第16話 初陣! 対魔物戦

 次の日。朝食を終え、家庭教師に指示された課題も済ませた俺は、昨日買ったポーチに投げナイフやら回復ポーションやらを詰め込む作業をしていた。

 今日はこれからファーレンハイト辺境伯領の中心部一帯に広がるカムラス平原へと向かおうと考えている。そのための準備をしているのだ。

 カムラス平原。北の大山脈の麓からここハイトブルクの街を含み、隣のベルンシュタイン公爵領にまで広がる大平原だ。丘陵や小さな山程度であればいくつかは確認できるが、基本的には延々と草原や麦畑が広がる皇国でも有数の穀倉地帯である。麦畑の他にも各種野菜の採れる畑や牧畜などが盛んで、皇国の食糧事情を支える大切な土地だ。日本で言う北海道みたいなものだろうか。

 これだけ聞くと、カムラス平原とは随分と牧歌的な土地であると思われがちだが、実態はその真逆である。カムラス平原は皇国三大難所と呼ばれる魔の森、大山脈、大迷宮の三つを除けば、皇国でも有数の危険地帯の一つなのだ。

 どんな風に危険かと言えば、まず寒い。当たり前だ。広い皇国の中でも北方、そして内陸に位置するファーレンハイト辺境伯領の冬はとにかく寒い。夏は涼しくてそれなりに過ごしやすいが、冬は厚着していないと地獄だ。

 そして魔物が多い。その原因はいくつかあるが、まず挙げられるのが土地が豊かであるということだ。土地が豊かであれば、当然作物も豊富に収穫できるだろう。そして作物を食べるのは人間だけではない。豊富な作物を求めて、野生の猛獣や魔物もまた、農村にやってくるのだ。

 魔物が多い原因で、次に挙げられるのは立地だ。北に大山脈、北西に魔の森。そこに棲まう強力な魔物達が、時として獲物を求めてカムラス平原へと訪れるのだ。カムラス平原には餌となる動物や魔物がたくさんいる。普段は大山脈や魔の森に棲んでいる高ランクの魔物にとっても、カムラス平原は恵み豊かな土地なのだ。

 他にも魔力濃度の関係やら、人間の数がそこそこ多いため人と自然とが調和していないからとか、色々な学説は存在するが、取り敢えず有力な説としてはこの二つが定番だ。

 恵みをもたらすと同時に危険も押し寄せてくる。そんなカムラス平原に住む人達は、自然と感謝の心と強さを兼ね備えた、質実剛健な気風に育っていくのだろう。我がファーレンハイト家もそれは例外ではない。領民とともに自然に感謝を捧げつつ、脅威となる魔物へは毅然と対応し、領民と土地を守る。そんな生き方が俺達辺境伯家には求められているのだ。

 そんなわけで、俺も次期当主として魔物について、詳しく知っていなければならない。いざという時に判断を下せないようでは当主失格だからな。


 まあ、ゴタゴタと色々並べてみたが、要するに俺はこれから魔物討伐の自主訓練に行くのだ。

 対魔物戦はおろか、命を賭けた戦いはこれが初めてである。いつもオヤジとしている模擬戦は、模擬戦であって命の取り合いではない。そりゃあ怪我くらいはするが、後遺症が残るような無茶な怪我は絶対にない。

 俺に必要なのは、命の取り合いに付きまとうプレッシャーへの抵抗力と、いざという時に臨機応変に判断できる応用力だ。まだ6歳だからと言ってうかうかとはしていられない。脅威はいつやってくるかわからないのだ。


「よし、準備オーケーだ」


 水筒、軽食、塩、万年筆、メイのナイフ、革の袋、そしてとある仕掛けの施してある投げナイフ。


「さて、行くか」


 今日はオヤジとの稽古はお休みだ。メイと遊ぶ約束もしていない。時刻は午前9時前後。日が暮れるまでには帰りたい。


 俺は屋敷を出て、裏庭へと回る。裏山を過ぎ、その向こうの城壁を超えたらそこからはもう敷地外だ。とは言っても大山脈からカムラス平原までもを含むこの広大な土地全体が我が辺境伯家の領地といえば領地なんだけどな……。



     ✳︎



 【衝撃】を駆使した高機動で以って、およそ一般的な人間ではありえないスピードでカムラス平原を駆け抜ける。自動車で国道を飛ばす時のような速さで景色が流れていく。

 こういう時、魔力が大量にあってよかったと思う。これだけのスピードを出すために「身体強化」を掛けた状態で【衝撃】を使用しているため、魔力の消費量が尋常ではないのだ。

