第327話 召喚命令

 屋外演習場にて土属性魔法の修行に励むこと約二時間。高密度の岩塊を生成することで恒常的に防壁シェルターを展開できる技術を身につけたところで、リリーの授業が終わる時間になった。


「なるほど……ただの岩じゃ駄目なんだな。密度を上げることで単純な強度も増すし、対魔法防御性能も上がるのか」


 俺が多用する『白銀装甲イージス』は、消費する魔力の量が桁外れに多い。世の中の魔法士の必須技能ともいわれる『防盾ぼうじゅん』も、魔力を実体化させ盾状に展開するというプロセスを経る以上は、どうやっても一定以上の魔力を消耗し続けてしまう。

 その点、土魔法は一度岩壁を生成してしまえば、以降は魔力の継続消費無しにずっと防御を展開し続けることが可能なのだ。もちろんその場から動かせないというデメリットはあるが、遮蔽物を利用した陣地戦なんかだと非常に有効な魔法である。

 特魔中隊のように魔導小銃を使う部隊であれば、特にその有効性は光るだろう。……うむ、これは新戦術として採用するべきだな。


「おっと、リリーを迎えに行かないとな」


 そろそろ帰り支度も済んで、待ち合わせ場所のホワイトフェザー並木通りに来ている頃だろう。今日の修行で得られた成果について、同じ固体を扱う氷属性魔法の観点からも何かヒントはないか訊ねてみるとするかな。


「リリー」

「あ、ハル君!」


 白が眩しい夏服に身を包んだリリーが、俺に気付いて顔を上げた。木漏れ日が綺麗な金髪にキラキラと反射して眩しい。


「お疲れさん」

「ええ。ハル君こそ、自主練お疲れさま」

「おう。今さっき新しい技術を会得したところだ」


 と、そこで何か違和感を覚えたらしいリリーが俺の胸やら背中やら首筋やらをクンクンと嗅ぎ……呆れたような顔で訊いてきた。


「うん……? …………ハル君、さっきメイルと一緒にいた?」

「いたけど、なんで?」


 なぜバレたし。いや、別に結婚してるんだからバレたところで問題はないんだけど。


「匂いがするのよねー。ハル君の身体からメイルのチョコレートみたいな甘い匂いが……。ねえ、ハル君。さっきメイルとヤッたでしょ」

「ぎく!」

「ぎく、じゃないわよ。まったくもう、ここは学院なのよ。もし誰かに見られたらどうするの」

「それは絶対にない。『アクティブ・ソナー』で誰かが来ないか常に把握しながら行為に耽っているからな!」


 この俺が、嫁の肌を他の野郎に見られることを許容する筈がないだろう! 嫁sヨメーズのあられもない姿は俺だけのものだ。誰にも見せやしないぜ!


「安心なんだか、そうじゃないんだか……。メイルもメイルね。あの子、ハル君にお願いされたら断れないんだから……」


 それだとまるで俺が嫌がるメイに無理矢理イタズラをしているように聞こえるじゃないか。俺は嫌がることをやったりはしないぞ。


「メイルは、基本的にハル君にされることならなんでも嬉しいのよ」

「なんか駄目な依存のしかたしてる気がする」

「間違いなくアウトよ。ハル君の罪は重いわ」


 そういえば以前、メイの奴が「ハル殿になら酷いことされても許しちゃいそうであります……」みたいなこと言っていたような気がするな。あれはいけない。共依存コースまっしぐらである。


「どこで間違えたんだ……?」

「最初からじゃないかしら?」


 俺達以外にまったく友達のいないメイ。ハイトブルクで過ごしていた幼少期も、俺以外と遊んでいるところを見たことはついぞなかった。「友達=俺」で、「好きになる人=俺」の図式が成り立つ時期が、彼女の人生の大部分を占めていたわけだ。


「原因俺かよ」

「責任取って幸せにしないとね」

「そりゃまあ結婚してるんだし、皆幸せにする覚悟はあるけどな」


 そんな他愛もない……ないか? 会話をしながら帰路に就く俺達。

 あっ、魔法について話すの忘れた!



     ✳︎



 翌日。久々にジェットから連絡を受けた俺は、軍務省へと出向いていた。

 そう、特魔師団皇都駐屯地ではなく軍務省だ。日本でいう市ヶ谷、アメリカでいうペンタゴン。大陸に覇を唱える皇国軍の中枢である。特魔中隊の隊長として稀に参謀本部に出向くことはあるが、今回の呼び出しはどうもそれでもなさそうだ。微妙に厄介ごとの予感がする俺である。


「ファーレンハイト中佐、入ります」

「おう、来たか。入れ」

「失礼します」


 基本的に高級将校しか立ち入れない戦略会議室の扉をノックして名乗ると、中からジェットの声が聞こえてきた。入室を許可された俺は、慣例に則って入室と同時に敬礼する。


「よく来たね」

「これは……クリューヴェル中将閣下ではありませんか。ザルムート少将閣下に、シュレム准将閣下までお揃いとは」


 柔和な雰囲気を醸し出すクリューヴェル中将閣下。だがその眼鏡の奥の瞳は決して笑ってはいない。筋骨隆々でおよそ参謀には見えないザルムート少将閣下や、いつも細目で何を考えているのかいまいちはかりかねるシュレム准将に至っては、俺のことを視線で射殺さんばかりに見つめてきている。

 もちろん何か俺がやらかしたわけでもないし、彼らも別に睨んできているわけではないので不安こそ覚えはしないが……シンプルに表情が怖え! 顔面の迫力が半端じゃない。


「エーベルハルト。お前に来てもらったのは、重要な話があるからだ」


 ジェットが珍しく真剣な表情でそう告げてくる。こいつがこういう顔をする時は、決まって超絶ヤバい案件が転がり込んできているのがこれまでの常だ。まあ中将会議の面子に加えて高級将校が何人も集まっている時点で、何かしらの極秘事項が伝達されるであろうことは想像に難くない。はてさて、いったいどんな話をされることやら。


「詳しい話はヤンソン中将からしていただこう」


 一番奥の席に座っていたクリューヴェル中将閣下がそう言うと、戦略会議室の扉が開いてマリーさんが入ってきた。


「エーベルハルト、来ておったか」

「マリーさん」


 今日のマリーさんはいつものワンピース姿ではなく、彼女の小柄な体格に合わせて作られた特注の軍服姿だ。胸のあたりに大量の徽章や勲章が飾られている。凄い。


「まあ、立ったままというのも変だろう。ファーレンハイト中佐、かけたまえ」

「は、失礼します」


 クリューヴェル中将の許可を得て用意されていた席に座った俺は、黙ってマリーさんが話し出すのを待つ。


「さて、エーベルハルトよ。今から話す内容は最重要軍事機密に該当するものじゃ。お主の家族じゃろうが同僚じゃろうが、誰にも漏らしてはならぬ」

「わかった」


 マリーさんが念を押して言ってくるので、頷く俺。


「それで、ここに呼んだ要件なんじゃが」

「うん」

「これからしばらくの期間、お主は妾と共に公国連邦に潜入することになった」

「…………そいつはまた、随分と急な話だね」


 なるほど、確かにそれは最重要軍事機密だな。久々の極秘任務だが、随分と大変な仕事になりそうだ。





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