考えられておるのじゃ」


 地球に比べてかなり遅れていると思っていたこの世界……というかハイラント皇国の科学だが、意外や意外。ここ最近はかなり進歩してきているようだった。

 それにはこの国の政治体制と宗教が関係しているのだろう。中世において科学の進歩を停滞させた大戦犯たるキリスト教はこの世界には存在しないし、ハイラント建国神話を信仰する社院は見た目こそ教会っぽいが、在り方としては神道の神社や仏教の寺院に近い。科学を追求したところで天動説のようなトンデモ学説がある訳でもなし。弾圧されることもないのだ。

 加えて世界でも有数の大国である豊かな国力と、優秀な皇帝および議会の治世がここ数十年間続いているのが大きいだろう。流石は古代魔法文明を生んだ国だ。学問の息吹は今も脈々と受け継がれているようだった。


「この魔素の考え方は古代魔法文明の遺跡から発掘された史料にも出てくる発想での。これまで無視されていたものが、研究が進むにつれ再発見される形となったのじゃ」

「へえ……、古代人って凄いのな」


 古代エジプト文明やギリシア文明が学問の発展に大きく寄与したように、この世界の古代魔法文明もまた現代においても通用する偉大な功績を残しているのだ。


「古代においては、魔素はと呼ばれていたようじゃの。……さて、前置きが長くなったが、この話をしたのは当然意味があるからじゃ」


 マリーさんは意味の無い話はあまりしない。俺達はそのことをこの二日ほどでしっかりと理解していたので、固唾を飲んで続く言葉を待つ。


「我々が魔法を使う時に消費する魔素は、その大部分を呼吸によって肺から取り込む。そして取り込んだ魔素を、松果体と呼ばれる精神の中にあるとされる器官で自身の体質に合う波長に無意識に変換チューニングするのじゃ。この変換チューニングされた魔素こそが魔力なのじゃ」

「なるほど、だから個々人の魔力には波長の違いがあるのか!」

「そういうことじゃな」


 昔、メイと魔力バッテリーを作っていた時の話だ。人によって指紋のように魔力の波長が異なるせいで、開発に手間取った記憶があった。なぜ人によって魔力の波形に違いがあるのかは考えたこともなかったが、それにはそういう裏があった訳だ。


「じゃが、これだと一つの問題が生じる。なんだかわかるかの?」


 マリーさんが問うが、流石にヒントが無さすぎてわかる訳がない。俺達は三人とも頭にハテナを浮かべて黙りこくっていた。


「……お主ら、魔力枯渇で苦しんだことはないかえ?」

「ある!」

「ありますっ」

「ある。……もしかして、問題ってそれ?」

「そうじゃ。このままでは、魔力が足りなくなった時に回復速度がべらぼうに遅いのじゃ。もちろん一晩二晩寝れば回復はするが、戦闘中だとしたら目も当てられんことになるの」


 言われてみればその通りだ。だから俺達魔法士は魔力枯渇に陥らないよう、普段から魔力節約のために魔力コントロールの練習を積み、魔力量自体の向上に努めるのだから。


「魔素許容量、あるいは魔素変換速度とでも言おうかの。一般に魔力量と呼ばれておるものに個人差があるのは、どれだけ身体が魔素に適応しているかの違いがあるからじゃな。これは訓練によって伸ばすことは可能じゃが、エーベルハルトのように馬鹿げた魔力量に達することは普通はまず無いの」


 俺は言ってみれば特別だ。【継続は力なり】という技能に恵まれて、かつ生まれた時から毎日魔力の訓練に励んできたのだから。


「そこでじゃ。今回の修行でお主らに覚えてもらう第二の魔法が、『龍脈接続アストラル・コネクト』と呼ばれるエルフ族に伝わる秘伝魔法じゃ!」


 胸を張り、びしっと俺達を指差して、そうマリーさんは堂々と宣言するのだった。

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