第109話 いざ尋常に
「それでは両者、位置に着くのじゃ」
マリーさんの指示に従って、俺達は5メートルほどの距離を保って正対する。俺も相手も剣を――俺の場合は刀だが――を使うので、一般的な決闘開始時の距離を取っている。近接戦闘の苦手な魔法士が相手だと、もう少し長く7メートルほどから始めることもあるらしい。遠距離タイプの魔法士同士の戦いなら15メートル……などと、まあ決闘にも様々な様式があるようだ。
ヨハン君は腰の魔剣をまだ抜いてはいないが、その威圧感たるや歴戦の剣豪のそれである。少なくとも、同世代の人間を相手にしてこれほどまでの圧を感じたことは俺は無かった。
まあ世間狭しと言えど、思ったよりも皇国は広かったということだろう。ハイトブルクもなかなかに都会だが、皇国中から凄いヤツらが集まってくる皇都には流石に敵わない。地方中枢都市のハイトブルクでは、強い若者と巡り合う機会は全くと言っていいほど無かった。ヨハン君は皇都の新進気鋭の魔剣士なのだろう。彼のような人間と剣を交える機会に恵まれたのは、ひとえに幸運と言ってもよかった。
「……お前、本当に少年か?」
「へ?」
そんなことを思っていると、ヨハン君がこちらを警戒したような目で見て訊ねてくる。そんなに老けて見えるか、俺。
「俺はまだピチピチの12歳だよ。そう言うヨハン君は幾つなのさ」
「年下だと? む……俺は13だ」
「一個違いか」
「ちなみにあたしは12歳だぜ。おまえとタメだな!」
エミリアさんがニコニコしながら手を振ってくる。なんか調子狂うなぁ。
「13歳でその喋り方も相当おっさんっぽいけどな」
「何!」
おっさんというよりは、爺さんに近いが。
「俺はまだピチピチの13歳だ」
「俺と同じこと言ってるじゃん」
どうやら俺達はお互いに老けて見えるようだった。解せぬ。
「ちなみに俺が老けて見えた理由って何?」
決して気にしている訳ではないが、もし何か老けて見える原因があれば直しておかないとリリー達に嫌われちゃったりでもしたらいけないからな。別に気にしてる訳じゃないけどな。まあ、ちょっとだけ気にはなっちゃうかな。
「佇まいだ」
「佇まい?」
「ああ」
また抽象的なことを言い出したな。ヨハン君しかりマリーさんしかり、古風なキャラってどうしてこう具体的かつストレートに表現しないんだろうか。俺まだ12歳の若者だからそのノリに付いていけないよ。
「ただ立っているだけなのに、隙がまるで見当たらない。12の少年とは思えん。お前……本当に何者だ?」
「エーベルハルトですが」
こちとら生まれてこの方ひたすら修行続けてんだよ! ヨハン君も武芸を得意とする家柄的にそれなりに修行してきたんだろうが、修行の密度なら負けている気がしないね。俺より修行してる奴など皇国でもそこまでいないのではなかろうか。
「あくまでシラを切る、か……。まあ良いだろう。決着を付けたら教えてくれよ」
「いやー、なんかいつの間にか試合の目的がすり替わっていやしないかね」
「知らん」
自分からふっかけておいて、なんてヤツだ。斬り殺してやる。
「エーベルハルトよ。目が物騒なことになっておるぞ。もう一度言うが、殺生はえぬじーじゃぞ」
「ワカッテルヨ」
「ワカッテおらんじゃろ絶対」
まあ斬り殺すは冗談にしても、だ。
――シャンッ
俺は魔刀・ライキリを抜いて……………………
――ストン
そのまま納刀し、腰から鞘ごとライキリを外してインベントリにぶち込む。そして流れるように別のショートソード(ミスリルを含有する魔鋼製だ。Made by Mail)を取り出してそのまま腰に
――シャンッ……
そしてもう一度、何事も無かったかのように抜剣するのだった。
「え、何? 今の」
エミリアさんが困惑している。リリーとイリスは訳知り顔で、マリーさんはニヤニヤしてこちらを見ていた。
そしてヨハン君はというと……
「……今の刀、何だ。あんなもの見たことないぞ」
流石に強そうなオーラを出しているだけあって、魔刀・ライキリの恐ろしさに気付いたようだった。エミリアさんは気付いた様子はない。エミリアさん……。あなた剣士の家系でしょ、もう少し真面目に生きようよ、と思わなくもない。
「さっきのは知り合いに作ってもらった特注品でね。威力が高すぎるからこっちでお相手するよ」
するとヨハン君は今の台詞を挑発と受け取ったのか、こめかみをヒクヒクとさせて叫んだ。
「……俺とて魔剣士の端くれ。嘗められてはおれん! いざ尋常に勝負!」
やはりどこか古めかしい。しかし魔刀・ライキリを仕舞ったのは、ライキリがあまりに強力すぎて俺自身の実力を発揮できそうにないからであって別にヨハン君のことを嘗めている訳ではないのだが、まあ言っても伝わらんよなぁ。
「二人とも、準備は良いかの?」
「うん」
「問題ない」
「では……始め!」
マリーさんの掛け声と同時にヨハン君は腰の魔剣を抜いた。やや黒みがかった剣身は両刃で、怪しい光を放っている。薄っすらと魔力を纏っているようで、斬れ味はかなり良さそうだった。
「だが当たらなければ意味が無ェのよ! ふははは!」
俺は先ほど覚えたばかりの『縮地』を使って一瞬で彼我の距離を詰める。身体強化も何もしていないが、魔の森での修行のおかげか、生身でもかなりのパワーを出せるようになっているようだ。
「なっ!」
気が付いた瞬間に俺が目の前にいたのだ。ヨハン君は驚いて目を見開き、固まっている。
(獲った)
そう思ったが、ヨハン君も伊達に強化プロジェクトに参加している訳ではなかった。一瞬の判断で魔剣を起こして俺の剣戟を受け止め、そのまま鍔迫り合いへと持ち込む。
「へえ、やるじゃんか」
「そちらこそな……ッ、だが俺は負けんぞ!」
「魔剣だけに」
「んふっ」
ヨハン君が俺を押し退けて鍔迫り合いが解かれる。再び彼我の距離が開くが、俺は知っているぞ。ヨハン君、今のクソ寒い駄洒落で笑っていたな。ポーカーフェイスを気取っていたようだが、口元がヒクヒク歪んでいた。意外な一面を発見してしまったな。
「ええい、小癪な! 尋常なる勝負だぞ、茶化すな!」
「いや、ごめんよ。生来の性分でね」
別に相手の油断を誘おうと寒い駄洒落を言った訳ではない。つい言ってしまったのだ。どうやら俺は将来的に寒い親父になる適性がありそうだ。
それはさておき。
「あんた結構強いな」
「お前こそ『魔剣士の世界にシュナイダーあり』と言われる我がシュナイダー流魔剣術を相手にここまでやり合うとは何者だ」
シュナイダー流魔剣術か。かなり強いな。北将武神流の「表」となら完全に互角と言っていいだろう。————だが北将武神流には「裏」がある。
「さてね。……じゃあそろそろ本気出すよ」
「えっ、こいつまだ本気じゃなかったのか?」
「そんな見られると俺、照れちゃうなあ……っと」
鼓動が一つ。二つ。心臓が拍動する度に、少しずつ視界が冴え渡ってくるのを感じる。五感が鋭敏になり、自分の肉体を完全に掌握する感覚がやってくる。身体の芯から湧き出してきた魔力の層が体表を薄く覆い、だんだんと手足に力が漲ってくる。修行のためにここ一週間ほど封印していたこの感覚、久し振りだ。
「目かっぽじってよく見とけよ。これが俺の格闘戦における奥義、『
「ハル君、目かっぽじったら失明しちゃうわ!」
リリーの突っ込みが入って場の空気が少し和む。確かにその通りだ。目をかっぽじったら多分めっちゃ痛い。
「あー、その。目よくすすいで見てね」
目をすすぐくらいなら、皆するんじゃないかな。幸いにしてこの世界には水属性の魔法があるから綺麗な水には事欠かない訳だし。
「……本当、何者なんだ」
冷や汗を流しながら、それでもニヤリと笑みを隠せないバトルジャンキーのヨハン君がこちらを見ている。真剣勝負の第二陣が始まろうとしていた。
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