第14話 強さの秘密「北将武神流」

 今日も早速、街に繰り出そうと思う。メイとの約束もあるし、何より俺自身がまだ街について何も知らないからな。

 今日の予定はこうだ。

 まず午前中は家で修行。オヤジとの修行は欠かすことはできないし、教養を身につけるために家庭教師との勉強も必要だ。

 そして午後は城下町へ。俺が午前中に貴族としての教育を受けているように、メイも午前中は鍛治師の修行だ。お互い丸一日中遊んでいられるわけではない。

 今日は、メイに色々街を案内してもらおうかと考えている。俺は昨日まで家から出たことなんてほぼ無かったわけだし、街についてはまだメイのほうが詳しいと踏んだからだ。

 まあ、所詮は6歳児の案内なので、はじめてのおつかい程度の案内にはなりそうだが……。


 とにかく、午前中は忙しいのだ。なのでちゃっちゃと修行など済ませて、俺は午後からの予定を満喫したい。


「うおおおおおっ!」

「おっ、やる気があるな。女の子にいいとこ見せたいのか?」

「この場に女はいねぇぇえええ!」


 いくら打ち込んでもスルリと躱されるか受け流されるか、あるいは受け止められて微動だにしないか。オヤジに打ち勝つイメージがまるで湧かない。本当、どうなってんだ。本当に人間か。

 今、俺が何をやっているかというと、オヤジとの剣術の修行だ。数日前の何でもアリな模擬戦とは少し違って、我がファーレンハイト辺境伯家に伝わる「北将武神流」という門外不出の武術の修行なのだ。

 北将武神流は、「表」と「裏」の二種類あるらしい。今は型や身体の動き、身体強化などの基礎的な補助魔法がメインの「表」の修行だ。「裏」については資料にも残されておらず、オヤジも教えてはくれない。まだ俺には早いということだろう。オヤジの異常なまでの強さの秘密も、その「裏」にあると俺は密かに踏んでいる。

 それはさておき、北将武神流の修行は「表」であっても非常に過酷だ。息を継ぐ間も無く攻撃を仕掛けてくるオヤジの動きを見切ってなんとか反撃を繰り出しつつ、その動きを真似して身につけなければいけない。

 我が家の修行は実戦形式だ。型の動きなど懇切丁寧に教えてはくれない。あくまで戦いの中で、身体に覚えさせるのがその基本方針だ。もちろん戦闘中にアドバイスしてくれることはあるけどね。


「おりゃりゃりゃりゃ!!!」

「無駄な発声は控えろ。体力を消耗するぞ」


 俺の連続の突きをいとも簡単にいなしつつ、オヤジは自身の木刀をぐにょんとさせる謎の動きで俺の木刀を絡め取ってくる。だからそれどうやったし!


「っくそ!」


 木刀を絡め取られてしまったので、俺は素手になってしまった。だが北将武神流はたいへんバリエーション豊かな総合実戦武術。剣術、魔剣術だけでなく、弓術や徒手空拳にも対応しているのだ。


「シッ!」


 無属性魔法「身体強化」を自身にかけた状態で、同じく無属性魔法「念動力」で腕に加速をかけ、ノーモーションで拳を叩き込む武神流の技、「またたき」。

 現状、武神流の攻撃技の中で俺が一番得意としている技だ。魔力コントロールさえしっかりできていればそこまで難しくないこの技は、生まれてこの方ひたすら魔力コントロールに時間を割いてきた俺にとっては随分と簡単だった。まあ、逆に言えば魔力コントロールができていなければ非常に習得が厳しいということでもあるんだが。

