第191話 壮行会

「では、これより選手任命式および壮行会を行います。代表選手に選ばれた方々は壇上にお上がりください!」


 拍手が鳴り響く講堂で、皇帝杯の出場枠を獲得した八名が足並みを揃えて壇上に上がる。一メートルほど高い壇の上からだと、大勢の学生達が浴びせてくる注目の視線がビシビシとこちらに突き刺さってくるのが感じられる。

 色々と修羅場を潜って肝が鍛えられているとはいえ、実はまだ「緊張とは無縁」とまでは言い切れない俺の手は、少しばかり汗で湿っていた。新入生代表としてスピーチをした時とはまた違う、学院の名を背負っているという重圧が結構なプレッシャーになっているのは事実だった。

 もちろんそんなことに押し潰されるような俺ではない。ただ、まったく気にしないでいられるか、と言われれば否と答えざるをえないだろう。


「ん、イリス?」


 左手に温かい感触が。見ると、隣に立って並んでいたイリスが俺の手をぎゅっと握ってくれていた。


「珍しく緊張してるみたいだったから」


 何気にそこそこ図太くてあまり緊張することの無い彼女だが、緊張に対する理解はあるのだろう。俺を勇気づけようとしてくれる優しさがありがたい。


「ありがとう。おかげで緊張は吹っ飛んだよ」


 学院の代表がなんだ。いつも通り、俺らしく全力を出せば良いだけだろう。俺の強さは、俺自身が誰よりも知っている。努力が俺を裏切れないことは、これまでの人生でも証明してきたことだ。……だから、今度は俺が努力を裏切らないようにしないとな。緊張に負けて実力を出しきれないとか、情けないにもほどがあるってもんだ。


「うん、良い顔になった」

「おう」


 イリスの温かい手をギュッと握り返して、俺は前を向く。


「諸君。ここにいる彼らが、皇帝杯に出場する選手達だ。今年はいつにも増して有望な選手が多い。きっと彼らは、我等が魔法学院の名を更に高めてくれることだろう」


 例の中央委員会騒動を経て新たに就任した学院長の演説に、講堂に集まった学生達が歓声を上げる。先ほどは少々緊張していたが、こうして実際に「わあっ」という声援を浴びてみると、なかなかどうして悪い気分はしないな。


「皇国最強を決めるために全国から腕に覚えのある者達が、生まれ、年齢、種族の垣根を越えて集う、世界で最も格式の高い大会が皇帝杯だ。そんな皇帝杯に出場する勇士達の名を紹介しよう。————まずは四年、生徒会長も務めるクラウディア・カレンベルク! 続いて、同じく四年、ニコラウス・エルスター!」


 俺は知らなかったが、このニコラウス・エルスターという先輩はなかなか有名なようだ。上級生達からの声援が凄い。確かにガタイも良いし実直そうな顔つきで、頼り甲斐がありそうだ。


「三年、ヒューベルト・ヴァイザー! 二年、オスカー・ダンゲルマイヤー!」


 オスカーはご存じの通りだ。二年ながら、生徒会の執行部として活躍しているだけのことはある。当たり前のように選手陣営に顔を並べているあたり、流石だ。

 三年のヒューベルト・ヴァイザーという先輩は、これだけの人数の前に立っているというのにまったく動じた様子がない。というか、表情が動いていない。鋼メンタルだ。……と思ったら、腕がかすかに震えていた。この人はあれだな、緊張で硬直しちゃっているパターンだな。皇帝杯本番でちゃんと戦えるのか少し不安だ……。だが、先ほどのニコラウス先輩の時と遜色ないくらいの声援を受けているし、それなりに人気な人なんだろう。かなり暗そうな雰囲気だが、人は見掛けによらないもんだな。


「二年、ヒルデガルト・アンガーミュラー! 同じく二年、イリス・シュタインフェルト!」


 ヒルデもちゃんと宣言通り、予選を突破したようだ。たまたまヒルデは俺と同じタイミングで別の会場で予選を戦っていたから、残念ながら俺は彼女の戦闘スタイルをあまりよく知らない。皇帝杯本番で是非観戦させてもらうとしよう。

