第227話 土下座外交

「カリン様……次期当主になられる予定の方は、身内贔屓びいきを差し引いても聡明でいらっしゃいます。ファーレンハイト様のご懸念には及ばないでしょう」

「なら良いんだが」


 ただ、アガータが言うには宗家の姫(カリンちゃんというらしい)は、亡くなった当主よりは有能であるらしい。まだ一四という年齢は気になるが、隣にいるメイがそれよりもずっと幼い頃から規格外の才能を見せつけていたことを思えば、まったく問題無いような気もしてくる。

 それはそれとして……どうも当主の急死というのが気になるな。もちろんただの突然死の可能性もあるが、分家の存在を思うと作為的なものを感じざるをえない。陰謀論というには、状況が整いすぎているだろう。


「当主の死因は何だったんだ?」

「不明です。朝、使用人が部屋を訪ねたら既にお亡くなりになっていました」

「臭うなぁ……」

「とはいっても、証拠は無いんでありますよね?」

「ええ。暗殺の可能性は当然、私達も考慮しました。ただ、不穏分子を一ヶ所に纏めたことの数少ない利点として、こちら側に獅子心中の虫がいないということが挙げられます。当主の館に出入りできる人間で、裏切る可能性のある人物は誰一人としておりません」


 聞いてみると、どうやら宗家には嘘発見機のような魔道具があるらしく、それを使って当主暗殺事件(仮)の後に宗家の家臣全員を調べたそうなのだ。しかし裏切り者は誰一人として存在しなかった。魔道具が壊れているわけでもなかったようだし、事件は迷宮入りの完全犯罪となってしまったとのことである。


「あいにくと私は事件が起こった日は非番をいただいておりまして、事件当時の状況に関してはそれ以上は知らないのです……」

「まあ、状況はわかったよ」


 当主の死因は不明。怪しい奴に心当たりは無く、分家による犯行だという証拠も無い。なるほど、宗家が後手に回るわけだ。


「とりあえず分家と接触してみたわけだが、結論は変わらないな。俺達は宗家の側につこう」

「装備の面でしっかりバックアップさせていただくでありますよ」

「俺は戦力として、かな」

「心強すぎて逆に現実味が感じられなくなってきました……。お二人を味方に引き入れた功労者として、間違いなく私の名前はアーレンダール家の家史に残るでしょうね」

「そんなにか?」

「皇国一の大工房と、皇国の最強格が味方になってくれるのです。これで分家に敗北できたとしたら、もはや神の定めた逃れられない運命としか言いようがないですね」


 自慢ではないが、俺はかなり強い。小さな国なら、時間をかければ一人でも攻め落とせるくらいには強い。そんな俺が北の小国の、(有力とはいえ)一部族の、それも分家の戦力とまともにぶつかったらどうなるか。

 まあ、よく考えなくともどちらが勝つのかは自明だろう。……そもそも、俺とまともに戦いになるレベルの猛者が一人でもあの分家にいると思うか? つまりはそういうことだ。


「船は明日の朝でいいんだよね?」

「はい。朝早くに連絡船の定期便が出ております。アーレンダール領に着くのは日が暮れる頃になるでしょうね。本当は宗家が保有する船を出したかったのですが、あいにくと分家の連中に抑えられていまして……」

「後手に回ってるな」

「……勢力だけなら完全に彼らが上回っていますから。歯がゆい思いです」


 ただそれも、俺達が味方についたことで逆転することだろう。アガータから色々と事情を聞いたが、今の宗家に足りないのは勢いだけであって、領地経営のノウハウから人材、他領地とのパイプ、そして何より統治の正統性に至るまで、カリンが当主の座を継ぐのに必要な要素のほとんどを持っているのだから。勢いさえ取り戻せば、ゲオルグの野望は儚い夢と消えることだろう。まあもっとも、その勢いこそが全要素の中で一番重要にして不可欠な部分ではあるのだが……。


「連絡船は国家直営のインフラですから、分家も手出しはできません。乗船拒否などされる心配も無いのでいいですね」


 逆にいえば、公共の交通手段を使わなければならないほどに、宗家は分家に追い詰められているのだろう。ゲオルグはしょうもない奴ではあるが、ならず者どもを纏め上げる才能には恵まれていたわけだ(メイに威嚇射撃されて腰を抜かしてはいたが)。


「とりあえずアガータは宿を移ったほうがいいと思うよ」


 昼間の一件もあって、分家の連中は余計に殺気立っていると思うからな。俺達と宗家とのコネクションを作った(分家の奴らにとっては)元凶のアガータは、相当恨まれている筈だ。


「し、しかし、これよりもランクの高い宿に移るとなると、資金のほうが……」


 分家による襲撃の恐怖に怯えつつも、無い袖は振れないと青褪めるアガータ。仕方ない。乗り掛かった船なのだし、助け舟を出してやろう。……船だけに。


「俺達の泊まってる宿に来なよ。金は……まあ、貸してやるから。助けられるのに見殺しにして、カリンに恨まれてもつまらないしな」

「何から何までありがとうございます……!」


 そう言って何度目かの土下座を披露するアガータ。なんだかすっかり土下座キャラが定着したな……。これが土下座外交か(確信)。


 というわけで、アガータを連れて俺達は安宿を出る。向かう先は俺達の泊まっている高級宿だ。あそこなら警備もしっかりしているし、何より俺が一緒にいるので寝首を掻かれる心配が無い。いわば俺は最強のボディーガードである。……もちろん同じ部屋には泊まらないよ。メイとイチャラブできないからな!




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