第107話 龍脈接続
「
「うむ」
エルフ族秘伝の魔法の名を叫んだマリーさんが頷く。
「
「急速回復魔法……ですか」
「なんだかずるい」
「そう。ずるいのじゃ。じゃが、その分これを使えるようになれば戦いが変わるぞえ」
マリーさんがニヤニヤ笑いながらそう言うが、まさにその通りだ。もし戦闘中に魔力が回復できるなら、その分敵を疲弊させることができる。さらにもう一回魔力回復できてしまえば、魔力の尽きた敵を一方的に攻撃することが可能だ。加えて、魔力をセーブしなくて済む分、消費魔力を気にせずバカスカ攻撃を仕掛けることができるようにもなるから、威力においても弾数においても優勢に立てるようになる訳だ。
まさしく、戦いが変わる。ポーションなどでも回復はできるが、ポーションによる回復速度では戦闘中には追いつかない。つまり、
「
マリーさんが解説をしてくれるが、どうにも理解が難しい。無意識に張っている意識のバリアとか言われても、何のことだかわからない。
「難しい」
イリスも困り顔だった。リリーも似たような顔をしている。魔法の修行ってのはどうやら頭も使うようだった。
「ふむ、それでは例を出してやろう。……お主ら、なぜ精霊があんなにも強い魔力を扱えるか、考えたことがあるか?」
「精霊? それは精霊魔法ってこと?」
「うむ、精霊魔法でもよいし、精霊自身が行使する魔法でもよい。いずれにせよ人間が使うものよりも効率が良くて強力じゃろう?」
「そうですね、精霊魔法は何度か見たことがありますが、いずれも消費魔力に比べて明らかに強力でした」
リリーがそう言うが、言われてみれば確かにそうだった。俺もよくメイが土属性の精霊魔法を使う場面を見る機会に恵まれたが、メイの決して多いとは言えない魔力量でやたらと規模の大きな魔法が使えていたことに思い至る。
「……精霊が人よりも強い魔法を使えるのは何故なのですか?」
「それはの、自我が薄いからじゃ」
「自我が薄い?」
「そうじゃ。我々人間には自分とその他を分ける明確な壁があろう。その壁が要するに肉体な訳じゃ。肉体の内側は自分。外側は他者と、明確に壁があるであろう?」
「確かに」
その壁は、およそ生物なら生まれたその瞬間から持っている壁なのではなかろうか。質量を持つ以上、持たずにはいられないものである気がしてならない。
「じゃが精霊は肉体を持たん。加えて自我が薄い。彼らは生まれた瞬間から自然界と一体化しておるのじゃ。だから自分の外側にある魔素すらも自身の影響下に置き、結果的に自身の格よりも上の魔法が使えるようになるという訳じゃな」
さらっとそんなことを言うマリーさんだが、それは精霊だからこそできることであって、人間には原理的に無理なのではなかろうか。肉体の壁を越えるなどできる気がしない。
「あのう……、お師匠さま。それって人間にはできるものなのでしょうか」
「できる。が、難しい」
そう短く返しつつ、マリーさんは両掌を柏手を打つように「パンッ」と合わせつつ、瞑想するように目を閉じる。
「見ておれ」
そのまま黙ってしまったマリーさんを眺めること数秒。異変はすぐに現れた。
「……なっ、魔力が!?」
周囲の魔素がマリーさんの方へと引き寄せられていくのを感じる。そして同時にマリーさんの魔力がどんどん膨れ上がっていく。
「……っぷは。とまあ、こんなもんかの」
マリーさんが瞑想を解くと、集まってきていた魔力がパッと霧散していった。同時に周囲に漂っていた緊張感が消え失せる。
「これが
「すごい」
やはりマリーさんは凄い。皇国最強の威信を見せつけられてしまった。
「この通り、人間にもやってやれぬことはない。じゃが相当難しいの。なにせ、己の意志で以って己の意思を消さねばならんのだからな」
主客未分。己と他者とが未だ分かたれぬ、自然との調和、無我の境地。
