第387話 一世一代の告白
「ん……、すまんの。少し取り乱してしもうた」
「いいんだよ、たまには弟子の俺にも弱さを見せたって。それくらいには俺も強くなったつもりだし、なによりここまで俺を強く育ててくれたのはほかならぬマリーさん自身なんだから」
ようやく落ち着いてきたマリーさんの背中をさすってやりながら、俺はそう答える。俺もそうだが、マリーさんがここまで感情を露わにするのは滅多にないことだった。そりゃ喜んだり、笑ったりすることはある。無表情というわけでもないし、感情がないわけでもない。
ただ、心の奥底に抱えた悩みや悲しみを人に見せることがないのだ。
そんな、一人で抱えすぎるきらいのあるマリーさんが、俺にだけはこうして自分のすべてを曝け出してくれた。その事実が俺は嬉しかった。
それからしばらく無言のまま、マリーさんはその場で何事かを逡巡する。何かを言いたそうに口を開けては閉じ、こちらをチラチラと見ようとしては視線が合いそうになるとそっぽを向くマリーさん。たいへん挙動不審だ。
やがて何事かを決心したのか、マリーさんはグッと小さく拳を握ると、俺のほうへと勢いよく振り返って話しかけてきた。
「と、ところでエーベルハルトよ」
「何?」
「き、今日は良い天気じゃなっ!」
「どしたの、マリーさん」
急に当たり障りのないお天気の話題とは、いったい何事だろうか。しかもここは深い霧に覆われたエルフの森である。樹冠で日光は遮られているし、光り輝く木の葉のおかげで一年中ほどよい明るさに恵まれた森の中なのだ。当たり前だが、そんなシルフィーネの街からは天を見上げたところで空模様を拝むことなどできはしない。
「あー、いや、その。なんじゃ」
なんだか意中の相手にうまく会話を繋げられない恋愛初心者みたいだ。いや、実際マリーさんは恋愛に関しては初心者中の初心者だから、あながち間違った比喩でもないかもしれない。
「えーと、じゃな」
「うん」
マリーさんは指をモジモジさせながら、要領をえない話しぶりで続ける。
「まあ、妾はお主の師匠じゃし上官でもあるわけで、その……色々と断りにくいと思うから、嫌なら全然断ってくれても構わんのじゃがな」
「うん」
回りくどいな。
「……………………その、なんじゃ。エーベルハルトよ」
「うん」
「す、好きじゃ」
「ありがとう。俺も好きだよ」
「あ、いや、そうではなくての。その…………お、男と女の好きなんじゃ!」
見たことがないくらい真っ赤になりがら、マリーさんは吹っ切れたようにまくしたてる。
「お主と話しておるだけで胸がばくばくと跳ねおる。見つめられるだけで頬が熱い。こんな経験、二〇〇年以上生きておって初めてじゃ」
年頃の乙女のような声色と態度で、マリーさんは年齢に不相応なほど初々しく俺へと思いの丈をぶつけてくる。
「もう妾はどうしたら良いかわからん。……とにかくじゃ、エーベルハルト。妾はお主のことを、一人の異性として好いておる。だからお主さえよければ、その……つ、つ……付き合ってはくれんか」
「マリーさん」
しどろもどろになりながら、それでもなんとか言い切ったマリーさん。その様子には大人の余裕なんてまったく感じられない。これが、あの伝説の「白魔女」だというんだから世の中わからない。
なんというか————有り体に言ってしまえば、中学生みたいな告白の仕方するじゃん、というのが素直な感想だ。
思わず、くすりと笑ってしまう俺に対し、マリーさんは不安そうな顔で俺の手を取って言う。
「あ、その、……す、すまん。師匠が弟子に抱くべき感情ではないのはわかっておる。生まれてこの方、ろくな恋愛すらしたことがないから、初めての経験に浮足立ってしもうた。何より、お主は妻帯者じゃ。……忘れてくれ」
語るごとに悲しそうな表情になっていくマリーさんの手を優しく握り返しながら、そこで俺は待ったをかける。
————独り合点は良くないね、マリーさん。
「答えなら、さっき言ったと思うんだけどな」
「こ、答え? ————そ、それは」
「俺も好きだよ、マリーさん。師弟愛のほうじゃなくて……あ、いや、それもあるんだけど、そうじゃなくて」
そこで一旦区切ってから、改めて俺はマリーさんの目を見つめて伝えるのだ。この想いが、あなたの凍えきった心に届くように。
「愛してる」
そう言って、俺は彼女を抱き締める。俺の腕の中で呆けているマリーさんの身体は、非常に小さい。ヒロインズの中でも一番……それこそユリアーネやメイよりも少しだけ小柄なその身体には、どこにそんな力があるんだろうと思えるほどの強さが秘められている。
だが、そんな最強の魔法士である彼女も俺の前ではただの一人の女の子なのだ。辛い運命に人生を歪められ、五〇年もの長い年月を孤独に過ごしてきた、可哀想な女の子なのだ。
そんな悲劇のヒロインは今日、物語の————それもとびっきりの喜劇の
真っ白な頬を桃色に染めて、銀色の髪から覗く可愛らしい耳をぴこぴことせわしなく動かし。
俺の師匠にして、上官にして、愛する人であるマリーさんは、まるで真夏の太陽の下で元気に咲き誇る
「妾も、愛しておるぞ」
その日、俺とマリーさんは四回目の口づけを交わした。
一度目は魔の森での修行中に。二度目は世界樹の麓で。三回目は神獣界で。そして四回目の口づけは、それまでの必要に迫られた三回とはまったく違う、互いへの愛情が込められたそれだ。
肺腑の中に入ってくる、マリーさんの吐息。マイナスイオン溢れる静謐な森の中の空気みたいに心落ち着くそれは、しかしどうしようもなく俺の心臓を暴れされる危険な香りに満ちていた。
――――――――――――――――――――――――――
[あとがき]
キスの回数を間違えていたため、修正しました。(2023/04/10)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます