第13話 大切な宝物
「……で、できたーーー!」
どうやら完成したようだ。女の子の、生まれて初めて自分で鍛えた刃物が!
「おめでとう!」
「まあ、初めてにしちゃ上出来だ。これから毎日同じ物を作るんだ。今日の感覚をしっかり覚えとくんだぞ」
「うん!」
もう辺りは薄暗い。工房の中も日の光はほとんど入ってきていないので、炉の火がぼんやりと闇に浮かび上がっているくらいだ。
そんな中で、女の子が手に持つ完成品――刃渡り二十センチほどのナイフは、僅かな陽光を反射して銀色に光り輝いていた。
「…………きれい」
女の子が一言、呟く。俺も全く同じ気持ちだった。
「おう、ボウズ。結局、丸一日付き合わせちまったな。ウチの娘のためにすまねえ」
親方が近づいてきて、俺に話しかける。思ったより気さくな人のようだ。
「いえ、別に。俺が自分から見たいって言い出したことですし。こちらこそ急にお邪魔してすいません」
「何、気にするな。娘の背中を押してくれたんだ。こっちとしちゃ歓迎こそすれ、邪険にはできねえよ。そうだ、ボウズ。お礼と言っちゃなんだが、好きな武器を選んで持ってきな」
「えっ、そんな、いいんですか? 売り物でしょ」
「ここにあるのはそんな高いモンじゃねえさ。高いのは基本、オーダーメイドだ。既製品なら大した額じゃない。遠慮せず貰ってけ」
「はぁ、ならお言葉に甘えて……」
俺は壁際の商品棚に陳列されていた、刃渡り5センチほどの投げナイフを指差す。
「これ、いくつか貰えないですか?」
「そんなんでいいのか? もっと立派な剣とかあるぞ」
男の子ならそういうモノを選ぶのではないか、という風な顔で訊ねてくる親方。
まあ、確かに剣とかが欲しい気持ちも無いわけではないが、今の俺の筋力じゃ持て余すだけだ。【衝撃】で腕力は上がらないしな。無属性魔法の「身体強化」もイマイチ完璧とは言い難いし。
「いや、これがいいです。結構使えそうなんで」
「そうか。なら裏に在庫がたくさんあるから、取り敢えず二十本くらいやるよ」
「エッ、そ、そんなにくれんの」
「なんだ、欲しくないのか」
「いや、ありがとうございます!」
ありがたく魔法の練習に使わせてもらおう。最近、構想段階ではあるが、新しい魔法の応用法を思いついたばかりなのだ。
俺と親方がそんな取引をしている間に我に帰ったのだろう。女の子が俺のところへ近づいてくる。ススと汗でだいぶ汚れていたが、その顔は晴れ晴れとしていてとても綺麗だった。
「今日はありがとうであります。おかげで一ぽふみだせました」
「俺はなんもしてないよ。頑張ったのは君だろ」
「いえ、それでもかんしゃしたいのであります」
そう言って女の子は、手に持っていたナイフを俺に差し出してくる。
「綺麗にできたね」
「…………これを、うけとってほしいのであります」
「これを、俺に? いいの? 初めて作った大切な作品だろう」
「君がいなければ、このナイフはこの世にうまれてこなかったであります。だから、このナイフは君にもらってほしいんであります」
そう告げる女の子は、どうも非常に緊張しているようだ。俺が受け取ってくれないかもしれない、と思っているんだろう。
「……そういうことなら、ありがたくいただくよ」
「! ありがとうであります!」
受け取ると言った瞬間、女の子はとても嬉しそうに破顔する。このナイフは大切に使わせてもらおう。
と、そう言えば。
「そう言えば君の名前をまだ聞いてなかったね。お名前、なんて言うの? 俺はエーベルハルトだよ」
まだ女の子の名前を聞いていなかったことを思い出して、俺は自己紹介する。女の子もまた名前のことをすっかり忘れていたようで、慌てたように自己紹介を返してきた。
「わ、わたしはメイル。メイル・アーレンダールであります」
「メイルちゃんか。メイって呼んでいいかな」
そう訊くと、メイルは赤くなってアワアワし出す。
「(……あだ名であります、あだ名をつけられちゃったであります!)」
慌てようがすごい。この子もまた、俺と同様に今まで友達ができたことが無かったのかもしれない。
「メイ?」
「あっ、えっと、メイってよんでくれてぜんぜんだいじょうぶであります。わたしも……えっと」
「ハルでいいよ」
「じゃ、じゃあ、ハルどの……」
あだ名で友達の名を呼ぶのは初めてなのか、初々しい反応が可愛らしい。リリーのお転婆な様子も可愛らしいが、メイのしおらしい感じもまた可愛いな。第一印象は真逆なのに、実際の性格はこうなんだから人間ってわからないもんだ。
「あ、明日も来てくれるでありますか?」
「もちろん。明日も明後日も来るよ。それと、たまにはメイもうちに遊びにおいで。庭が広いから駆けっことかし放題だよ」
「お庭があるんでありますか? お金持ちなんですね」
「あっ、い、いや〜、そうかな? そうなのかな? そうなのかもね、ハハハ!」
危ない危ない。お忍びで来てることがバレてしまうところだった。一回招待しちゃえばもうこちらのモンだとは思うが、招待する前に身分がバレちゃ、もしかしたら家に来てくれないかもしれないからな。
大切な友達はできるだけ確実に押さえておきたいものだ。リリーは公爵領住まいだし、頻繁に遊べる領内の友達を失うのは辛い。
それから親方にたくさんの投げナイフを貰い、メイの作品と合わせて大量の金属を持ち帰ることになった俺は、メイと親方に見送られ、服と袋をガシャガシャ言わせながら日の暮れた街を歩いて帰るのだった。
帰ったら母ちゃんに大量のナイフの出所を訊かれ、鍛治師の娘と仲良くなった話をしたところ、出てきたのはこの一言。
「やっぱりハル君はモテモテなのね〜!」
なんかちょっとズレてるよなぁ、と思う俺だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます