第108話 魔剣士ヨハン

 マリーさん曰く、俺達人間には『龍脈接続アストラル・コネクト』のコツを覚えるのは難しい。であるならば、せっかく契約した神獣に肩代わりしてもらうのだ。神獣を経由して無我の境地、主客未分の状態を経験する。そしてこの修行期間中に、その感覚をゆっくりと時間をかけて覚えるべし…………ということだった。


「アッシュ、頼むわよ」

「キャンッ」

「レオン、よろしく」

「キュイッ」


 召喚に成功した組は問題なく取り掛かれそうだ。そして俺はというと……。


「よろしく、タマちゃん」

「…………」


 生まれる前の卵が話す筈もなく。一人寂しい思いをしているのだった。


「うーむ、エーベルハルトの場合は卵が孵化するまで、とりあえず無属性魔法の修行に比重を傾けるかの。卵が孵化したら、それから並行して始めればよかろう」

「わかりました……」


 どうやら俺が『龍脈接続アストラル・コネクト』に挑戦できるのはまだもう少し先のようだった。



     ✳︎



「ほれ、今日のノルマまでこれを含めてあと二つじゃ。頑張れ」

「うおお……っ、『縮地』ッ!」

「まだキレが甘いぞ。もっと魔力が地面と足に行き渡るようにせい」

「はいっ。『縮地』ィッ」

「少し良くなったの。もう少し左足に意識を向けるのじゃ」

「ぅすっ、『縮地』!」

「うーむ、まあ合格点かの。あとはこれを10回連続で安定してやれるようになれば次に行くかの」

「ひええ〜……。俺は疲れたよマリーさん」

「何を甘えておる。まだお主の魔力は7割以上残っておろうが。5割切るまで『縮地』に励むのじゃ」

「っ……ら、ラジャーッ!」


 リリーとイリスは『龍脈接続アストラル・コネクト』を、俺は1021の無属性魔法の最初の五つの練習に取り掛かっていた。本当なら一日三つで一年かかる計算だったが、こちとら特魔師団からの出向扱いで強化修行に参加している身。通常より少なめとはいえ、しっかりと任務をこなす必要もある。修行期間は一年ほどになるという話をこの前マリーさんにされたが、一年間まるまる修行に充てられる訳ではないのだ。だからその分、俺とイリスはタイトに修行を進めなければならない。それがゆえの一日五つであった。

 今日は既に三つの魔法を覚えている。今やっていた『縮地』は四つめ。これがなかなかどうして会得難易度の高いB+ランクの魔法で、前の三つに比べてかなり時間を費やしていた。


「あと一時間ほど練習すれば問題なく使えるようになるかの?」

「た、多分……」

「なら一旦休憩を挟むかの。適度な水分補給と休憩さえあれば、意外と人は動けるものじゃ」


 人生経験の豊かなマリーさんがそんな蘊蓄うんちくとともに水を差し出してくれる。キンキンに冷えている訳ではなく、どちらかというと常温に近い、それでいて心地よく冷たい温度に調整された水を渡される。運動したばかりの身体にはそれが一番良いのだ。


「塩は普段の食事でしっかり摂っておるから今は大丈夫じゃ。見たところそれほど汗をかいておる様子もないしの」

「そうだね。塩分摂り過ぎになるのも怖いし、今は水だけで充分かな」


 いくらこの世界の科学が地球よりも遅れているからといって、流石にその程度の知見は皆常識として持ち合わせているようだった。


「さて、そろそろ休憩はお終いじゃな。修行を再開するぞえ」

「おーっす……」


 重たい腰を上げて、さて修行を再開しようとしたところでマリーさんの動きが一瞬止まった。彼女はそのまま耳をぴくぴくと動かしている。


「マリーさん?」

「どうやら遅れておった修行参加者が到着したようじゃな」

「おお、俺達以外の参加者が!」


 そういえばこの修行プロジェクトには数十人の若者が参加しているとのことだったな。ここまで辿り着けるのは半数に満たないとはいえ、それでも十数人程度はここにやってくる筈なのだ。なかなか来ないからすっかり存在を忘れていた。