 しかし、だからと言って「身体強化」を使わないという選択肢はない。生身の状態で車と同じくらいのスピードを出そうものなら、地面からの衝撃に身体が耐えられないからだ。【衝撃】だけにな。

 ……とにかく、一般人ならとっくの昔に魔力切れでバテているような乱暴な魔力のゴリ押しで俺は超高速持久走を実現しているのだ。


「おっ、あれはもしや魔物か!?」


 領都ハイトブルクから北に10キロほど進んだ辺りで、俺はそれらしき影を見つける。まだ1キロ以上は離れているが、どうやら人間ではなさそうだ。シルエットが人間にしてはデカすぎる。何より、四足歩行っぽい感じがする。俺の知る限り、普通の人間は二足歩行だ。


 そのまま速度を落とすことなく駆け続け、相手との距離が残り200メートルほどになって、ようやく正体が判明した。


「あれは……グリーンボア! ……だった筈」


 グリーンボア。その名の通り、深い緑色をしている猪型の魔物だ。俺は冒険者ではないが、冒険者ランクに当てはめるとしたらDランクの魔物だ。草食のくせにめちゃくちゃ凶暴で、何故か単独行動を好む謎な生き物である。

 ただ、草食ゆえか、そこまで筋力が強いわけではなく、突進にさえ気をつければ対処はそこまで難しくはないらしい。深緑色をしているので森林などの風景に擬態されてしまってはかなり危ないらしいのだが、いかんせんこの辺りに森など疎らにしか存在していないため全く問題はない。浅緑の草原の中に突如として深緑が浮かび上がっているので、むしろ目立っているくらいだ。


「これはいただきだな」


 俺は腰に巻きつけた革ポーチの中から、投げナイフを数本取り出す。

 距離は残り50メートル。先制は俺だ。


「フッ!」


 「身体強化」した状態で強く投げつつ、投げナイフの持ち手部分に小規模の【衝撃】を発生させ、推進力にする。弓矢もかくや、というスピードで空を切って飛んでいく投げナイフは、ようやく俺の存在に気がついた呑気なグリーンボアの胴体にドスドスッと突き刺さった。


「ボアアアアアアアッ」

「ぶっほ! マジか」


 グリーンボアの鳴き声が「ボアー」なんて誰が想像するだろうか。おかげで戦闘中なのに思いっきり笑ってしまった。緊張感を返せ。


「ええい、『縛縄ばくじょう』!」


 俺は緊張感を取り戻すように、投げナイフに施した魔法を発動させる。次の瞬間、グリーンボアに刺さっている投げナイフから魔力のワイヤーのようなものが伸びて、グリーンボアをグルグル巻きにして拘束する。


「ボアアアアッ……」

「よし」


 どうやら成功したようだ。実戦で使えるかわからなかったが、問題なく使えるようだ。

 俺は魔力ワイヤーで雁字搦めになって身動きの取れないグリーンボアに近づき、無属性魔法「魔力刀」を発動した。俺の手から50センチほどの魔力の刃が伸びる。そしてそれをグリーンボアの首筋めがけて一気に振り下ろした。


「ボアアッ!! アアア……ァァ…………」


 首を斬り裂かれたグリーンボアは一瞬跳ねるように痙攣するが、やがて力を失って動かなくなる。試しにもう一度「魔力刀」で突き刺してみるが、反応はない。死んだようだ。


「ふぅ……。初戦闘終了、と。なんか意外と楽だったな」


 今の俺の実力でも問題ない相手だと踏んで戦闘の相手に選んだわけだが、初めてであるがゆえにもう少しくらいは苦戦すると思っていた。

 実際はうまく俺の魔法が決まり、拍子抜けなほどあっさりと勝ってしまった。新しい魔法の使い方に挑戦した甲斐があったというものだ。


 今回、俺が用いたのは、魔法を物体に付与して使うやり方だ。「魔法大全」でも応用編にならないと出てこない、それなりに高度な技術である。

 「縛縄ばくじょう」という、魔力をワイヤー状に実体化させて相手を縛るCランクの無属性魔法を、「付与」という同じくCランクの無属性魔法を使って親方に貰った投げナイフに付与したのだ。Cランク魔法にCランク魔法を重ねるため、難易度としてはB−ランクといったところだろう。めちゃくちゃ強いわけではないが、それなりに使える良い魔法だ。

 拘束力は強いものの、敵に触れないと使えない「縛縄」。その距離的な制約を解決したこの使い方は、今後も俺の十八番の一つとなるだろう。

 【衝撃】を伸ばすことも忘れず、それでいて【衝撃】一辺倒にならないように他の分野も努力する。ちゃんと俺は目標通りに成長できているようだ。

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