やってやれないことはないだろう。【継続は力なり】がある以上、いつかはできるようになる筈だ。しかしこの修行を終えるまでに使えるようになるだろうか。マリーさんに教えを受けている間に習得できるだろうか。そこが僅かな不安要素だった。
✳︎
次の日。俺達の各自のカリキュラムをこなしつつ、
「ほれほれお主ら! 空気、水分、そして地面を流れる龍脈じゃ! この世界に満ちる全ての魔素を意識せよ!」
「「「はい!」」」
「うむ。そしたらそれらを一気に引き寄せるのじゃ! 皮膚、肺、そして全身の細胞で受けとめよ! 気を抜くと自然に全魔力を持っていかれるぞ!」
「「「はいっっ!」」」
マリーさんの修行はスパルタだ。軍隊さながらの厳しさだが、精神攻撃と物理的な叱責が飛んでこないだけマシである。最近の軍はその辺のコンプラにも随分厳しくなったとは聞くが、やはり現場レベルだと上官によってはそういうのもあると聞くからな。特魔師団にはその手のブラック体育会的なノリは存在しないので、実は特魔師団で良かったと安心していたりする。だって軍隊は皇族でもない限り階級が全てで、家柄とか貴族とか関係ないんだもの。階級が同じならそれなりに配慮はされるが、階級が下なら問答無用で「はい or イエス」だものな。まったく恐ろしい社会だぜ。
「ほれそこ! 余計な考え事をするでない! 後で組手20本追加じゃ!」
「ぎえええええっ!!」
訂正。マリーさんは鬼軍曹だ。彼女の階級知らんけど(そもそも軍人かどうかすらも知らない)!
✳︎
「無理です。体外の魔素を感じ取れても、それに干渉できません」
「そう、そこで困ってる。魔力なら自由に動かせるけど、魔素は無理。そもそも私の支配下に無い」
「支配下に置かなきゃ動かせないけど、支配下に置くためには動かす必要がある……? あれ、あれれ?」
俺達が頭を抱えて
「おいしい」
「冷たいお茶か。珍しいな」
「そっか、お師匠さまは四大属性の全てをお使いになられるのでしたね」
「うむ。水属性と風属性を応用してやれば氷属性に近いことができるからの」
氷属性は物体の温度に直接(下げる方向に)干渉する魔法だ。適性がないと行使は難しい。しかし水属性と風属性を併用すれば、気化熱の原理で似たような結果を出すことはできる。要は、結果が同じなら過程はどうあっても構わない、と考えられるのならば特定の属性に拘る必要性はそこまで高くないということだ。あるいは、別の属性であっても熟練した魔法士であれば同じ結果を出せると言うべきか。いずれにせよ、マリーさんは魔法士の頂点であった。
「随分と悩んでおるようじゃの。よいか、魔素を弄るにはその魔素を支配下に置く必要があるが、それには必ずしも魔素を動かす必要は無いのじゃぞ。さっき妾がやって見せたのは、魔素を支配下に置いた後で、体内に移動させて吸収したに過ぎん。必要なプロセスは、あくまで魔素を支配下に置くことじゃ。それには自己の範囲を広げてやればよい」
「それが難しいから困っている」
「そうなんだよなぁ。どうやったら自己の範囲って広げられるもん?」
マリーさんはそれを聞いて、にっこりと笑う。
「精霊じゃ」
「「「精霊?」」」
「精霊ならこれは簡単にできる話じゃ。なら、精霊に近い存在にやり方を教えてもらうのがよかろう」
「精霊に近い存在…………あっ、もしかして!」
リリーが叫ぶ。どうやら何かに気付いたようだった。
「神獣……ですか?」
「うむ、正解じゃ」
マリーさんは満足そうに頷いていた。どうやら召喚した自分の神獣にお願いして、やり方をレクチャーしてもらったりとか、あるいはパスを繋いでもらうとか、そういう類のことをするようだ。
……さて、どうしよう。俺の神獣、卵なんだけど?
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