第44話 救出作戦

「いいか、メイ。まずはリリーの救出が最優先だ。犯罪者どもの処理はその後でいい」

「わかったであります」


 リリーの囚われている犯罪組織のアジトにやってきた俺達は、物陰に隠れて作戦を練っていた。


「手順としてはこうだ。まず俺がリリーを助け出すから、メイはリリーを連れて安全なところまで逃げてくれ。怪しい奴がいたら衝撃銃で反撃だ。一応、殺さない方が情報を引き出せるから良いけど、殺してしまっても構わない。公爵令嬢を誘拐した奴らだ。どのみち不敬罪で死刑だしな」

「魔導しょうげき銃が火を吹くであります」

「くれぐれも関係ない一般人や家屋に被害は出さないでくれよ。まあ夜中だからその辺は比較的安心だけどね」

「そこはまかせてほしいであります。命中せいどはばっちりです」

「素晴らしいね」


 リリーを助け出したら、まず確実に気付かれるだろう。だから、反撃される前に一気に一網打尽にしてしまうのだ。


「……それじゃあ作戦開始だ」

「りょうかいであります!」


 俺とメイは物陰から飛び出し、アジトの門へと駆けて行く。退屈そうにしていた門番がこちらに気付き、誰何してくる。


「お前ら、何者ぐぎゃッ……」

「騒がれちゃ堪らんしな」


 すれ違いざまに衝撃波を叩き込み、一瞬で門番を気絶させる。あまりに早く倒したので、アジトの中の奴らには気付かれてはいない筈だ。


「一応、待ち伏せされていたら大変だからな……」


 俺だけならまだしも、ここにはメイもいる。リリーを助け出すまでは隠密行動は必須だ。


「『ソナー』、『盗聴』」


 二つの魔法を駆使して伏兵の存在を探る。この世界にはソナー破りの『ステルス』や『無音』の魔法を使える人間もいるからだ。ソナー破りとは、言ってみればステルス戦闘機みたいな仕組みで自分の存在を相手に探知させない魔法だ。相手の発した探知の魔力波を吸収したり、あるいは丸っきり見当違いの方向に跳ね返すことで存在を隠蔽する。『無音』も同じく、自分の周りの空気の流れを遮断して、音が伝わらないようにする。

 この二つの魔法は、暗殺者のような存在には必須と言われていた。


「……けど、そんな高等な魔法が使える奴はそうそういるもんじゃないしな」


 Cランク無属性魔法の『ソナー』とは違い、『ステルス』はAランクの無属性魔法。『無音』もBランク無属性魔法だ。両方が使えるような高い技術を持った暗殺者は、わざわざ体制に楯突くようなことをしなくても、真っ当な軍などの組織に破格の待遇で雇ってもらえる。こんな盗賊紛いの仕事などする必要が無かった。


「……よし、反応は無いな」


 敷地内に伏兵が存在しないことを確認した俺は、門を開けてリリーの囚われている倉庫型の牢獄へと駆けつける。


「リリー、助けに来たよ」

「ハルくんっ……!」


 鉄格子の向こう側からリリーが涙目で見てくる。


「もう大丈夫だよ。それより、危ないから扉から離れてて」

「わかったわ」


 リリーが扉から離れたことを確認すると、俺は衝撃波を放って扉を突き破る。

 ドガアァァンッ、と大きな音を立てて扉は内側に吹き飛んだ。


「リリー!」

「ハルくん!」


 中からリリーが飛び出してきて、俺に抱き着く。どうやら鎖で繋がれたりはしていないようだ。


「とりあえず急いで安全なところまで逃げよう」

「う、うん」


 異変を察知したのか、隣の建物の中が俄かに騒がしくなった。まだ誰も外に出てきていない今の内が逃げ出すチャンスだ。


「こっちであります!」


 メイが遠くの曲がり角で手を振っている。そこまで走っていくと、メイはリリーの手を握って言った。


「いろいろ思うことはあると思いますが、いまはだまって付いてきてくれるとたすかるんであります」


 そう言えば、リリーとメイはお互いを敵視していたな。だがこんな状況ではそんなことも言ってられまい。


「わたしたちはさきほどの社院にむかうであります。あそこなら町ぜんたいが見わたせるので、そげきにさいてきなんであります」

「なるほど、考えたな」


 高さのある鐘楼からなら、敵を遠くから狙撃できる。下から登ろうにも、階段を封鎖してしまえば敵は近寄ってこれない。長期戦には向かないだろうが、敵を殲滅したらすぐに俺が駆けつけるので、その辺の心配も要らない。


「どうやって登るの? 階段は施錠されていたと思うけど」

「これであります」


 そう言ってメイが取り出したのは一つの鍵だった。


「マスターキーであります」

「なんでさっき出さなかったの!?」


 言ってくれればわざわざ外壁をよじ登るなんて野蛮な真似をせずに済んだのに。


「わたしが言い出すよりはやくハルどのがのぼっていったんであります……」


 それを言われると言い返せない。というか、普通、6歳児はマスターキーを持っていない。予想できる筈もない。


「アッ、メイは普通じゃなかった……」


 そうこうしている内に、アジトの方から大声が聞こえてきた。どうやら気付かれてしまったようだ。


「行くであります」

「え、う、うん」


 メイは有無を言わさず、リリーを引っ張って行く。


「その、ごめんなさい」

「何がでありますか?」

「あなたのこと、どろぼうねこだなんて言って」

「そんなこと気にしなくていいであります。さ、いそがないとまたつかまってしまうでありますよ」

「……ありがとう」


 どうやらわだかまりは解消されたようだ。


「リリー、護衛とか従者の人は?」

「さっきの牢屋のとなりのたてものにいるわ。ハルくん、あの、できたらあの人たちもたすけてあげてほしいの」

「わかった。ちゃんと彼らも助けるよ」


 助けてやれば、その分リリーを守る層が厚くなるからな。


「さてと、じゃあ俺は思い上がった奴らに制裁を加えてやるとするかな……」

「ぎっちょんぎっちょんにしてやるであります!」

「ハルくん」

「何?」

「……おねがいね」

「任せろ」


 俺は二人が無事に社院の方へと向かっていったのを見届けると、犯罪組織のアジトへと足を進める。今夜は血祭だ。誰一人逃がさない。

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