 イリスに関しては実力を知っているということもあって、「まあ順当だな」くらいにしか特に思うことはない。ただやはり、背中を預けられる戦友パートナーと同じ舞台で戦えることがかなり嬉しいのもまた事実だ。

 二人とも二年生ということもあって、先ほどの上級生達の時に上がっていた歓声よりかはやや小さかったが、それでもしっかりと声援は掛かっている。充分期待はされているようだ。


「最後に、今回は珍しく一年生が二名も選出されている! まずはエレオノーラ・フォン・フーバー! 続いて、エーベルハルト・カールハインツ・フォン・フレンスブルク・ファーレンハイトッ!」


 ここで意外なことに、今までで一番大きい声援が上がった。一年だし一番小さいかな、と思いきや、まさかの正反対だったわけだ。


「まだ入学したばかりではあるが、この二人のことは諸君もよく知っていることだろう! フーバー辺境伯家の才女エレオノーラに、ファーレンハイト辺境伯家、皇国騎士、更には勅任武官の肩書きを持つ『白銀の彗星』ことエーベルハルト! 皇国魔法界期待の新星と呼ばれる彼ら若き俊英達の活躍を、皆が期待している!!」


 な、なんか凄いことになっているなぁ!? 確かにフーバー家の才女の噂は皇国社交界に生きる貴族なら皆が知るところだろうし、俺の、史上最年少での皇国騎士および勅任武官への就任の話もまた同じく皇国貴族で知らない者はいないだろうことは想像に難くない。ただ、それが平民も数多く在籍するこの魔法学院での常識でありうるかと訊かれれば否と答えざるをえないし、だからこそこうして当たり前の常識であるかのように学院長が演説し、しかもそれが受け入れられているという状況が、俺の理解を越えていたのだった。


「ハルトやエレオノーラのことは、入学前から既に噂になっていた」


 隣のイリスがこっそり教えてくれる。


「なんでまた?」

「どっちも有名な辺境伯家の出身でアピールしやすいし、学院としても二人が入学してくれたら良い宣伝にもなるから、学院側がそれとなく情報を流したんだと思う。……何より、二人とも規格外に強いから自然と噂にもなるよ」


 マリーさんの修行に参加した他のメンバーも魔法学院にいるから、と言って正面に向き直るイリス。なるほど、言われてみればクラウディア会長も、イリスも、オスカーも、ヘムルートさんも、リーゼロッテさんも、皆マリーさんの下で共に修行に励み、同じ釜の飯を食った仲間だ。そんな彼らが魔法学院に在籍しているのだから、自然と俺達のことが話題に上がってもなんら不思議ではない。人の口に戸は立てられぬと言うし、噂というものは、ほんの僅かなところから広がるものなんだろう。いや、まあ悪い噂ではないから別に全然気にしてはいないけどな。


「エーベルハルト」


 フーバー家の才女こと、エレオノーラが話し掛けてくる。


「エレオノーラ」

「今回は同じ陣営だから序盤で当たることはまず無いけど、私は負けないわよ」

「俺も負けるつもりは無いよ」

「いい返事ね。闘技場で会うのが楽しみだわ!」


 そう言い残してエレオノーラは自分の位置に戻っていく。相変わらず負けず嫌いで好戦的な奴だ。ただ、気持ちいい性格をしているおかげか、ああして勝負を吹っ掛けられても嫌な気はしない。これもエレオノーラの人徳ってヤツなんだろう。異常に俺をライバル視していることを除けば、意外と付き合いやすい奴だ。

 入試成績も、実技に限っていえば俺に次ぐ次席なわけだしな。俺にとっても良き競争相手であることに違いはない。


 選手全員の紹介が終わっても歓声と拍手が鳴り止まない講堂を見渡しながら、俺は今更ながら、皇帝杯に出場する事実に対して現実感が湧いてくるのを感じていた。


「目指せ、優勝だ」

「ん、ハルトらしい」


 大それた、しかし決して不可能ではない決意を胸に、俺はぐっと拳を握り締めるのだった。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る