第15話 メイとデート

 昨日と同じように家を出て、公共施設の多い中央地区を歩き、商業地区を抜けて鍛治屋町方面へと向かっていく。途中でスパイス風味の串焼き肉を買うのも忘れない。昨日と違うのは、メイへのお土産用に一本多く買ったことだ。二日連続で買いに来た俺を店主は覚えていて、ほんの少しだけ肉を増やしてくれた。

 鍛治屋町に近づいてくると、人通りもある程度落ち着いてきて、工房や武器商店、防具屋などが増えてくる。歩いている人間も商人や一般人の割合が減り、冒険者や兵士といった戦闘職の者が増えている印象だ。かと言って治安が悪い雰囲気でもない。

 これにはおそらく、辺境ゆえに魔物が多いことが関係している。まず、辺境では生半可な性能の武器では危険な魔物に太刀打ちできないので、求められる武器の水準は上がる。するとそれに連動して鍛治師の質も高くなる。そうなると必然的に武器の値段も高くなるわけで、治安を悪化させるようなチンピラでは手が出せなくなるというカラクリだ。ならず者では冒険者は務まらない。この街の冒険者は皆、戦闘にプライドを持ったプロの冒険者なのだ。


 そんなことを考えながら歩いていると、「アーレンダール工房」と書いてある看板の建物が見えてきた。外から見た感じ、この辺りの建物は工房と住居がくっついている形式のものが多い。メイの家も二階建てで、一階部分が工房、そしてどうやら二階部分が生活空間になっているようだ。


「メイー? 遊びに来たよー」


 工房の前に着いた俺は開け放たれたドアから、家の中に向かって声を掛ける。時間は少し遅いが今は昼時なのか、鍛冶場特有の騒音は全くしない。普段から金属音でとてもうるさい鍛治屋町にしてはとても静かな時間帯だ。


「あっ、ハルどの!」

「メイ、やぁ」


 上から声がしたので見上げると、二階の窓からメイが顔を出していた。やはり二階は居住スペースになっていたようだ。


「今いくであります!」


 言うが早いか、メイは窓の中に即座に引っ込み、そのままドタドタと音を立てて一階に降りてくる。十数秒ほど待っていると、部屋の奥からメイがやってきて玄関から顔を出した。


「こんにちはであります」

「こんにちは。お昼はもう食べた?」

「さっきいただいたでありますよ!」

「これ、美味しかったから買ってきたんだけど、食べる?」


 そう言いながら俺は手に持っていた串焼きを差し出す。


「これは……ルミア牛のなんごく焼きでありますか?」

「ルミア牛?」


 ルミア牛なら知っている。ファーレンハイト辺境伯領に限らず、皇国周辺の高原地帯に広く生息している牛のような魔物だ。「牛のような」と但し書きが付くのは、厳密には牛ではないからだ。だって、頭に鉄の角が生えていたら、流石に牛とは言えないだろう。何よりルミア牛は卵生だ。見た目は哺乳類でちゃんと牛乳も出すのに、まったく意味がわからん。カモノハシかよ。

 それはさておき、魔物という割には凶暴性が低く、場所によっては飼育されていたりもするらしい。牛乳や肉の質がとても高く、かつ安価に入手できるので、ルミア牛は貴族から庶民まで幅広く食べられている我が辺境伯領の名産品の一つなのだ。


「へえ、この肉、ルミア牛だったのか」

「ルミア牛はなんにでも合うであります。このなんごくのスパイスはの市でもうっていますね!」

「そうだね。俺もルミア牛は好きだよ」


 生物学的に明らかに牛じゃないくせに牛と同じ味がして、しかも牛よりもポピュラーな食肉……。たまにこの世界の食文化がわからなくなるが、まあ美味けりゃいいのだ。最近、俺はそう自分に言い聞かせるようにしている。でなければ魔物の跳梁跋扈するこの世界では生きていけない。


