第11話 城下町ハイトブルク

 オヤジから外出許可をもらった次の日。俺は麻でできた庶民っぽい服に着替えて、玄関に立っていた。否、玄関で足止めを食らっていた。


「忘れ物はない? 財布は持った? 魔力は足りてる?」

「すぐ近くの街なんだから忘れたら取りに戻るから大丈夫だよ。財布はちゃんと小銭も用意してるから。魔力も、街中で戦うわけじゃないんだからそんな心配しなくていいよ」

「確かにハル君が強いのは知っているわ。けど心配なのよ。私も一緒についていったほうがいいのかしら?」


 玄関に立ちんぼしてから既に三十分ほどが経つ。心配してくれているのは嬉しいが、いい加減行かせてほしい。俺が可愛いなら旅をさせろ!


「テレジア、心配するな。ハルは俺達が思うよりもずっと成長している。それに万が一何かしらトラブルがあっても、それもまた成長に必要な失敗の経験だ。怪我したり誘拐されたりする心配が無い分、むしろ笑って送り出してやるべきだ」


 いいね、オヤジ。そのまま援護射撃頼むよ。


「そうかしら? なんだか私の元を離れて行ってしまうみたいで寂しいわ」

「城下町に行くだけなんだから大袈裟すぎるよ……」

「ハル、お前にとっては初めて見る外の世界、初めて会う外の人間達だ。貴族や商人とは違う街の人達の様子を見るのも、将来のための勉強だと思え」


 今がチャンスだ。


「わかったよ。行ってきます」

「ああ、行ってこい」

「ああっ、待って! ハル君、気をつけるのよー!」

「はーーーい!」


 門に向かって走りながら俺は返事をする。この門を出たのは半年ほど前、オヤジに連れられて社院(神社と教会を足して割ったような宗教施設)に挨拶しに行ったきりだ。それ以外に我がファーレンハイト家の居城の敷地から出たことのない俺にとっては、今日は俺が世界に羽ばたく第一歩目の日。第二の誕生日のようなものだ。


「おや、お坊ちゃま。珍しいですね。お出かけでございますか?」


 門まで行くと、我が家の使用人でもある門番が話しかけてくる。普段はあまり話さないので、なんだか新鮮だ。


「うん。ついに父さんから外出許可をもらったんだ。晩ご飯までには帰るようにするよ」

「そうでしたか。警邏の者も巡回していますのでハイトブルクの街の治安はかなり良いとは思いますが、お気をつけくださいね」

「ありがとね」


 門番に礼を言い、俺は門の外へと足を踏み出す。俺はまだ日本にいた頃の、幼い頃に感じたワクワク感を思い出していた。あの時もこんな気持ちだった。今みたいに空が青くて、太陽が眩しかったんだ。




 門を出たとは言え、すぐに城下町が広がっているわけではない。ファーレンハイト家の館は山城ではないが、別に街のど真ん中に館が建っているわけではないのだ。

 平安京を思い出して欲しい。碁盤の目状に街が広がっていて、一番北側に天皇の住まう内裏がある、あの構造だ。ファーレンハイト辺境伯領の領都ハイトブルクもまた、厳密な碁盤の目状の街というわけではないが、まあまあ似たような構造をしていた。

 そういうわけなので、館から出てしばらく歩かなければ街には辿り着けないのだ。というか逆に考えて、街からすぐ領主の館に辿り着けてしまうとしたら防犯的にかなりヤバイ状況だろう。我が家の防犯は内門、外門と二重になっているのだ。


 内側の門から外側の門へと続く道をスタスタと歩いていく俺。周りには誰もいない。

 外門へと到着する。門の脇にある扉へと向かい、それを中から開ける。


「お坊ちゃん?」


 また門番に声を掛けられる。今度は二人だ。


「外出許可が出たんだ。夜には帰るよ」

「そうでしたか、お気をつけて」

「お気をつけて」


 門番に見送られて、俺は街へと足を踏み入れる。目の前には中近世ヨーロッパのような、たいへん美しい街が広がっていた。


「おおおおおお……!」


 五階建てくらいの石造りの綺麗な建物が、整列しているかのように真っ直ぐ建ち並んでいる。道の幅は広く、現代日本の都心部の幹線道路のようだ。その道を馬車や人々が右へ左へと思い思いの方向へ移動している。

