第193話 無難な一回戦

 第一回戦が始まった。名前は知らないが、比較的ランクの高めな冒険者と武闘派の僧侶っぽい人が舞台に上がり、正対した。審判の合図と同時に大太鼓の音が鳴り、二人の戦士がぶつかり合う。

 ところで、皇帝杯の行われるこの皇立闘技場には舞台となるリングが一つしか無いため、選手は自分の番が来るまではだいぶ暇を持て余すことになる。

 当然、すべての試合が終わるまでには膨大な時間がかかるので、皇帝杯は一週間という長い期間を設けて開催されるのだ。

 皇帝杯の期間中は、皇都中がお祭り騒ぎ状態となる。毎年夏の終わりに行われる精霊祭と、初夏に行われるこの皇帝杯の時期は、皇都における二大イベントのシーズンとしてこの巨大都市を賑やかしていた。


「これは僧侶が優勢だな」

「冒険者のほうは、勢いはあるけど落ち着きが足りない」


 試合を控え室で試合を観ながら、そんな感想を語り合う俺とイリス。俺達はあと四、五試合後くらいに自分達の番が控えているので、こうして既に控え室に詰めているのだ。


「あ、これは決まりだな」

「綺麗なカウンター」


 若くて勢いのある冒険者の振るった剣がやたらと筋肉質な僧侶を牽制するものの、僧侶のほうはまったくそれを意に介した様子が無い。落ち着いて距離を取り、冒険者の消耗を誘っているようだ。なかなか攻撃がヒットせずに焦り出した冒険者は、余計に動きが雑になる。

 そこを狙って僧侶が、実に見事なタイミングと美しさすら感じる動きで冒険者のあごを蹴り上げた。

 完全に吹っ飛ばされてピクリとも動かなくなる冒険者。勝負アリだ。


「勝負有り! 勝者、ラルフ!」


 どうやらあの僧侶、ラルフというらしい。なかなか見どころがあるので覚えておこう。もし向こうにその気があるなら、軍に誘っても良いくらいだ。


「それでは第二試合開始まで少々お待ちください!」


 担架に乗せられて運ばれていく冒険者に向けて両手を合わせつつ、お辞儀をしている僧侶ラルフ。もしお互い順調に勝ち進めば三回戦で戦うことになるだろう。まだ始まったばかりの皇帝杯だが、早くも楽しくなってきた俺だった。



     ✳︎



「勝者、エーベルハルト!」


 第一回戦の相手はたいしたことはなかった。『纏衣』も『白銀装甲イージス』も、『身体強化』すらも使うことなく完封勝ちしてしまった。調子に乗っているみたいで恥ずかしいが、まさに準備運動にすらならないとはこのことか。


「なんという速さでしょう! 文字通り一瞬で勝負がついてしまいました! これが『白銀の彗星』かぁああっ!」


 盛り上げるためなんだろうが、司会がめちゃくちゃ俺を持ち上げてくる。会場の空気もそれに釣られて「『彗星』すごい!」みたいになってきて、もう嬉しいんだか恥ずかしいんだかよくわからん!


「また速さに磨きがかかってる。修行の成果が出たね」

「ありがとな、イリス」


 俺が毎日体捌きの修行をしていることを知っているイリスが、試合を終えて選手控え室に戻ってきた俺に声を掛けてくる。まあ、その、なんだ。頑張っている点を褒められると嬉しいもんだな。


「次の次がイリスの試合か。頑張ってな。光魔法の奥の深さを会場の皆に見せつけてやれ!」

「もちろん」


 次の試合の準備に入るイリス。俺はその背中を押して励ましてやる。まあ、グッと拳を握り締めたイリスの顔を見る限り問題は無さそうだ。



     ✳︎



「さあ、次は第七試合です! 今回の対戦は、かの超名門皇立魔法学院の学生にして現役特魔師団員でもあるイリス選手! 対するは近衛騎士団で数年間活躍するも、忠義のために退団して現在は護衛騎士をしているエルヴィス選手です! 両名とも相当の強者、さあ果たしてどちらが勝つのでしょうか!? それでは試合開始です!」


 イリスの相手となるエルヴィスとやらは、重装甲の金属鎧を纏った騎士だった。その手には両手で構えるタイプの立派なロングソード。盾は持っていないようだ。現在は退団しているとはいえ、近衛騎士団のそれと遜色ない風体の彼は、見るからに強そうだった。


「参る!」


 エルヴィスが剣を構え、全身に『身体強化』を掛ける。桁外れの身体能力と剣技による近接戦闘で敵を圧倒するのは、近衛騎士団の得意とするところだ。

 皇国には様々な流派があるが、一番メジャーなのはこの近衛騎士団が採用している近衛流剣術だと言われている。かの『風斬かざきり』のフェリックスも、近衛流の使い手だったらしい。奴の場合は相当奴自身によるアレンジが入っていたらしいが、ベースとなっていたのは紛れもなく近衛流だったそうだ。

