第10話 外出許可、下りる

 長閑な風が心地よいある日の午後。俺は家の訓練場でオヤジと対峙していた。


「お前が裏山でどんな訓練をしているかは何となく知っている。お前が6歳にしては異常なまでに強いこともある程度はわかる。だが俺もまだ負けてはいない。本気で来い」

「そっちこそ、いつまでも若くないんだから怪我しないようにね」

「言ってくれるじゃないか。俺はまだ29だぞ」

「僕はまだ6歳だよ」

「ははは」


 笑い話はそこまで。次の瞬間、ピリッ……と張り詰めた空気が周囲に流れる。

 俺達が今何をしているかと言えば、貴族教育の一環の武術稽古だった。ファーレンハイト辺境伯家は北将として、皇国北方の防衛を担う武官貴族だ。将来的に当主を継ぐ俺もまた、武術に長けていなくてはならない。そのための修行だ。


「来い」


 オヤジが俺に促す。あくまで先手は譲る、ということか。なら息子としてではなく、あくまで一人の弟子として、胸を借りるとしよう。


「はっ!」


 足裏に【衝撃】を発生させて、俺は爆発的な加速で以ってオヤジに接近する。しかしそれを見切ったオヤジもまた、超人的な身体能力で躱し、両腕で構えた木刀でカウンターを放ってくる。

 それを躱すべく、俺も左手の掌から衝撃波を放って強引に体勢を変え、そのまま一回転して足元から薙ぎ払うようにして右手に持った木刀を振るう。


「やるな!」


 それを見て感心したような声を上げたオヤジはしかし、右足で俺の木刀を踏むことで攻撃を難なく受け止め、上段の構えから木刀を一気に振り下ろした。


「くっ!」


 すかさず握っていた木刀を手放し、両足と左手から放った衝撃波の反動でオヤジの攻撃から距離を取りつつ、そのまま右手だけで【衝撃】を収束した俺だけの遠距離攻撃技「衝撃弾」を数発撃ち出す。


「……ふんっ!」


 高速で迫る威力絶大の衝撃弾だが、オヤジは冷静に木刀を構え直して、なんと自身に命中する衝撃弾の全てを斬ってしまう。


「うっそでしょ……」


 いくらアホ強いオヤジとはいえ、流石に木刀で衝撃弾を斬り裂くとは思っていなかった。攻撃後の隙を狙って、自身の撃てる最速で撃ち込んだのだ。これで効かなかった以上、多分、どれだけ撃ち込んでも衝撃弾ではオヤジは倒せないだろう。


「良い技だな」


 そう言うオヤジだが、全く嬉しくない。かすり傷一つ負わせられなかった。これでは全然ダメだ。

 木刀を失って、素手の状態で自分にできることを考える。衝撃弾はダメだ。本気で撃ち込んだところで斬られて終わる。接近戦もダメだ。俺の使う無属性魔法「身体強化」では、オヤジの異常な身体能力を上回ることはできない。そもそも、俺の無属性魔法の実力ではオヤジにダメージは与えられない。やはり有効打撃を与えるには俺だけの魔法【衝撃】しかない。

 ならどうするか。どう【衝撃】を利用するか。

 …………要は斬られず、避けられず、近距離から【衝撃】を食らわせれば良いのだ。

 ならばこれはどうだ。


 作戦を立て終えた俺は、律儀に待ち構えていたオヤジに正対し、地面に手を突く。


「地面を揺らす算段か。考えたな! だがそれより速く動けば問題ない!」


 地面が揺らされるなら、揺らされる前に攻撃しよう、ということか。何とも脳筋な考えだが、それを実行できるオーバースペックな身体能力は考えるだけで恐ろしい。

 だが、今回はその脳筋が仇になったな。俺は見た目は子供、頭脳は大人。名軍師エーベルハルトだ。

 オヤジが目にも留まらぬ速さで突っ込んでくる。当然、俺の実力では回避不能だ。しかし、それを見ながら俺はニヤ、と笑みを浮かべる。

 訝しげな表情を浮かべた次の瞬間、オヤジは何かに気づいたようだ。焦ったような顔になる。だがもう遅い。そのスピードでは止まれない。

 俺は地面に付いていた手を離し、正面に据える。そして予め練り上げていた魔力を固有魔法に変換して、全力で撃ち出した。


 ドゴォォォォッッ!!!!

「ぐわっ!」


 オヤジのくぐもった声が聞こえてきた。が、その声はすぐに遥か彼方へと飛ばされていく。

 土煙が凄い。弱い衝撃波を放って土煙を払うと、俺の前方には十メートルほどに亘って、地面を抉ったような痕が残っていた。


「僕の勝ちだ!」


 俺は勝利宣言を行う。


「どうやらそうみたいだな……」


 だが煙が晴れたと同時に、何十メートルも向こうから全く無傷のオヤジが現れたのを見て、俺はめちゃくちゃヘコんだ。


「いやー、考えたな。地面を揺らそうとしたのはブラフか」

「無傷かよ!」

「まあまだ息子に負けるわけにはいかないからな。だが勝負はお前の勝ちでいい。実際、俺でなければ致命傷を負っていた」

「うーん、全く勝てた気がしない……」

「いや、むしろ身体強化魔法も使わず、よくここまで戦ったもんだ。お前本当に6歳か? 強くなったな」


 いつの間にかすぐ目の前にまで近づいてきていたオヤジがそう言って俺の頭を撫でる。嬉しいんだか悔しいんだが恥ずかしいんだか、よくわからない俺はこそばゆい表情を浮かべることしかできない。


「この分なら心配はもう要らないかもな」

「……? と言うと?」


 そこでオヤジはもったいぶったような笑みを浮かべて、言った。


「お前、敷地の外に出たい出たいと散々言っていただろう」

「ってことはもしかして!?」

「ああ。これだけ強いなら心配も要らない。我がファーレンハイト辺境伯領の領内に限り、自由に外出する許可を与える」

「やったあ!」

「ただ、間違っても他領には行くなよ。一般人ならともかく、貴族の嫡男が無断で他領に立ち入ると家同士のトラブルの原因になるからな」

「わかってるよ。それにウチの領地は広いから、わざわざそんな遠くまで行かなくても十分楽しめるよ」

「わかっているならいい。遅くなる日は事前に言っておくんだぞ」

「うん。わかってる」


 そこで話が終わって、オヤジは訓練場を見渡す。


「……しかしまあ、随分と破壊したもんだな」

「まあね……」


 ここは庭ではなくて訓練場だからな。壊すなと言われていないので存分にやったらこうなってしまった。


「仕方ない、直すか。使用人の仕事を無駄に増やすのもよくないしな。……『大地に棲まう精霊よ、精霊を束ねる地母神よ、我が力を糧に土を、岩を、大地を元ある形に戻し給え』!」


 オヤジが両手を地面に付き、呪文を唱える。すると先ほどまで穴でボコボコだった訓練場の地面が、みるみる元の綺麗な状態へと戻っていく。


「うおお……すげー……」


 何気にオヤジの使う属性魔法を見るのはこれが初めてだ。いつもは母ちゃんが魔法担当だから、オヤジはてっきり肉弾戦オンリーの脳筋ソルジャーなんだと思い込んでいた。


「まあ、同じ土魔法でもテレジアのほうがうまく使うんだがな」

「母さん魔法は凄いからね」


 勇猛果敢な北将を支える新緑の聖女。俺の母親、テレジア・サリー・フォン・フレンスブルク・ファーレンハイトは、皇国ではかなり名の知れたA+ランクの凄腕魔法士だ。あまり戦闘向きではないためSランクでこそないが、土と水の二属性を操り、更に固有魔法として土と水から派生した生命魔法まで操る聖女の噂は、北将の武勇伝とセットになって皇国の国民の間では有名だった。

 生命魔法とは別名、回復魔法とも言い、水と土の二属性に適性を持つ者のみが固有魔法として発現する希少な属性だ。怪我人や病人を回復させるだけでなく、疲れた人を癒したり、元気な人を強化したり、更には動植物に力を与えることすら可能という不思議な属性、生命魔法。

 俺の母親テレジアは、特に植物の成長を促して回復薬を作ったり敵を翻弄したりして味方の戦闘を補佐することから、「新緑の聖女」の二つ名で呼ばれていたそうだ。

 ちなみに父親の二つ名は「戦鬼」。やたらとカッコいいが、近接戦闘においては並ぶ者のいないオヤジらしいといえばらしいだろう。

 若い頃は「戦鬼」と「新緑の聖女」の二人組パーティとして、皇国軍中に名を馳せたそうである。


 今回の模擬戦で、俺は自分がまだまだであることを強く実感した。魔力量では勝っていても、実際の戦闘では俺は二人には勝てない。俺はいつか二人を超えて、北将の名にふさわしい、リリーも含めた家族皆を守れるような人間になりたいのだ。

 今回、敷地外に出る許可も得たことだし、早速明日にでも城下町へと繰り出してみよう。俺は広い世界を見て、もっと色々なことを知って学んで、もっと強くなるのだ。

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