「……本当だ。二人か」

「ようわかったの」

「『パッシブ・ソナー』なる技がありまして」

「ほう、お主あれを使えるのか。なら当然『アクティブ・ソナー』も使えるんじゃろ? 覚える魔法が1021から1019に減ったの」

「あ、ひょっとして『縛縄』とかもその1021に含まれてたりする?」

「するぞ。……お主、さては魔法大全を読んだな?」

「うん。とりあえず無属性魔法に関しては『応用編』まで全て覚えたよ」

「ほう、ならば覚える魔法はかなり減るぞ。さしずめ800といったところかの」

「あれま、なんか結構楽になった?」

「当初よりはの。依然として覚えるべき数は多いのじゃ。気を抜くなよ」

「わかってますって」


 そんな雑談を繰り広げること数分。ようやく俺達以外の修行参加者第二弾が到着したのだった。



     ✳︎



「む? 人がいるぞ」

「兄貴、やっと着いたのか?」

「どうやらそのようだ」


 ガサゴソと茂みをかき分けて森の奥から出てきたのは、俺達とあまり年齢が変わらないであろう二人の男女だった。髪色は二人とも赤みがかった黒色で、どことなく顔立ちも似ている。女の方が男のことを「兄貴」と呼んでいたから、おそらく二人は兄妹なのだろう。


「失礼。ここが『白魔女』閣下のいらっしゃる場所でよろしいか」


 男の方が俺達に向かって話しかけてくる。やや古臭い話し方だが、特に敵対的な意思は感じない。


「うむ。妾がその『白魔女』こと、アンヌ・マリー・エレイン・ヤンソン・イグドラシルじゃ。お主らは修行の参加者で合っておるか?」

「左様。俺の名はヨハン・シュナイダー。こちらは妹のエミリアと申す。皇都の魔剣術道場からやってきた」

「ほお、シュナイダー家か。聞いたことがあるぞえ。確か皇国軍の魔剣術指南役を任された家の一つであったな」

「左様。もっとも俺は次男ゆえに家を継ぐことはないが」

「そうか。しかし魔の森を踏破できるほどの優秀な弟妹を持った兄貴も大変じゃの。寝首をかかれんように気をつけるのじゃな」

「そうならないために強くなりたいのだ。閣下には是非厳しく指導していただきたい」

「ふむ、熱心な若者は素晴らしいの」


 兄の方は随分と古風だが、妹の方はどうだろうか。さっき少し話をしていた感じではどちらかというと軽めというか、ガサツなイメージを受けたが。


「兄貴は堅すぎなんだよ〜。もうちょっと肩の力抜かないとやってらんないぜ」


 頭の後ろで手を組んで面倒くさそうにそう言うエミリアさん。何とも対極的な兄妹だな。


「それにしても……あたしらよりも早く着いてる奴らがいたんだな」

「……そうらしいな。おい、そこの少年よ。名を何と言う」


 俺と大して年も変わらないだろうに、上から目線な奴だな。もしかして意外と喧嘩っ早い?


「エーベルハルト。そっちはヨハンとエミリアでいいかな?」

「呼び方は好きにしてくれて構わん。だが、俺達シュナイダー兄妹よりも早く……それも数時間どころではない早さで到着しているとみえる、その実力。是非お手合わせ願いたい」


 訂正。喧嘩っ早いというよりは、好戦的と言うべきか。またの名をバトルジャンキー。


「……らしいけど、マリーさん?」

「構わぬ。同世代の他の人間の実力を知る良い機会じゃろう。妾の監督の下において、後遺症の残る傷を負わせること、および相手を殺傷すること以外であれば何でも有りの試合を許可する」


 出会って◯秒でバトルってこういうことを言うんだなぁ……、などと、益体も無いことを思いつつ、俺は渋々前に出る。


 魔剣士だというヨハン君の腰に差してある魔剣が、異様な存在感を放っていた。

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