「あむあむ、ん、おいひいでありまふ!」


 美味しそうにルミア牛の南国焼きを頬張るメイ。俺も、もう一本串焼きを取り出して一緒に食べることにする。

 工房前の資材置き場でしばしお肉タイムを堪能してから、俺達は行動を開始することにした。


「さーてと。今日はメイにこの街を色々案内してもらいたいと思ってるんだ」

「あんないですか? ハルどのもこの街に住んでいるのに?」


 至極真っ当な疑問だ。とはいえ身分を明かせない以上、嘘をつかない範囲内で誤魔化さねばならない。


「いやぁ、実は家の事情でなかなか外出ができなくてね。この前ようやく自由に外に出てもいい許可が下りたから、こうして遊びに出てるんだよ」

「なんだかふしぎなお家ですな〜」

「そ、そうなんだヨ」


 うーん、悪気は無いとはいえ、あまり誤魔化すのも気が引けるなぁ。


「ってなわけで、俺はまだこの街について何も知らないんだよね。オススメスポットとかないかしら」

「うーん、そうですねぇ。じゃあ、中おうひろばに行きましょう!」

「中央広場とな」

「木とか、生えているであります」

「木かぁ」


 木なら俺の家の敷地にもたくさん生えている。だがまあ、この街の広場がどんなモノかは行ってみないとわからない。もしかしたら楽しい催し物とかもあるかもしれないしな。



     ✳︎



「これが中央広場か。なかなか綺麗だな」

「うふふー」


 メイがドヤ顔でこっちを見てくる。その気持ちもわからんではない。街の中央広場というだけあって、その名に恥じないだけの雰囲気がそこにはあった。

 まず、中心部には噴水があって、その噴水を取り巻くようにしてベンチが置かれている。大きくないが、ベンチの間には木も生えていた。

 ベンチにはカップルから家族、うだつの上がらない中年商人、冒険者など、様々な人が腰掛けている。ベンチから何十メートルかの距離までは、同心円上にレンガのタイルが敷き詰められていて、円の外周には食品やら日用品やらの店がずらりと並んでいる感じだ。

 更にこの中央広場からは各方面に道が放射状に伸びており、マンションやら商店やらがその先まで続いている。中央広場の外周沿いは環状交差点のような機能も兼ねているらしく、馬車や買い物客などの通行人がひっきりなしに歩いていた。


「あー、そうか。凱旋門だ」


 イメージとしては、パリのエトワール凱旋門に近い。凱旋門の代わりに噴水がある感じだ。ただ、そこまで立派なわけではない。凱旋門に比べたら規模は随分と小さいし、多分この街の人口もパリほどは多くないだろう。せいぜいが十万人程度、地方都市といった感じだ。


「……がいせ? なんでありますか?」

「いや、何でもないよ。ただの独り言。それよりあそこの店、入ってみようよ。俺ちょっと興味あるんだ」


 前世の話が通じるわけもない。俺は話題を転換して、正面に見える雑貨店に目を向ける。外から見た様子では、アンティークショップのような雰囲気があって、とても楽しそうな感じだ。


「ほー、いいですなー。なんかかわいらしいであります」

「でしょ〜」


 鍛治師を目指しているとはいえ、メイも女の子だな。可愛い物には目がないようだ。

 俺達は昼時で客の少ないその店に入って、商品を物色することにする。店はそこまで広くはなく、せいぜいが地元商店街の古本屋サイズといったところだ。コンビニよりかは遥かに狭い。


「いらっしゃい」


 店員は若いお姉さんが一人だけ。他に人は見当たらない。

 狭いから商品もあまり多くないのかと思いきや、商品は随分と多いようだ。ド◯キの圧迫陳列ではないが、所狭しと並べられた商品達にぶつかって壊さないか、やや心配なほどである。


「これ、かわいいでありますな」

「どれ?」


 メイが示したのは雪の結晶の形をした髪飾りだ。お値段は約1000エル。庶民の6歳の子供には少々厳しい値段だろう。


「ま、がまんであります」


 そう言って髪飾りを棚に戻すメイは、少し寂しそうだった。

 メイが他の商品を見ている隙を見て、俺は密かにその髪飾りを手に取る。


「すみません、これお願いします」


 自分の欲しい商品で隠すようにしながら、メイにバレないように会計を済ませる俺。


「合計で2500エルになります」

「はい」


 商品を袋に入れて受け取る際、店員のお姉さんがコソッと話しかけてくる。


「あの子にプレゼントですか。やりますね!」

「あはは」


 少し恥ずかしかったので笑って誤魔化し、メイと一緒に店を出る俺。そのままさっきまでいた噴水前のベンチに並んで腰掛ける。


「何を買ったんでありますか?」

「これだよ」


 そう言って袋から取り出したのは、腰に巻くタイプのポーチ。投げナイフとかメモ帳とかを入れておくのにちょうど良いサイズだったのだ。デザインも悪くない。


「お〜! なんかカッコイイでありますな! にあっているであります」


 腰にポーチを巻き付けた俺を見て、メイが褒めてくれる。


「はは、ありがとね。いいもん買ったぜ。……あとこれ、メイにあげるよ」

「?」


 もう一つ、買い物袋から小さな袋を取り出して、メイに手渡す。中身を開封したメイは驚いた表情で呟いた。


「これ……さっきの……」

「可愛いって言ってたから」

「ほ、ほんとうにいいんでありますか?」

「街を案内してくれたお礼だよ」


 自分で稼いだわけでもない、お小遣いで買っただけの貴族の道楽と言ってしまえばそれまでかもしれない。けど、こうしてプレゼントして喜んでくれるなら道楽も捨てたもんじゃないだろう。


「あ、ありがとうであります〜!」

「うわあっ、ちょっ、街中!」


 感極まったメイにそのまま抱きつかれてしまった。周囲の俺達を見る目がちょっと痛い。さっきの店員のお姉さんも、店の中からこちらをニヨニヨしながら見ている。

 くそう、み、見るんじゃねえよう!


 結局、最後までメイは離れてくれなかったので、俺はその後の街の案内中もずっとメイと手を繋いで歩いていたのだった。人生最大のモテ期を喜ぶべきか、恥ずかしいので恨むべきか。

 まあ、メイが嬉しそうだったから俺はそれで満足だ。

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