第110話 魔剣ディアブロ

「そらいくぞっ!」

「ぐうぅっ……」


 『纏衣まとい』を展開した上での『縮地』で刹那の隙に距離を詰め、ヨハン君を吹き飛ばす。『纏衣』の圧倒的なパワーとスピードに、ヨハン君は碌に反応すらできずに弾き飛ばされる。


「兄貴っ」


 何が起こったのか理解できず、ただ兄が吹き飛ばされたことだけを理解したエミリアさんがたまらず兄に呼び掛ける。


「ほう」


 マリーさんが面白いものを見たような表情でこちらを見ていた。尋常なる勝負の最中に余所見とはいい度胸だが、実際に俺とヨハン君の間にはそれだけの実力差があった。


「ぐっ……、い、今何をした」

「普通にさっきと同じ、距離を詰めて斬撃をかましただけだよ」

「全く見えなかった……。クソッ」


 立ち上がって魔剣を振り、土を払い落としながらそう呟くヨハン君。彼も剣筋こそたいへん綺麗で流石は一流魔剣士と言うだけの実力があったが、決め手となる速さと重みが圧倒的に足りていなかった。特に北将武神流を相手にするには。


「このままお前と戦ったところで負けは見えている……。できるならこれは使いたくはなかったが……仕方あるまい。お前相手なら問題はないだろう」


 ヨハン君が覚悟を決めた目で俺を見て言う。


「今から俺の切り札を使う。お前なら受け止めきれるかもしれんが、相応のダメージは覚悟してもらおう」

「へえ……。これだけの差があっても尚それだけの自信があるのか。それは楽しみだな」


 一体どんな切り札を見せてくれるというのだろうか。シュナイダー家の名折れにならないような凄まじいものなら興味深い。


「あ、兄貴。あれを使うのか?」


 エミリアさんがヨハン君のことを心配するような声で訊ねる。


「ああ。まだ完璧に扱いきれる訳ではないが……。そもそもこれを完全に扱えるようになるために、この強化プロジェクトに参加したのだ。遅かれ早かれマリー閣下にはお見せしなければならなかっただろう。それが今になっただけのこと。命懸けの死闘という訳でもあるまいし、問題はない」

「……兄貴がそういうならあたしが言うことはなんもねえよ」


 この反応を見るに、その切り札とやらは相当危険な代物であるらしい。一体どんな技なのか、俺も生半なまなかな気持ちでいるのは失礼だな。本気の本気、全力で以て受け止めなければなるまい。


「では参る。————『魔剣ディアブロよ、我が魔力を喰らいて覚醒し給え。暴虐の嵐インドミナス・テンペスタス』!!」


 次の瞬間。ヨハン君の握る魔剣ディアブロがドクンと脈を打った。纏っていた魔力が黒く、暗い闇を帯びながら膨れ上がっていき、漆黒の魔剣が2メートルはある巨大な刃へと変貌していく。


「な、なんだあれ……」


 なんという禍々しい剣だろうか。数メートル以上離れていても尚、近寄りがたい不吉な波動を感じる。


「これは……なんという代物じゃ……」


 マリーさんが渋い表情で魔剣ディアブロを見つめている。


「エーベルハルトよ。あれは食らってはならんぞ」

「ですよねえ……。あれは危険すぎる」


 そう、あの魔剣はあまりに危険だ。それこそ斬れないものはない超弩級魔刀・ライキリと比べても遜色のないほどに。


「いくぞ」


 ヨハン君がそう告げて、突っ込んできた。


「うわっ」


 すんでのところで回避に成功するが、さっきまでと切り込みの速さが桁違いだ。なんという脅威!


「おおおおおっ!!」


 ヨハン君はその美しい剣筋のまま、威力と速度が増大した剣戟を振るってくる。


「っく、強い」


 今度は俺が避ける番だ。万一にもあの剣を受けてしまったら魔刀・ライキリならいざ知らず、メイ特性のショートソードであっても間違いなく斬られてしまうだろうし、『白銀装甲イージス』を展開していない今の俺では大怪我も免れないだろう。いや、『白銀装甲』を展開していたとして、『雷光』のジークフリートの時と同じく防御を貫通されるかもしれない。それだけの威力をあの魔剣ディアブロは秘めているのだ。


「っくそ、こうなったらこうするしかないっ」


 俺は足裏から衝撃波を放ち、逆方向の『縮地』と掛け合わせることでヨハン君から強引に距離を取る。その際、衝撃波を放って牽制することも忘れない。


「ぐっ、今度は何をするつもりだ」


 くぐもったヨハン君の声が聞こえる。だが俺はもうかなりの距離を稼いでいる。


「悪いね。実は俺は近接よりも、むしろ遠距離の方が得意なんだ」


 北将武神流はゼネラリスト。一芸を極めたスペシャリストではない。


「確かにその魔剣ディアブロは脅威だ。ライキリの無い今、近接ならあるいは俺の方が不利かもな。……でもな、世の中にはその強さを発揮させてくれないタイプの敵もいるんだぜ」


 俺は魔力を練り上げ、自身の最も得意とする固有魔法の発動準備をする。

 魔剣ディアブロ。その攻撃力は絶大だ。間合いも2メートルと、普通の剣よりも遥かに長い。加えてその身体能力の補助も脅威だ。明らかに使用者のスピードとパワーが桁外れに強化されている。

 しかし、そうであるならば、それらの脅威を十全に発揮できなくさせてやればよいのだ。全てを貫く矛とて、間合いの内に入られれば無用の長物と化すように。どれだけ優れた格闘家とて、遠方から狙撃されれば問答無用で斃れるように。

 魔剣ディアブロの攻撃力が怖いのならば、その刃を攻撃に向けなくさせてしまえばいい。


「食らえェ! 『衝撃連弾』!」


 ————ズドドドドドドドドドッッ!!


「うぐぅ…………!!」


 攻撃こそ最大の防御なり! 一発一発が重機関銃並みの威力を備えた無数の『衝撃弾』が、ヨハン君の魔剣ディアブロに向かって飛んでゆく。ヨハン君はそれを魔剣ディアブロの尋常ならざる攻撃力で以て受け止める以外に道は無い。


「……ああっ、クソ、もう保たないッ!」


 ヨハン君が悲鳴を上げる。そう、これだけの強化をもたらす戦術級の魔剣だ。そう長時間、発動していられる筈がないのだ。


「ぐああっ!」


 魔剣ディアブロの剣身が縮んでいく。同時にヨハン君から放たれる圧も小さく萎んでゆく。それに合わせて少しずつ『衝撃連弾』の威力を落とし、ヨハン君が必要以上の怪我をしないように手加減をする。


 やがて魔剣ディアブロが当初の剥き身の剣の状態に戻った時、ヨハン君は辛うじて立っているといった様子だった。


「……勝負あり、じゃな」


 マリーさんがそう告げる。その瞬間、ヨハン君は崩れ落ちるようにしてその場へ倒れるのだった。

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