 異世界だ。感動の光景だ。

 馬車もあるが、中にはでっかいトカゲのような地竜(?)が曳いているものもあるようだ。竜車とか言うんだろうか。


「凄い凄い凄い!」


 歩いている人もほとんどが普通の人っぽいが、たまに明らかにコスプレじゃないだろ、というレベルのケモ耳をつけた人達も見かける。どうやらこの世界、獣人もいるらしい! 6歳にして初めて知った衝撃の事実だ。この分ではエルフやらドワーフやらもいるかもしれないな。


 ファーレンハイト家の敷地を出た俺は、平安京の朱雀大路、パリのシャンゼリゼ通りのような太い主要道路沿いに真っ直ぐ進んでいく。

 どうやらこの辺りは領主の館が近いためか、行政関係や図書館などの公共性の高い建物が多いようだ。たまに見かけるビルもとてもお洒落なものが多く、見るからに社会階層が高そうである。この辺りの治安は心配しなくて良さそうだ。

 しばらく進むと、だんだんと人通りも増えてきて、活気に満ちてくる。さっきまでの辺りが銀座や丸の内だとしたら、この辺りはさしずめ新宿渋谷といったところか。

 建物が高いことに変わりはないが、どちらかというとオフィスビルより高層マンションのような感じがする。一階部分はどの建物も店になっていて、たくさんの人がひっきりなしに出入りしている様子が窺える。


「いらっしゃいらっしゃい! 本日仕入れた新鮮な肉だよ!」

「焼きたてのパンあるよ!」

「異国のスパイスはいかがかな!」

「エルフの森の工芸品だよ! 買うとご利益あるよ!」


 曲がり角を曲がると、細い路地があった。その路地には出店が軒を連ねていて、さながら市場のようだ。人口密度も一気に跳ね上がって、俺は通行人にぶつからないよう気をつけながら道を進んでいく。

 なんだか前世のアメ横を思い出すな。狭い道にものすごい数の人間が歩いていて、おじさん達が声を荒げて商品を宣伝している景色。世界は違っても、似たような景色はあるもんだ。


「よう、坊ちゃん! 串焼き食ってかねえか?」

「え?」


 歩いていると、何かよくわからない肉の串焼きを焼いている出店のおっちゃんに話しかけられた。いい感じに焼けていて、とても美味しそうな匂いが漂ってくる。


「いくら?」

「一本150エルだよ」

「二本ちょうだい」

「おう、300エルだ」


 俺はお小遣いの入った財布の中から、100エルの銅貨を三枚取り出す。


「毎度あり!」


 そうして受け取った串焼き肉を頬張りながら、市場通りを歩いていく。表面はパリパリ、中までしっかり焼けている肉は、それでいてジューシーさを失っておらず、控えめに言って絶品だった。タレも醤油系でこそないが、異国のスパイスのようなクセになる味付けで、普段から良いものを食べている俺からしても文句なしのクオリティだ。


 6歳児の腹では、串焼き肉を二本も食べようものならすぐに満腹になってしまう。食後の腹休めも兼ねてそのまま道をあっちに行ったりこっちに行ったりして散策していると、何やら人通りが少ない割にはうるさい区画に来てしまった。

 道を歩く人は数人程度なのに、怒鳴り声やガンガンガンという金属音がものすごいのだ。そしてそれらの音は道の両側に並ぶ家々から聴こえてきていた。どうやらこの辺りは、鍛治師の住む地区のようだ。

 気になって開いている扉からチラリと中を覗くと、ムキムキの男達が汗を滝のように流しながら赤く輝く鉄に向かって金槌を振り下ろしていた。


「……カッコいいな」


 思わず職人技に見入っていると、トントン、と背後から肩を叩かれる。


「あ、ごめんなさい。邪魔だった?」


 謝りながら振り向くと、そこには俺と同じ年くらいの女の子が立っていた。赤い髪の毛と、おそらくススでくすんだ肌が特徴的な女の子だ。


「かじにきょうみがありますか?」

「鍛治に? うん、まあやりたいわけじゃないけど、もっと見ていたいかな」


 そう答えると女の子はニコッと笑って俺の手を掴んだ。


「ではこちらへ!」

「え、ええっ?」


 いきなり連行される俺。まあ誘拐とかではなさそうだし、この子も鍛治屋の関係者っぽいからな。仕事場を見せてくれると言うのなら大歓迎だ。


 世界を広げたいという俺の願いは、早くも一日目にして叶いつつあるようだ。

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