第192話 皇帝杯

 皇帝杯の学内予選から数週間ほど経ち、今は六月。皇都郊外にある巨大な闘技場に向かう直前に、俺達選手陣は全校の学生達に盛大に見送られていた。


「すごい声援」

「圧巻だな。これが皇立闘技場になったら、いったいどれだけの規模になることやら」

 

 魔法学院に限らず、この世界のおよそ学院と名のつく教育機関はすべて、前世の日本のマンモス校などと比べると数段は規模が小さい。それもその筈。原理上、ほぼ全ての国民が教育を受けることが可能な日本とそうではないハイラント皇国では、そもそも進学する人間の数自体が大幅に異なるのだ。

 加えて、皇国全体の人口も二〇〇〇万くらいしかいないわけで。世界の超大国でこれだ。他の国など、それこそ都道府県程度の規模感しか無かったりする。

 話は逸れたが、それだけ数の少ない魔法学院生の応援だけでこれだけ迫力があるのだ。球場もかくや、と言わんばかりの巨大な皇立闘技場になったら、緊張に弱いヒューベルト・ヴァイザー先輩なんか気絶するんじゃなかろうか。現に、今の応援だけで彼は白目を剥きかけているようだし……。


 そんなことを思っていると、リリーとメイが前に出て俺達のほうに向かってきた。


「頑張ってね。ハル君、イリス。あとで応援に行くわ。関係者権限を最大限に振りかざして最前列確保するわね!」

「ハル殿なら優勝間違いナシであります! イリス殿も、ハル殿に負けないくらい頑張ってください」

「リリー、メイ。もちろん優勝狙って頑張るよ。やっぱり二人にはいいとこ見せたいしね」

「わたしも頑張る。ハルトの同僚として恥ずかしいところは見せられない」


 二人の応援のおかげで随分とやる気が出てきた。元から興味があって自発的に出場を決めた皇帝杯ではあるが、やはり応援があるのと無いのでは全然違う。特に親密な二人にこうして激励されると、ついつい舞い上がっていいところを見せたくなっちゃうのは思春期男子としては当然なことだ。


「よし。じゃあ行ってきます!」

「行ってくる」

「行ってらっしゃい!」

「期待してるであります!」


 選手用に学院が用意した馬車(こんなところにもアーレンダール工房製のベアリング装置が組み込まれている)に乗り込み、学院を出発する選手陣。今日から、約一週間の皇帝杯が始まる。


     ✳︎



 ドンッ、ドンッ、と和太鼓のような打楽器の音が響きわたり、開幕が宣言される。前世の運動会みたいに音だけの打ち上げ花火(段雷とか万雷などと呼ぶらしい)でないのは、まだ火薬の概念がそこまで浸透していないからだろうか? 文献を読んだ限りにおいて存在自体はするらしいが、実用レベルには達していないようだ。


「さて、時刻は午前一〇時となりました! どこまでも透き通るように鮮やかな初夏の青空の下、皇国最強を決める皇帝杯が今まさに始まろうとしています! 今年は例年に比べて特に有望な選手が勢揃い! かつてない盛り上がりになることでしょう!」


 司会者が拡声機能付きの魔道具を使って、会場全体に声を響かせる。それに呼応して、今日この試合を見るためだけに遠方からやってきた者も含めて、数万人規模の観客が一斉に歓声を上げた。


 ――――ワァァアアアッッ!


 ビリビリ……と、会場の空気が振動する。圧倒的だ。これが皇帝杯か。

 チラリと見ると、前のほうに座っている応援ガチ勢の方々なんかは、野球の応援部隊のようにメガホンと金管楽器をさも当たり前のように装備している。やる気が半端ない。というかちょっと怖いレベルだ。目がギラギラと危ない輝きを放っていて、近寄り難い雰囲気を醸し出している。


「皆様、ご静粛に願います! ――――それでは、皇帝杯の名前の由来であられる我らがハイラント皇帝陛下より、御言葉を賜りたく思います」


 司会者がそう告げると、あれだけ騒がしかった会場が一瞬で静まり返った。選手陣も皆、姿勢を正して上座を向いている。なんか急に厳かな雰囲気になったな。

 闘技場正面の貴賓席に座っておられたやんごとなき我らが皇国で一番偉い方がお立ち上がりになり、鶴よりも影響力の強いそのお声を発せられる。


「――――こうして今年も大会を開催できることを、余はたいへん喜ばしく思う。今までにない興奮を余に見せつけて欲しい」


 再び歓声に沸く会場。指笛や管楽器の音がオーケストラのように絡み合って青空へと舞い上がる。

 さあ、皇帝杯の始まりだ。







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[あとがき]

 章タイトルを『学院生活編』から『皇帝杯編』に変更しました。ストーリーに違いはございませんので、ご安心ください。

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