 なぜ「そうだ」と伝聞系なのかといえば、フェリックス戦当時は俺が近衛流の存在を知らなかったからだ。後になってオヤジから聞いて発覚した事実である。


「『幻影ホログラム』、『光学迷彩ステルス』」


 イリスの足下から見慣れた魔法陣が複数同時展開され、彼女の全身をスキャンするように上へと浮上する。全身のスキャンが終わった途端、パッと辺りが目を開けていられないくらいに眩しくなり、次の瞬間、何事も無かったかのようにイリスはそこに立っていた。


「……何をした?」


 騎士のエルヴィスは何が起きたのかを理解していないようだ。だが俺は知っている。そこにいるように見えて、その実、イリスがそこにいないことを。


「……まあ当然、素直に答えるわけもないか。ならば直接確かめるのみ! はぁあああっ!」


 エルヴィスが恐ろしいほどの加速力で以って幻影のイリス目掛けて飛びかかるが、折角の突進も虚しくイリスはそこにはいなかった。


「……なっ!」


 空振った剣に振り回され、体勢を崩して驚くエルヴィス。あまりにも直感に反するその光景に、会場は一瞬静まり返る。静寂を破ったのは、意外なことに司会者だった。


「……な、なな、なんとーっ! エルヴィス選手の攻撃がイリス選手を襲ったかと思えば、まさかの空振りをしてしまいましたーっ! 私の目には直撃したかのように見えましたが、これはいったいどういうことなのでしょうかっ!?」


 流石はプロだな。戦闘に関しては素人だろうに、真っ先にこの不可思議な状況に反応して会場を盛り上げるとは。


 ――――ウォォオオオッ!


 司会者に釣られて、会場の観客達が歓声を上げる。


「こういう展開があるから皇帝杯はたまんねぇぜ!」「高いチケット代出してよかった!」「なんだあのイリスって選手、かっけぇえ!」「かわいいいいい!」


 なんだか一部変なのが混じっていたような気がするが、誰だ。こうしてはっきり聞き取れるってことは相当近くにいやがるな? 後でしばいてやろうかな……。けどまあ、イリスがかわいいのは事実だしな……。許してやるか……。


「次はこっちから行く。覚悟して」


 幻影のイリスが腕をスゥッ……と持ち上げる。その手に魔法陣のようなものが展開され――――


「『熱線光束レーザービーム』」

「ぐあっっ!」


 エルヴィスの真後ろから熱線が照射される。ご自慢の騎士鎧も、ここ数年の訓練で威力が増大したイリスの『熱線光束』には耐えられなかったようだ。背中部分の金属が焦げて真っ黒になっている。

 そのままエルヴィスは倒れ、気絶してしまった。イリスの勝利だ。


「な、なんとー! エルヴィス選手、まさかの手も足も出ないで敗北してしまったぁーっ! 実力は伯仲していると思われただけに、いったい誰がこの展開を予想できたでしょうか!? そしてイリス選手の使った技はいったい何だったのでしょうか!? 情報によると、イリス選手はあのエーベルハルト選手の同僚だそうですが……彼女の謎は深まるばかりです! ――――イリス選手の勝利!」


 歓声に湧く闘技場。まだ第一回戦だというのにこの反響だ。担架で運ばれてゆくエルヴィス選手を尻目に、小さくVサインを作りながらこちらに戻ってくるイリス。その顔はいつも通り無表情に近かったが、どこか誇らしげな雰囲気に満ちていた。


「お疲れ。流石だったよ。長年にわたって修行してきた王道パターンは揺るがないね」

「まだまだ頑張れる。どこまでいけるのか楽しみ」

「そうだな」


 ちなみにイリスの熱線に焼かれて運ばれていったエルヴィス選手だが、命には別条はない。というのも、この皇帝杯はかつてマリーさんの下で修行した際に使った『精神聖域』の結界を張った上で開催されるからだ。

 まあ当然といえば当然だ。皇帝杯は国を挙げて開催される一大イベントだし、参加者は皆、一流の戦士や魔法士達だ。そんなのが本気を出してり合ったらよほどの実力差が無い限りまず間違いなくどちらか片方が死に至るだろうし、そうでなくてもお互いに重傷を負いかねない。国としては貴重な戦力を失っては堪らないので、こうして多額の費用を掛けてでも『精神聖域』の結界を常に張っているのだ。


「とりあえず今日はこれでおしまいだな。リリー達のところに行くか」

「そうしよう」


 第一回戦は試合の数が多いので、一日では終わらない。今日一日で半分ほど試合を消化するため、もう半分は明日。なので俺とイリスは明日はお休みだ。

 今日この後は、午後に控えているクラウディア会長と四年のニコラウス先輩、そしてオスカーの試合を観戦するつもりだ。ちなみに三年のヒューベルト先輩とヒルデ、エレオノーラの試合は明日だ。全員勝ち残ってくれるといいな。

 そう思いながら、俺達はリリーとメイのいる観戦席に向かうのだった。







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