 そういうわけで、世間一般では似たような技こそあれ、普及率はそこまで高くはない技だ。他流試合なんかではなかなか初見殺しになるとして恐れられているとか何とか。

 だがそれも他流試合であればの話。同門試合、それも師弟対決なら話は別だ。


「『またたき』は随分と上達したようだが、その技は不意を突いたりフェイントとセットで用いたりする技だ。そう乱発しては対策されてしまうぞ」


 師匠ことオヤジは、それなりに練度は高いと自負している俺の「またたき」をいとも簡単に受け止め、更に「またたき」返し。加えて、「瞬」返しで体勢の崩れた俺にトドメを刺すように、無属性魔法「念動力」の派生形「固定」で相手を空中に固定し、打撃エネルギーの全てを相手に叩き込む技「磔勁たっけい」を叩き込んでくる。容赦がない。


「ぬぁああああっ! 『バーリア』ッ!!」


 「バリア」などという技は存在しない。あるのは「防盾シールド」という、魔力障壁を作って敵の攻撃から身を守る難易度Cランクの無属性魔法だ。俺が勝手にそう呼んでいるだけである。「バーリアッ」というノリが小学生っぽいから面白いのだ。実際にバリアを張れるので尚更に。


 ドゴォォォッ! という、6歳児から鳴ってはいけないような音を鳴らして、俺は吹き飛ぶ。いくら「防盾シールド」を張り、「身体強化」をかけているからと言って、危ないことには変わりないと思うんだけどなぁ。

 この修行のルールはただ一つ。「北将武神流の技以外は使わない」だ。武神流以外の技を使ってしまっては、戦闘の修行にはなるかもしれないが、武神流の修行にはならないだろう。なので当然、俺の十八番こと固有魔法【衝撃】は使えないのだ。

 【衝撃】が使えればもう少しいい勝負にはなると思うんだが、まあ武神流の大切さもしっかり理解しているので、泣き言は言わないことにする。実際、【衝撃】よりも武神流を極めたオヤジのほうが強いわけだしな。


ってぇ……」

「ふむ、それなりに本気で攻撃したんだが、かすり傷で済んだか。やるじゃないか」


 全力で防御したおかげで何とかかすり傷で済んだものの、少しでもタイミングがズレていたら大怪我していたことは間違いないだろう。全く、日課の修行でこんなにハードとは貴族教育も大変だ。

 とはいえ毎日少しずつ、確実に強くなっていっている自信はあるので、やる気が削がれることはない。前世の、いくら努力してもほとんど報われなかった時とは大違いだ。


「そろそろ昼時だな。上がりにするか」


 戦闘にひと段落ついたので、オヤジがそう言って構えを解く。同時に張り詰めていた空気も弛緩して、俺は地面にドサッと倒れ込んだ。


「うぁー、きっつ」

「泣き言を言うんじゃない。それに、今はこれだけ差があるが、俺がお前と同じ歳の頃に比べたら確実にお前のほうが強いんだ。エーベルハルト、お前は俺を遥かに超える逸材になる」

「うーん、そうかなぁ」

「父親の俺が言うんだから間違いない。お前は努力の天才だ」


 努力の天才。これほど嬉しい言葉はない。前世で報われなかった分、今世ではしっかり報われているということが実感できる。


「だが『身体強化』に関してはまだまだだな。『念動力』の発動も遅い。あれでは初見殺しどころか、初見で見切られてカウンター食らうぞ」

「ぐっ……、6歳児にそこまで求めないでよ」

「お前が6歳児とは思えんほど強いから言うんだろうが」


 そうは言うオヤジだが、その表情は随分と明るい。息子が有望で嬉しいんだろう。前世では親に期待などされたこともないから、少しこそばゆい気分だ。


「さて、帰って風呂で汗を流したら昼食だ。午後から遊びに行くんだろう。早く行くぞ」

「うん」


 オヤジと風呂に入るってのもなかなか楽しいもんだ。男同士、裸の付き合いは必要だよな。



     ✳︎



 風呂に入って昼食を済ませた俺は、支度を済ませて家を出る。財布、鞄、万年筆、紙、メイに貰ったナイフに、いざという時の投げナイフ。もちろん庶民に変装するための木綿の古着も忘れない。

 今日はメイと街の散策をするつもりだ。このくらいの年齢の子供は毎日が冒険なのだ。

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