第12話 鍛冶屋の娘

「お邪魔しまーす……」


 女の子に連れて行かれたのは、工房の中でも一際存在感のあるところだった。中には数人の鍛治師がいて、皆すごい迫力で金槌を振るっている。

 女の子は、その中の親方と思しき人に向かって話しかける。


「おとうさーん! おしごといっしょに見てもいい?」

「なんだ、友達か? いいぞ! でも危ないから離れて見てろよ!」

「ありがとー」


 親方もとい、女の子の父親は非常にずんぐりむっくりな体格をしていた。ムキムキの筋肉、モジャモジャの髭、そして何より成人男性にしてはかなり低い身長。どうやら親方はドワーフのようだ。

 ということはこの子もドワーフなのか。大人はともかく、子供のうちはいまいち区別がつかないな。

 それに、よく見たら働いている鍛治師のうち半分以上がドワーフだった。なるほど、ここはどうやらドワーフ達の工房らしい。人族の鍛治師達は弟子なのかな。


 ガンガンガン! と甲高い音を立てながら、ひたすら金槌を振り上げては叩き、振り上げては叩きを繰り返す鍛治師達。叩くたびに少しずつ真っ赤な鉄の形が変わっていく。


「きれいですよね」

「え?」


 女の子は鍛治の様子を眺めたまま、話しかけてくる。


「わたしもしょうらいはあんなふうにかじができるようになりたいのです」

「きっとできるよ」


 根拠がないわけではない。


「わたしが、でありますか?」

「うん、そうだよ。だって憧れてるんだろ? なら続けない筈がないじゃないか」


 継続は力なり、だ。別に固有技能が無くたって、それは変わらない。もちろん要領の良さに個人差はあるだろうけど。


「それは……たのしみですね。はやくわたしもちょうせんしてみたいであります」


 できる、と言われて嬉しく感じつつも、少し不安げな様子だ。きっと、まだ実際に鍛治をやらせてもらったことがないからだろう。なら実際にやってみればいい。危ないなら注意して見ていてやればいいのだ。


「ならお父さんに頼んでみるといいよ。一人で危ないなら、そばで見ていてくれって言えばいいんだ」

「うーん、おこられないでしょうか」

「怒られてもいいじゃないか。やりたいんだろ?」

「……それもそうでありますな! ではさっそく」


 そう言うが早いか、女の子は父親の元へと近づいていく。


「おい、危ないから離れてろって言ったろ」

「おとうさん、わたしもやりたい」

「何? お前にはまだ早いと思うが……」

「わたしもかじ、やってみたいの。だからおしえてください」

「…………」


 真剣な女の子の様子に、しばらく黙り込む父親。二人の間に張り詰めた空気が流れる。

 ――――そして数十秒経って、先に根負けしたのは父親のほうだった。


「はー、仕方ねえ。まあ、俺ん時も同じだったからな……。仕事の度にオヤジにせっついて、毎度のごとく怒鳴られたもんだ。……よし、これが終わったら見てやる。だから今は一旦下がって、俺の仕事をよく見とけ」

「……! ありがと!」


 どうやら、無事、鍛治に挑戦する許可は下りたみたいだ。



     ✳︎



「違う、そうじゃねえ! もっと力を入れて打て! もっと早くだ。それじゃ鉄が冷めちまうぞ!」

「は、はい!」

「もっかい焼き直しだ! いいか、鍛治は時間と体力との戦いだ。自分からやりたいって言い出したんだからめげるんじゃねえぞ!」


 あの後、親方の打っていた剣が仕上がったので、親方は現在、女の子に付きっきりで鍛治の指導をしている。俺はそれを少し離れて横から見ている。仕事は他の職人達にお任せのようだ。それで工房、回るのかな……。

 女の子は汗だくになりながら、親方のスパルタ指導の元で必死に槌を振るう。まだ幼いので、いくら鍛治に適性のあるドワーフ族とはいえ、いきなり鉄を打つのはたいへん厳しそうだ。だがそれでも横から鍛治の様子を眺めていた時と違って、その表情はとても生き生きとしていた。いいね、夢ある若者よ! 青春してるね!


 それから何時間も鉄を熱しては叩き、熱しては叩きを繰り返して、ついに親方の指示で鉄を水に浸す時が来た。

 叩きに叩いた鉄塊をやっとこ鋏で掴んで、冷たい水へ浸す。ジュッ、という音を立てて、鉄が一気に冷やされていく。その作業を何度か繰り返し、ようやく手で掴める温度になったそれを持って、女の子はしばらく惚けていた。初めて自分で鍛えたものだ。感動もひとしおだろう。


「おう、ボーッとするなよ。次はヤスリがけだ。磨いてやらねえと刃物にはならねえぞ」

「……は、はい!」


 女の子は慌てて返事をして、砥石が置いてあるところへと駆けていく。

 それから親方にヤスリがけの仕方を叱責混じりに教わり、何時間もかけ、ついに日が暮れようとしたその時、ようやくその声は上がった。


「……で、できたーーー!」

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