第328話 エルフの伝承

「それで、マリーさん。潜入任務って言っても公国連邦は広いよ。いったいどこに行けっていうのさ」


 公国連邦はこの二〇〇年ほどの間に他国を次々に併呑し、急激にその版図を拡大している。かつては他の追随を許さない超大国だったハイラント皇国をも超えて、今では面積だけなら世界最大の国だ。一言に潜入と言っても、どこに潜入するのかで話は全然違ってくる。


「うむ、それなんじゃがの。数週間ほど前にお主が摘発した違法経営店舗の件があったじゃろう。実はその時に発覚した事実に関連して、思い出したことがあったのじゃ」

「発覚した事実?」

「うむ」

「それに関しては、私から説明させてもらおう」


 そう言って会話を引き継いだのは、クリューヴェル中将だ。眼鏡をクイと押し上げて、彼は話を続ける。


「一般的な相場から大きく乖離した価格設定で、偶然訪れた客から暴利を貪る――――これは皇都のような大都会に住んでいれば、割とよく聞く話だ」

「ええ、そうですね」


 よく聞く話である分、警邏隊もその点は留意して皇都の治安活動に従事している。そして、だからこそわざわざ中将のような大物が出張ってくることもない筈だった。


「しかし、今回君が摘発したあの店に関してだけは、少々事情が異なっていた。地下通路を利用して逃走経路を確保するというのは、敵国のスパイなんかがよく使う手段というのは君も知っての通りだが……ようやく奴らの足取りが掴めたんだ」

「それは何よりです」


 しかし、掴めたのなら何故しばらくの間その情報は俺に知らされなかったのだろうか。


「ただ、その背後にいる組織が問題だったんだよ。……君の下に訪れた招かれざる客のことは覚えているね?」

「ええ。確か、『死神ボーク・スメールチ』と名乗っていたように記憶しております」

「そう。その公国連邦から来た『死神』とやらが問題だった。……こいつは公国連邦の擁する最強魔法士集団『大聖堂カテドラル』のメンバーだったんだよ。そして君の摘発した店からは、その『大聖堂』の下部組織に資金が流れていた」

「……つまり、皇国内で諜報・工作活動を行う地下組織に、公国連邦でもとりわけ中枢に近い魔法士集団が絡んでいるということでしょうか?」

「理解が早くて助かるよ。だが、重要なのはこれだけではない。正直に言うなら、今回の件に連邦が関わっているのは最初から予想済みだったんだ。怒りはしても、別に驚くべきことではない」

「真に驚くべきは、こやつらに魔人の息が掛かっておるやもしれんということじゃ」

「魔人の!?」


 マリーさんが言った内容に俺は瞠目する。以前から公国連邦はキナ臭いと思っていたが……やはり魔人が絡んでいたのか。


「件の店舗で発見された葉巻タバコから、魔人化薬に近い成分が検出されたんだ」

「魔人化薬!? しかし『超回復』の魔人は本官が倒した筈ですが」


 数年前、スラム街などを中心に広まっていた魔人化薬の製造元であった『超回復』の魔人は俺が倒している。あれ以降、魔人化薬が出回ったという話はとんと聞かない。


「もちろん今回の葉巻きタバコには、流石に人間を魔人化させるほどの力はなかった。……だが、吸った人間の魔力を変質させる効果はあるそうだよ」

「使用頻度に比例して、魔人に近い波長の魔力へと徐々に変質していくそうだ」


 今までずっと黙っていたジェットがそこでクリューヴェル中将の発言を補足する。


「何が目的かはわからない。だが、間違いなく公国連邦の背後には魔人が控えていると見てよいだろうね」

「そこで、さっき妾の言っていた話に繋がるわけじゃ」

「ああ、思い出したことがあるっていう……」

「そうじゃ。これはエルフ族に伝わる伝承じゃからいまいち信憑性には欠けるんじゃが……どうもエルフはかつて、勇者の魔王討伐事業に協力したらしいのじゃ」

「勇者……初代皇帝陛下に」

「うむ。エルフの語り部に伝わる御伽噺に、皇国の建国神話に近しい部分が散見される。そのことを妾は思い出したのじゃ」


 そこまでは理解した。だが、どうしてそれが公国連邦への潜入任務に繋がるのかがわからない。そんな俺の様子を見て、マリーさんは更に続ける。


「今から五〇年ほど前のことじゃ。エルフの森は公国連邦の侵攻に遭って、その大部分を失うこととなった。失った土地にはエルフ族の神話にも出てくる聖地、世界樹イグドラシルの森も含まれておる」

世界樹イグドラシルって……マリーさんの名前じゃないか」

「そうじゃ。妾はエルフの中でも特殊な存在であるハイエルフ。エルフの森にいた頃は『世界樹の巫女』と呼ばれておった」


 世界樹の巫女、か。ということは何か特殊な役割でもあるんだろうか。というかそもそも、世界樹ってなんだ? どんな場所なんだ。


「妾も正式に巫女の役目を引き継いだわけではないから、あまり詳しくは知らんが……エルフの巫女にのみ伝えられる祝詞のりとがあっての。その祝詞の中身を考察するに、どうも世界樹には何かが封印されておるようなのじゃ」

「何かって……」


 まさか、魔王に関する何かだろうか? 魔人の活動がここ十数年で活発化しているのも、それに関係がある?


「何かはわからぬ。そもそも本当に何かが封印されてあるかも怪しい。じゃが、もし公国連邦が――――背後にいる魔人が、その封印されているかもしれない何かを手に入れるためにエルフの森を攻めたのじゃとしたら、それは由々しき事態と言えよう」


 息を呑む俺。クリューヴェル中将達も緊張した面持ちでその話を聞いている。


「すべては妾の憶測じゃ。……じゃが、憶測で終わればそれで良い。一番避けねばならんのは、憶測じゃからと高を括った挙句、後になって痛い目を見ることじゃ。取り返しがつかん事態になってからでは遅い。だからこその潜入任務なのじゃ」


 そこでマリーさんは一呼吸置いてから、改めて俺に命令を出す。


「エーベルハルトよ。お主は妾とともに世界樹を攻略せよ。これより妾達は、公国連邦支配下にある旧エルフ族領へと向かうのじゃ」

「了解」


 久々に上官らしいマリーさんの命令を受けた俺は、ビシッと敬礼をして任務を拝命する。


「なお、ファーレンハイト中佐。この極秘任務だが、佐官はおろか将官であっても極一部しか知らない最重要機密事項であることは留意してほしい。たとえ階級が自分より上の人間であっても、この場にいる人間以外には決して漏らすな」

「は、了解いたしました。……しかしお言葉ながら、そのような機密を一介の中佐に話し、しかも任務に従事させるというのはよろしいのでしょうか?」


 皇国最強格の自分が「中佐」というのは流石に謙遜だが、しかし機密情報を扱う上で本人の強さがそこまで関係ないのもまた事実だ。

 なので俺が至極真っ当な疑問を呈すると、クリューヴェル中将は苦笑いしながら首を振った。


「いいや。中佐の言う通り、軍規上あまりよろしくはないな」

「……」

「そこで、ここにいる全員の推薦を以て、貴官を大佐に任命する。謹んで拝命せよ」

「は。ファーレンハイト中佐、謹んで拝命いたします」

「よろしい。では貴官は現刻を以て大佐を名乗りたまえ」

「了解」

「やったな、エーベルハルト。その歳で大佐になった人間は、皇国の歴史長しといえどそう何人もいないぞ」

「へえ、最速じゃないんだ?」


 あまり嬉しい昇進の仕方ではないが、ジェットがそう軽口を叩いてくるので俺も軽い態度で答えることにする。


「初代陛下がおわすからな」

「……なるほど」


 皇国および皇国軍の母体は、反魔人の立場をとる抵抗勢力レジスタンスであったという。確かに勇者が相手なら敵う筈もないか。しかしそこは悔しがるべきか、それとも勇者と比べられるくらいに出世の早い俺自身を誇るべきなのか。判断に悩む俺である。


「妾は最初っから中将じゃったぞ。皇国最速は妾じゃな」

「それはヤンソン中将が、元は同盟関係にあったエルフ軍の棟梁だったからでしょう。あなたは別枠ではありませんか?」

「クリューヴェル中将は細かいのう」

「その細かさでここまで出世したんですよ。取り柄ですから大目に見てください」


 やっぱりマリーさんは色んな意味で最強なのだった。






――――――――――――――――――――――――

[あとがき]

 あっちは弱そう(クソどうでもいい作者談)。



 

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