第42話 婚約者の危機

2020/5/8 第35話〜38話を大幅加筆、改稿しました。こちらを読む前にそちらから読んでいただけると幸いです。

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「――『ハルくん! たすけて!!!』」

「っ!!」


 夜中にリリーの声が聞こえて、俺は飛び起きた。ここは俺の部屋だ。俺はベッドで眠っていて、隣にリリーはいない。


「『――ハルくん!』」

「リリー?」


 間違いない。夢ではない。リリーが俺を呼んでいる。

 俺は急いでサファイアのブレスレットに魔力を流し、リリーの通信魔道具へと回線を繋いだ。


「『(――もしもし、リリー。聞こえるか?)』」


 もしかしたら何か危険な目に遭っているかもしれない。他の人間に聞こえないよう、こっそりと小声で俺はリリーに話し掛ける。


「『ああっ、ハルくん! よかった、つながった!』」

「『どうしたんだ、リリー。こんな夜中に。まさか事件か』」


 リリーが普通の声で話しているため、俺も声を潜めることなく普通の声で返す。


「『いま、盗賊につかまっているの。でも今はみはりがいないからだいじょうぶ』」

「『盗賊!? 大丈夫なの!』」

「『ごえいの騎士も生きてるからだいじょうぶ。かれらの目的は私のみのしろ金みたい』」

「『わかった。すぐに助けに行く。場所はどこかわかる?』」

「『まだ公爵領にははいってないとおもうの。今いるのはそこそこおおきな町だわ』」

「『……いつから捕まってる?』」

「『おととい……。でも特に痛いことはされてないわ』」


 一昨日ということは、ハイトブルクを出てから2日後に襲撃を受けていたようだ。2日間も無事だったことを考えると、どうやら最低限の待遇は受けていたらしいが。


「『犯人の特徴はわかる?』」

「『うーん……、けっこう数がいるからわからないわ。でも、盗賊のわりにかっこうはきたならしくないわ。まるでマフィアみたい』」

「『マフィアか。わかった。何かあったらすぐに連絡して。小声なら多分バレないから』」

「『うん。……あの、ハルくん』」

「『何だい?』」

「『こわいよ』」

「『……安心して。俺が必ず助けるから』」


 一旦通信を切った俺は、急いで部屋を飛び出し、無属性魔法『点灯』で周囲を照らしつつ書斎の中を探し回る。


「あった」


 手に取ったのはファーレンハイト辺境伯領を中心に描いた、周辺地域の地図だ。この世界の技術水準では地図は機密情報なので、こうして書斎の奥に閉まってあるのだ。

 俺はリリーの言っていた条件に当てはまる町を探していく。

 公爵領手前の比較的大きな町。ここから移動にだいたい2日かかる位置にある町……。


「……これだ。カナードの町」


 カナードの町。領都ハイトブルクからおよそ150キロ南西の位置にある、人口1万ほどの中規模の町。これ以外には小さな集落はいくつかあるが、大きな町は存在しない。


「待ってろよ、リリー。必ず助けてやるからな」


 俺は地図を手に取り、書斎を飛び出す。そのままオヤジと母ちゃんの部屋へ向かって、両親を叩き起こした。


「エーベルハルト? どうした、こんな夜中に」

「リリーがピンチだ。僕は今からカナードの町に行く」

「カナードの町? リリーちゃんがピンチとはどういうことだ」

「詳しいことは後で言うから。できたら今すぐ領兵か警邏隊の部隊をカナードに送って欲しい。それじゃ」

「おい、エーベルハルト、どういうことだ」

「リリーがマフィアに攫われた!」

「何!?」


 それだけ言い残して、俺は両親の寝室を飛び出す。腰に革のポーチを巻き、地図も持った。俺は屋敷を出て、夜のハイトブルクの街へと駆け出した。



     ✳︎



「『メイ、起きてるか!?』」


 6歳女児が草木も眠る丑三つ時に起きている筈もないとは思うが、一応起きている可能性に賭けて俺はメイに通信を送る。するとしばらく経った後に、メイから返事があった。


「『ンン……、どうしたでありますか……、こんな夜中に……』」


 どうやら眠っていたところを起こしてしまったようだ。


「『緊急事態だ。メイの力を貸して欲しい』」

「『きんきゅうじたいでありますか?』」

「『ああ。今からそっちに行く』」

「『……わかったであります。じゅんびしてまっていますね』」

「『助かる』」


 真夜中に連絡しても怒られないどころか、事情を聞かずに協力までしてくれる。持つべきものは友である。





「それで、きんきゅうじたいとは」


 アーレンダール工房に着くと、工房の前にメイは立って待っていた。短時間で身だしなみを整えたようだ。


「今からカナードの町に行きたい。長距離を移動するのに便利な魔道具はある?」


 カナードの町は150キロほど離れている。徒歩で行くよりは圧倒的に早いが、どれだけ急いでも俺の全力疾走では3時間ほどかかってしまう。しかも3時間も走ってしまえば俺はヘトヘトだ。リリーの救出どころではない。

 そこでメイの出番だ。メイならば、何かしら移動に適した魔道具を趣味の一環で開発しているかもしれないと俺は思ったのだ。


「いどうでありますか……。いちおう、あるにはありますが」

「おお! それなら」

「ただ、燃費がおそろしくわるいんであります」

「……一応、見せてくれ」

「こっちです」


 そう言ってメイが見せてくれたのは、まるで翼の生えた巡航ミサイルに座席とバイクのハンドルを付け足したかのような巨大な物体だった。


「『M-1号』であります」

「……これは?」


 だいたいどんなものかは予想が付くが、まさかと思って俺はメイに詳細を訊ねる。


「いぜん、ハルどのがみせてくれた紙ヒコーキとやらを参考にして作ったであります。ハルどののしょうげき魔法をすいしん力にして空をとぶ、次世代いどう用魔どうぐであります」

