第45話 風斬りのフェリックス
「ぎゃあっ」
「ぐああああっ」
「お、お前、何者だ!」
大の男どもが悲鳴を上げて転がり回る。吹き飛ばされて気絶した者、骨折してうずくまっている者、怖気づいて後退る者。誰一人立ち向かおうとしてくる奴らはいない。
「この程度で公爵家を敵に回したのか。閣下も大変だな、有象無象に大切な愛娘を攫われて」
だが、どうも腑に落ちない。公爵家の護衛は優秀だ。CからBランクの戦士が何人も護衛についていたし、Aランクも一人いた筈。いくら数の違いがあるからといって、この程度の雑魚に後れを取るとは到底思えないのだが。
「……これが護衛達の囚われてる牢屋か」
見ると、扉のところに南京錠がかかっていたので、極小の衝撃波を放って錠を破壊する。
「公爵家の護衛はいるか!?」
「……どちら様でしょうか?」
今度は鎖で繋がれていた、騎士のような恰好をした者達の中の一人が代表して訊ねてくる。
「リリーの許嫁のエーベルハルト・カールハインツ・フォン・フレンスブルク・ファーレンハイトだ。リリーから連絡を受けて急ぎ助けに来た」
暗闇で顔が見えなかったようなので、『点灯』の魔法で牢屋内を照らしてやると、彼らは俺の顔を見て驚いたように言った。
「エーベルハルト様!?」
「驚くのは後だ。動けるか?」
彼らの鎖を破壊して回る。
「とても助かりました。ありがとうございます。お嬢様は?」
「もう既に保護した。今は俺の連れが社院の鐘楼に連れて行って立て籠もっているところだ。俺は敵を倒す。お前達の内、何人かは彼女達の護衛に向かってほしい」
「かしこまりました。おい、ジェイド、トニー、アラン。お前達はお嬢様の護衛に向かえ。メイド組もだ。テリー、ロジャー、アルフレッド。お前達は私とともに不届き者どもの殲滅と拿捕だ。サシャ、お前は町の警邏隊に話を通して兵を出させろ。公爵家の家紋を見せるんだ」
「「「「はい」」」」
流石は優秀な公爵家の護衛騎士。一度は失態を犯したが、解放されればすぐに立ち直って迅速に対応している。
「エーベルハルト様はいかがなさいますか?」
「決まってるだろう、奴らの殲滅だ」
そう返すと、護衛隊長は俯きながら告げてくる。
「敵の中には一人、我らでは手に負えない者がいます。そいつに勝てなくて、今回は不覚を取ってしまった。……そいつには充分お気をつけ下さい。敵はバスタードソードを装備した、冒険者崩れのような様相です。おそらく、A+ランクはあるかと」
A+ランク。強さで言えば、オヤジよりも一つ下で、今の俺とトントンくらいだろうか。少なくともAランクのこの護衛隊長に加えて複数の護衛騎士を打ち倒しているくらいの強さはあるのだ。
「……オイオイ、俺が目を離してる隙になんだァ? この様はよォ」
「フェリックスッ……! 貴様が休んでいるからカペッ」
「うるせェ奴……。んで、お前ら何で逃げてんの?」
アジトの奥から出てきたのは、今、護衛隊長が話したような冒険者崩れのような風体の、長いバスタードソードを肩に担いだ30代くらいの男。身長は180センチくらいの中肉中背よりやや大きめくらいの体格で、髪はそこまで長くもないが短くもない。
何より、そいつの特徴は残忍な目付きだ。今も、文句を言った仲間の男を一瞬で斬り殺したにも関わらず、何事も無かったかのように振る舞っている様子は不気味としか言いようがない。
「エーベルハルト様……、あいつです。あいつに我々は翻弄されました……!」
「おっ、何だ、俺に負けたカスが逃げようってか? そいつは困るぜ、俺の雇い主に怒られちまうよ」
「雇い主?」
「私ですよ、小さき紳士殿」
「……お前は」
中から出てきたもう一人の男。それは、数日前にファーレンハイト家にやって来て、オヤジと面会をしていたあの胡散臭そうな商人風の男だった。
「最近、どこもかしこも奴隷の規制を強めてばっかりでね。もう商売上がったりですよ」
「奴隷は高く売れるのになァ」
「仕方がないから貴族相手に人質ビジネスでも始めようかと思い立った矢先に、公爵令嬢の来訪です。これはもう天が私に味方をしていると言っても過言ではないでしょう?」
胡散臭い商人風の男は、傍らに立つフェリックスと呼ばれた男の肩を叩く。
「幸いにして、こうして高名な用心棒である風斬りのフェリックスとも新たにご縁を持てたことですし、これは公爵令嬢と辺境伯家嫡男を一度に手に入れられる良いチャンスですかね?」
俺はとても気分が良かった。敵が止むに止まれない理由でもあってリリーを誘拐しているのだとしたら、俺もやりにくいと思っていたからだ。だが、蓋を開けてみれば清々しいまでに人間の屑であった。これならば、俺がやり過ぎることを気にする必要はない。
「エーベルハルト様」
「あんた達は下がっていてくれ。巻き込まれたくないだろ」
「……かしこまりました。ご武運を。……おい、私達は取り巻きどもの確保だ。邪魔にならないように急げ!」
「「はっ!」」
急いで飛んできたせいで、魔力は残り半分ほどしか残っていないが、不思議とまるで負ける気がしない。
「風斬りのフェリックスね。聞いたことねえや」
「あぁ? A+ランク冒険者の俺を知らねえだと?」
「生憎と身近にもっと凄いのがいるんでな」
「ガキが……。甘やかされて育ってるからそういう考えになるんだな? いいぜ、ちょっとばかし遊んでやるよ。保育料は高いけどな!」
「
「テメェ!」
「はは、子供相手にマジになってみっともないぞ」
両者の間に張り詰めた空気が流れる。一触即発の中、俺達は少しずつ間合いを詰めていく。
護衛の一人が後退って、ジャリ、と音を立てた。その音が合図になり、俺達は弾かれたように飛び出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます