第43話 カナードの町
轟音を響かせながら、俺とリリーを乗せた「M-1号」が夏の夜空を爆速で突き進んでいく。森や平原、ちょこちょこ点在する集落がもの凄いスピードで流れていく様は見ていてなかなか爽快だ。
「今日は月が出ていて良かったな」
曇りだったら間違いなく気付かない内に高度を下げて地面に激突コースだ。夜とはいえ、今日みたいに月明かりで視界がはっきりとしているのは僥倖だった。
「もうすこしでカナードの町につくであります」
後ろに座るメイが背中越しに大きな声で伝えてくる。エンジンの音と風切り音がうるさくて、大声で叫んでも聞き取りにくいのが「M-1号」の難点だ。
しばらく飛んでいると、遠くの方にポツポツと人工の明かりが灯っているのが見えた。
「…………あれか!?」
よく見ると、多くの建物が密集して城壁のようなものに囲まれているのが見える。まだはっきりとは判別できないが、何軒かに一軒の割合でランプか何かの明かりが窓から漏れ出していた。
「あれがカナードの町でありますな。方角てきにもいっちするであります」
どうやらあれがカナードの町で間違いないようだ。
「着陸態勢に入るよ。しっかり掴まっておけよ!」
「はいでありますぅ!」
俺は「M-1号」の速度を緩め、徐々に高度を下げていく。折り畳んであった木製の車輪を胴体から出し、着陸に備える。
メイの造った魔道具だから心配はしてないが、万が一機体が着陸の衝撃に耐えきれなくても、俺が『バリア』を張りつつ逆位相の衝撃波を放って緩和すれば怪我はしない筈だ。
「……3、2、1、着陸っ!」
――ズザザザザッ!
「……………………着陸、成功」
「せいこうであります!!」
流石はメイ謹製の魔道具だ。多少ハンドルはブレたが、問題なく着陸に成功した。
「しゅく小ばんのもけいでの無人ひこうじっけんは成功していたから、あんまりしんぱいはしてなかったであります」
「けどいきなり本番ってのはなぁ……」
「ハルどのなら失敗してもなんとかしてくれるとおもっていたであります……」
まあ、あくまで頼んだのは俺の方だ。メイを責める訳にはいかない。それにちゃんと成功している訳だし。
「機体はここに放置して行く。ここはある程度草が生えていて周りから見え辛いから、全てが終わったら回収しよう」
「まあ仕方ないでありますな。それにハルどのくらいの魔力がないと、ろくにとばせやしないであります」
ここはカナードの町から数百メートルほど離れた草原だ。近くに建物は無く、あるのは小さな林や麦畑だけだ。当然、人は一人もいない。
「……じゃあ行くか」
「ええ」
俺達は背の高い草に紛れるようにしてこっそり町へと近づいていく。万が一、衛兵とか警邏隊とかがリリーの誘拐に関係していた場合、俺達が救出に来たことがバレてしまったら事だからだ。
音を立てないよう慎重に町へと近づきながら、俺はリリーへと『通信』で連絡を試みる。
「『リリー、聞こえてるか。聞こえていたら返事をしてくれ』」
「『……ハルくん? きこえてるわ。どうしたの?』」
良かった。まだリリーは何もされていないようだ。今まで寝ていたのか、やや眠そうな声だった。
「『今、リリーが囚われてると思しき町にやってきている。リリー、そこから外の様子が見えるか?』」
『ソナー』で確認しようにも、流石に町全体をカバーすることはできない。第一、1万人ほどいる反応の中から特定の反応だけを抽出することなどまだ俺には不可能だ。母ちゃんやどこにいるのかも定かでない仙人とやらであれば可能なのかもしれないが、今の俺の実力では難しいだろう。なのでリリーの方から何か特徴的な景色が見えないかを聞くという訳だ。
これだって『通信』の魔法が使えるからこそできるズルみたいものだ。本来、『通信』とは双方が使えなければ一方通行になってしまうタイプの魔法だ。こうして双方向で会話ができるのは、『通信』を付与した魔道具があるからだった。転ばぬ先の杖ではないが、携帯電話のような便利な道具を使いたくて用意していたことが功を奏した。
「『うーん、まどからは白いかべがみえるわ。あととおくの方に塔がみえる』」
「『塔?』」
見張りの兵に気を付けながら、メイを抱えて外壁を登った俺は町の中を見渡す。3メートル程と、ハイトブルクのように立派な城壁ではなかったので、足から衝撃波を放ってやれば簡単に登ることができた。
「『塔……、塔……。あれか!』」
町の中心部には、社院と思しき建物とそこそこ立派な鐘楼が建っていた。見回す限り、5階建てほどの高さの鐘楼より高い建物はこのカナードの町には存在しないので、塔というのはあれで間違いないだろう。ただ、町中の大部分からはあの塔が見えるので、イマイチ範囲は絞りきれていなかった。
「『塔はあったよ。けどそれだけじゃどこにいるか……。白い壁ってのはどのくらい近い?』」
「『けっこうちかいわ。あと、けっこう大きい』」
結構大きな白い壁。現代日本であれば結構重要な情報になるのだろうが、この町の建物の壁はほとんどが白かった。正直、絞り込むための条件にはならない。
「うーん……。どうしたものか……」
「それならハルどのが塔にのぼって、リリーどのから見えたらほうこくしてもらえばよいのでは?」
「なるほど、それはいいかも!」
悩んでいたらメイが名案を提案してくれたので、早速その案に従って行動を開始する。
「『リリー、今から俺がその塔に登る。俺がリリーから見て正面に来たら教えてくれ』」
「『わかったわ』」
この案ならかなり捜索範囲を絞り込むことができる。やはりメイは天才かもしれない。
町に侵入した俺達は、『ソナー』を使って住民や警邏隊に見つからないように気を付けつつ、小走りで鐘楼のある社院へと向かっていく。たまに酔客や仕事帰りの役人、警邏の兵などが『ソナー』の索敵範囲に引っかかるが、反応がある度に物陰に隠れてやり過ごすので、何とか見つからずに鐘楼へと辿り着くことに成功する。
「えい兵はいないでありますな」
「まあ夜中だしな。行くよ」
「はい」
社院の敷地に忍び込んだ俺達は、鐘楼の麓まで走っていく。
「メイは下で人が来ないか見張っていてくれ」
「わかったであります」
俺は『身体強化』を掛けて、ポーチから投げナイフを取り出す。
「ふっ」
15メートルほどある鐘楼のてっぺん付近の出っ張りに投げナイフが届こうかというところで、俺はナイフに施してあった魔法を発動した。
「『縛縄』!」
ナイフから5ミリほどの細さの魔力のワイヤーが複数飛び出して、鐘楼に絡み付く。そしてその内の1本が俺の腕に巻き付いた。
「よっと」
魔力のワイヤーを手繰りつつ、俺は鐘楼の外壁を登っていく。30秒ほどかけて俺は鐘楼のてっぺんの釣鐘のある場所に辿り着いた。
「『リリー、見えるか?』」
覚えたばかりの『望遠視』を発動して町を見回しつつ、俺はリリーに『通信』を繋ぐ。数秒ほどタイムラグがあった後、リリーから返事があった。
「『……みえるわ! ハルくん、来てくれたのね!』」
「『当たり前だろ、リリーを助けるためなら俺はどこへだって行くさ』」
歯が浮くような台詞だが、これもリリーを安心させるためだ。恥ずかしさを覚えつつ、俺は鐘の周りを移動していく。た
「『どう?』」
「『まだすこしあるわ』」
「『これは?』」
「『あとちょっと』」
「『正面に来た?』」
「『きた! そこがしょうめんよ。そこからけっこうはなれてるとこにいるわ。見える!?』」
俺は『望遠視』を全力で発動しながら、ある程度離れている建物を一軒一軒確認していく。この方法なら、いつかリリーと目が合う筈だ。
「『…………いた! リリー!』」
「『ハルくん!』」
リリーを見つけた。ここから300メートルほど離れた大きめの民家のような建物の敷地内に建つ、小さな倉庫のような建物の、鉄格子の嵌められた窓からリリーがこちらを見ているのが見えた。
「鉄格子……、許さんぞ……」
敷地内にはパッと見た感じ見張りの人間はいないが、本館と思しき建物の中からは煌々と明かりが漏れている。公爵家の娘を誘拐して得られる身代金を皮算用してパーティでもしているのだろうか。いずれにしろ、それが最後の晩餐となるのだ。
鐘楼のてっぺんから一気に飛び降り、足から衝撃波を放って軟着陸した俺は、見張りをしていたメイの元へと駆け寄ってリリーを見つけたことを伝える。
「メイ、リリーを見つけた。急いで行こう」
「わかったであります。ちゃんとわたしも力になりますよ」
そう言ってメイは鞄の中から開発したばかりの魔導衝撃銃を取り出した。リボルバータイプの衝撃銃。弾数36発の白兵戦兵器だ。
「これでものかげからふていのやからどもをバン! であります」
「……頼もしいな」
正直、メイを奪還作戦に参加させるつもりはなかったのだが……。これだけの武装を扱えるなら、大の男を相手にしても問題はないだろう。基本的にメイには戦いに近寄らせず、遠くから狙撃してもらう形にすれば安全な筈だ。
「行こう」
「ええ」
場所がわかった以上はもう隠れる必要もない。俺はメイと一緒に夜の町を全速力で駆け出した。
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