「科学技術パラダイムシフト!!!!」


 もしかしてメイは現代地球人科学者の生まれ変わりなんじゃないだろうか? 前俺が作った紙飛行機を見てジェット飛行機を作るなど、鍛治工作の神でも憑いているのではないか。


「『M-1号』は空をとぶのに、さいていでもCランクの魔石3つはひつようであります。それでも数分とべばいい方であります」

「それはおそろしく燃費が悪いな」


 メイの魔力3人分で数分飛んでお終い。しかもそれだとあんまりスピードは出ないらしい。


「なのでじつ用化はむずかしいとおもいます」

「大丈夫だ。そのために俺がいる」


 俺の魔力量なら、半分も消費せずに150キロの距離を移動できる筈だ。スピードも走るよりは圧倒的に速いだろうし、やはりメイに協力を求めて正解だった。


「ありがとう。実はリリーがマフィアに攫われてピンチなんだ。だから今から助けに行く」

「こんやく者どのでありますか……」


 それを聞いたメイは複雑そうだ。だが、何か考えると顔を上げて俺に言った。


「ちょっとまっていてください」


 工房に戻って何やら持ってくるメイ。背中にはリュックを抱えている。


「わたしも連れていってください」

「メイ?」

「ハルどののこんやく者になにかあれば、ハルどのは悲しくなるでしょう。それはよくないであります」

「メイ……」

「わたしなら、かならずお力になれるとおもうんであります」


 それはそうだ。現時点で移動手段を借りるのに、大いに助かっている。


「わかった。ありがとう、メイ」

「友だちだからあたりまえであります」


 思わず涙ぐんでしまったが、恥ずかしいので前を向いて誤魔化す。


「さて、まち中ではこれはとばせないので、まずはまちの外へとむかうであります」

「そうだな。俺が持つよ。……ふんぬっ!」


 俺は『身体強化』で筋力を上げ、「M-1号」を抱え上げる。なかなか重いが、持てないほどではない。

 そのまま俺とメイは夜の街を進む。城門は閉まっていたが、衛兵が立っていたのでファーレンハイト家の家紋を見せて城門を開けさせる。


「お気を付けて下さい」

「オヤジにも伝えておいてくれ」

「かしこまりました」


 事情を説明したら納得してくれたので、この衛兵は臨機応変な対応のできる優秀な人材なのだろう。


「さて、衝撃エンジン、スタートであります」


 そう言ってメイはスターターを起動してエンジンをかける。

 コォォォ……という音の後に、大きな音がして一気にエンジンが始動する。


 ギュオォオオオ…………


「なかなか力強いだな」

「りろん上は時そく300キロくらいであるであります」


 時速300キロって、新幹線とほぼ同じスピードじゃないか。まったく、この世界の技術水準の中でオーパーツも甚だしいアーティファクトである。


「ふつうは魔力が保たないであります。ハルどのだからできる力技であります」


 この世界には魔法があるからな。魔法でゴリ押しできるのは良いことだ。


「さあ、乗るであります」

「俺が運転すんの?」

「そうじゅう者から魔力をほきゅうするシステムなので」


 どうやら俺は無免許でジェット飛行機を飛ばさなければいけないらしい。


「ぶっつけ本番であります。まあハルどのならたぶん、だいじょうぶであります」

「多分て」


 だが、ここでやらなければリリーが危ないのだ。やらないという選択肢は無い。


「行くぞ」

「はい」


 俺は「M-1号」に跨り、後ろにメイを乗せてエンジンを吹かす。ギュオオオン、と小気味よい重低音が夜のカムラス平原に響き渡る。

 ゴオォォォ……と音を立てて、「M-1号」が加速していく。加速と同時に機体に風が吹き付けるが、風防が良い働きをして俺達には影響が出ないようになっている。


「いい設計だな」

「ほめられちゃったであります」


 メイならその内旅客機でも開発してしまうかもしれない。流石に俺の魔力でも旅客機は動かさないと思うので、その辺の技術的課題は彼女に丸投げすることになるだろうが。


 やがて時速が150キロを超えようかというあたりで、ついに機体が離陸した。この世界に生まれ変わってから、人生初の飛行である。


「飛んだ!!!!」

「じっけん成功であります!」

「は!?」

「有人ひこうはこれが初めてであります!」

「何て奴だ貴様! やはりお前はマッドサイエンティストだ!!」


 どうやら俺だけでなく、メイも空を飛ぶのは初めてだったようだ。この世界に飛行魔法があるのかは知らないが、魔道具で空を飛ぶ行為自体は多分これが史上初なのではなかろうか。

 人間、必要に駆られれば何でもするとは言うが、まさか6歳児が空を飛ぶことになろうとは、多分この世界の誰もが想像していなかったに違いない。


「――待ってろよ、リリー」


 既に高度は100メートルほど。「M-1号」は俺の魔力をグビグビ吸ってどんどん加速する。スピードも200キロは出ているだろう。ハイトブルクの街がみるみる小さくなっていく。


「道あんないはまかせるであります」


 俺の後ろでは地図を手にしたメイが地形を参考にしながら方向の修正をしてくれる。これなら上手くいけば1時間しないでカナードの町に到着できる筈だ。

 ――待ってろよ、リリー。必ず助けてやるからな。

 ――――待ってろよ、犯罪組織め。貴様らは全員、一人残らず殲滅してやるからな。

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