第151話 その後の顛末
俺とマリーさんによる神獣対決が終わり、一年間の修行プログラムの全てが終了してから数日後。かねてより到着を待ち侘びていた皇都からの憲兵が、ようやく魔の森に到着したとの連絡がマリーさんのもとに届いた。
「おっっっっそいわ!!」
あのマリーさんがこめかみに青筋を立ててぷんすこ怒っている。お耳を真っ赤にしてぴこぴこ動かしているので、本当に怒っているのだろう。マリーさんは感情が動くとお耳も動くのだ。なんだか犬みたいだが、そんなことを言っては彼女に怒られてしまうので言わぬが華である。
「リリーよ。妾を連れて森の入り口まで飛んでたもれ。怠慢な官憲どもをしばきに行くぞえ」
「はい、お師匠さま」
「はい、じゃないよリリー。国家権力相手に何言ってんだ」
「ハル君、そんなときのための権力なのよ。公僕たる官憲相手にこそ公爵家の威光は効くんだわ」
「うう、俺の婚約者の腹がどんどん真っ黒く染まっていく……」
「いやだ、機転が利くって言ってちょうだい」
ちょっと赤くなって慌てるリリー。からかわれていることに気が付いたのか、またさらに赤くなっているのが可愛らしい。
「……にしても、まだ起きないなんてな」
「よほどダメージが大きかったのであろう。心身ともに、の」
憲兵が派遣されてくる理由。それは未だに意識の無いクリストフの引き渡しと移送のためであった。そろそろ目を覚ましてもおかしくはないのだが、いかんせん奴にとってみれば自分の全てを否定されたようなものだ。同情などする訳もないが、ショックが大きかっただろうことは想像に難くない。
さて、その国家叛逆者たるクリストフを何故数日間も放置していたのかといえば、それは単純に対応可能な人間がこの場にいないからだった。
敵対者の確保および撃退までは勅任武官である俺の権限で可能な領域だが、逮捕や移送など、そこから先の仕事は警察的な役割を担う憲兵の管轄なのだ。
魔の森の中に直接入って来れないのはわかるが、それにしたって仕事が遅い。お役所仕事ってのはどうやら皇国にも存在しているようだった。
「俺もついてく」
「そういえばエーベルハルトはここの次期領主であったの」
皇都から憲兵が派遣されてくるのだとしたら、距離的にもっと時間が掛かる筈だ。ということはファーレンハイト辺境伯領内に駐在している憲兵が、皇都からの連絡を受けてやってきている筈。あるいは辺境伯家が保有する諸侯軍が委託されているか。
いずれにしろ、我が領に関係のある人間と見るべきだ。であるならば俺が出て行った方が話も早い。
「ではリリーよ。頼むぞ」
手足を拘束され、ぐったりしたままのクリストフを引き摺ったマリーさんが指示を出す。
「はい。それでは行きます」
複雑な紋様の転移魔法陣を展開し、魔法を発動するリリー。景色がホワイトアウトして一瞬の浮遊感を味わったと思ったら、そこはもう魔の森の外であった。
「こっちじゃ」
マリーさんの案内で森の中の道無き道を歩いていく俺達。魔の森での生活に慣れてしまったせいか、普通よりもだいぶ深い森の筈なのにすっかり気が抜けてしまっている。
ただまあ、気が抜けているとはいえ、別に警戒を怠っている訳ではない。わざわざ気を引き締めてかからなくても、この程度の森なら片手間で索敵ができるようになったということだ。そう考えるとこの一年で随分と成長したんだなぁ。
「お、見えてきたね」
「あれで間違いないの。見覚えはあるか?」
「うーん、最後に見たのが一年前だからなぁ……あ、でもあの人は見覚えあるや」
「では問題ないの」
「うん」
どうやら皇都から派遣されてきた駐在の憲兵ではなく、我が領軍の憲兵が来ているらしい。憲兵は全部で8人。罪人を監禁・移送する鉄格子付きの馬車を引いて来ているようだった。
そのままガサゴソと森をかき分けて彼らの前に出ると、俺達の姿を認めた憲兵達がビシッと一糸乱れぬ動きで敬礼する。
「ヤンソン中将閣下、若、リリー様、たいへん遅くなりました」
名前までは知らないが、何度か顔を見かけたことのある憲兵の隊長さんが挨拶をしてくる。この人は確かウチの軍の憲兵科の責任者だった筈……。
「御苦労。それにしてもだいぶ遅かったね」
ハイトブルクからなら、飛ばせば二、三日もあれば到着できる距離だ。何か問題でもなければ、こんなに時間が掛かるということも考えにくい。
「は。それが実は皇都からの圧力がありまして」
「圧力?」
「はい。どうやらハイトブルクに情報が伝達される際にどこぞの貴族からの介入があり、一悶着あったとか」
「どこぞの貴族、ねぇ」
その貴族とやらはさぞ大物だったに違いない。それこそ伯爵くらいのな。
「ただ、圧力を掛けてきた相手に関しては既に排除されたとのことです」
「ほう」
流石に無茶は通らない、か。
陛下か、あるいは宰相かは知らないが、いずれにせよ国のトップが有能なのは良いことだ。今回の事件までもが良かったのかはわからないが、こうやって皇国から膿を炙り出すことができたのは、健全な国家運営を思えば必ずしも悪いことばかりではないだろう。
どこぞの伯爵は転封されたのか、改易されたのか、はたまた処刑されたのかは知らないが、いずれにしても二度と日の目を浴びることは無いだろう。こうしてまた一つ、不安の種が潰えたのだ。
「では身柄を引き取りいたします」
「うむ」
「ぶほっ」
ここまでずっと引き摺ってきていたクリストフの襟首を掴んで「ほい」と身柄を憲兵隊長に手渡すマリーさん。意識は無いものの、クリストフの表情はどこか苦しげだ。それが襟首を掴まれて呼吸ができなくなったことによる息苦しさ故なのか、それとも全身に怪我をした状態にもかかわらずここまで引き摺られたことによる苦しみが故なのかはわからないが、少し奴が哀れだった。おかげで思わず吹き出……もといむせてしまった。
「ちょっとハル君!」
笑うべきでない場面で笑ってしまった人間に対する世間の目はかくも厳しいものよ!
こうして、特に大きなトラブルに見舞われることもなく、クリストフは皇都に移送されていった。
裁判の結果が届いたのはそれから二週間後。
皇都に着いて意識を取り戻したクリストフは、当初は落ち着いて……というか茫然としていたらしいが、裁判の際に俺とマリーさんの名前、そして皇帝陛下の名前が出た途端、発狂したように叫び出したらしい。それだけならまだ極刑は免れただろうに、事もあろうに奴はその場に列席していた(貴族に関わる裁判には皇帝も出席する義務があるのだ)皇帝陛下に向かって暴言を吐いたそうだ。それが決め手となって、クリストフは裁判の結果を待つことなく即不敬罪および国家叛逆罪の現行犯として再逮捕。ほどなくして処刑されたらしい。
結局、最後まで奴は変わらなかった。どこかで反省できてきれば未来も違ったのかもしれないが、今更そんなことを考えても意味のないことだ。
そんな、どこかやるせない気持ちを覚えつつ俺達の修行プロジェクトは終了し、各自がそれぞれの道へと散って行ったのだった。
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