第150話 リンちゃん VS ピーター君
「グルォ゛オ゛オ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!」
全身が震え上がるような恐ろしい咆哮を上げて、突進してくるベヒモスのピーター君。その速度はスーパーカーにも引けを取らない。加えて牛や象すら子供に思えるほどの大質量だ。時速100キロ近い重戦車が突っ込んでくるようなものか。
「回避、飛べーッ!」
まさに陸上において敵無し。故に陸王。
空はドラゴン、陸はベヒモスと相場が決まっているものだ。成竜であったところで、陸でベヒモスに挑むのは厳しいものがあるだろう。いくら竜種の王たる
だからこそ、僅かにでも勝利の可能性が残されている空へと退避する。だがこれは退避であると同時に、攻撃への布石でもある訳だ。
二次元の敵に対し、三次元からの攻撃はえげつないほどに効果的だ。それは地球の歴史が証明している。
「ぴゅいいいっ」
空に飛び上がることで間一髪、辛うじて突進を躱すことに成功したリンちゃんは、さらに上空へと上昇する。
「いいぞ! 下からの攻撃が届かないところまで移動するんだ!」
いくら突進の威力が高くても、あの質量では高く飛び上がることはできまい!
「ピーター君、跳べ!」
……そう思ったのが、まさにフラグであったらしい。マリーさんの指示を受けたピーター君は助走をつけて跳び上がった。
「……逃げろーー!!」
ありえない……。一体誰が、あんな巨体が空に跳び上がる光景を予想しうるのだろうか。軽く数十メートル以上は跳んだピーター君は、そのサイのような凶悪な角を振りかざしてリンちゃんに攻撃を仕掛ける。
「ぴゅっ……」
直撃こそ免れたが、ほんの僅かに角の先端がリンちゃんの尻尾を掠める。たったそれだけの衝撃で、リンちゃんは数百メートル以上吹き飛ばされてしまった。
「うわあああっ! リひンちゃぁああああん!!」
契約を通してリンちゃんの
「……リンちゃん! 長距離狙撃魔法だ!」
こうなったらもう、全魔力を消費しての一撃に賭けるしかない。異常に機動力の高いピーター君のことだ。ただ射ちっ放しにするだけでは難なく避けてしまうだろう。
「(リンちゃん、誘導破壊弾だ。いつも撃ってる破壊光線の応用技だよ。できる?)」
「(ぴゅい!)」
契約を介して遠方のリンちゃんに意思を伝えると、リンちゃんから「任せろ」といった頼もしい返事が伝わってきた。
「(よし、やり方は今から感覚共有で教えるから、一発で成功させるんだ)」
そして俺は『誘導衝撃弾』を使う時の魔力操作のイメージを、契約越しにリンちゃんの意識に直接送り込む。人間同士では不可能な、この完璧な思考・感覚の共有。これができるからこそ、契約神獣は最大にして最強のパートナーたりうるのだ。
「よし、頑張れ!」
神獣らしく、本家本元の『
直径10メートルはありそうな巨大なエネルギー弾が、俺達の上空数百メートルに姿を現す。
「(あー、リンちゃん。撃つ方向は考えてね。俺達も吹っ飛びかねないよ)」
「(ぴゅいっ!)」
撃破すべきはピーター君だけ。あんなものを俺達が食らったら、余波だけでも満身創痍になることは間違いない。
「ピーター君。必殺技じゃ!」
「グルォ゛オ゛オ゛ッ!!」
そしてそれを座して待つマリーさん&ピーター君ではない。マリーさんの指示を受けたピーター君は、リンちゃんと同じく膨大な魔力をその立派な殺意の象徴である角に収束させ、赤熱化させる。
――――キィィイイイイン……!!
戦艦の重装甲すらも軽々ブチ抜くであろう、狂気の突進攻撃の準備が整ったようだ。
「ぴゅいいいっっっ!!!!」
「グルォ゛ォ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
リンちゃんが放った『誘導衝撃弾』を正面から受け止めるべく突き進むピーター君。巨大な魔力エネルギーと巨大な運動エネルギーが衝突して、大爆発が起こる。
「うっわ、キノコ雲……!」
まるで世界最大の通常爆弾、
「………………っ」
果たして、その爆発の中心にいたピーター君はといえば、角の攻撃で『誘導衝撃弾』の威力の大半を相殺したのだろう。
ところどころ鱗が剥がれ、血を流しながらと満身創痍ではあるものの、しっかりと瞳に光を灯し、脚を踏ん張って立っていた。
「今ので倒れないんかーい……」
あれは、さしずめ「走る天変地異」だな。要塞並みの防御力に、戦略兵器並みの攻撃力。これを飼い慣らしているマリーさんの戦力評価は、いわば「一人軍隊」だ。なるほど、一人で魔の森のど真ん中で極秘作戦に従事するだけのことはある……。
そしてリンちゃんはといえば、今の攻撃でほぼ全ての魔力を一時的に失って、力無く自由落下していた。
「リンちゃん!」
慌てて『飛翼』を展開して落ちていくリンちゃんのもとへと駆けつける。そのうち『龍脈接続』で勝手に回復するだろうが、それには少なくとも数分はかかるだろう。落ちている間に意識を取り戻すことはない。
「リンちゃん、お疲れ様」
ぼすっ、と重い音を立ててリンちゃんを受け止める。『纏衣』を展開していても、重力加速度の後押しを受けた1メートルの爬虫類を受け止めるのはキツかった。
だが、リンちゃんの頑張りを思えば、そんな重さなど無いも同然だ。
リンちゃんを抱きかかえてゆっくりと降下する俺。その際、俺の魔力を注ぎ込んでやるのも忘れない。
「ぴゅい……」
「カッコよかったぞ」
「ぴゅい!」
意識を取り戻したリンちゃんを
こうして修行生+αによる試合は、今度こそ完全に幕を下ろすのだった。
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