第41話 誘拐未遂事件の動向
2020/5/8 第35話〜38話を大幅加筆、改稿しました。こちらを読む前にそちらから読んでいただけると幸いです。
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回復魔法を習得してから数日後。あの後無事に『望遠視』や『盗聴』などの複数の新技を習得した俺は、新しい【衝撃】を用いた必殺技の開発に取り組んでいた。
現時点で俺の戦闘力はかなり高い筈だ。使える属性は無属性だけだが(本来使えないとおかしい筈の属性魔法には、何故かまったく適性が無かったのだ。いくら【継続は力なり】とは言えど、元から無いモノを伸ばすことはできない。)、いくつもの無属性魔法や北将武神流、【衝撃】、回復魔法の使える俺の総合戦闘力は既にA+ランクに近いだろう。少なくともAは確実にあると言っていい。
Aランクの魔法士や冒険者は、皇国にもそこまで多くない。Aランクともなれば、地方の冒険者ギルドでは単騎で主力扱いだし、皇国軍であればエリート部隊である三大師団でだって第一線級の活躍ができるだろう。通常部隊なら中隊長以上はまず間違いないし、例え俺が平民だったとしても、一生生活には困らない筈だ。
だが、世の中は何があるかわからない。例えば俺はオヤジには未だに勝てそうもない。オヤジこと北将カールハインツはかつて、Sランクの凄腕戦士「戦鬼」として恐れられていた。結婚して俺が生まれた現在でも、その名声は皇国中に轟いている。
そんなオヤジでも、実は皇国最強ではないらしい。何でも、噂でしか聞いたことがないが、皇国には何百年とかいう長い年月を生きる仙人がいるらしい。今は隠居してどこかの山奥だか森の奥だかで隠遁生活を送っているようだが、万が一皇国に危機が訪れれば、皇帝の要請に応じて出陣する契約になっているそうだ。
まるで守り神みたいな存在だな、とは思わなくもないが、仙人と言うくらいだし、半分神様みたいなものと捉えても問題ないだろう。何百年も生きるなんて人間には無理だし、人外に片足突っ込んでるのだからあながち的外れでもなさそうだ。
現状、確認されている中で俺より強い人間は皇国軍に所属していたり、あるいは俺の親だったりと、基本的に善の性質を持つ者ばかりで、俺が彼らに危害を加えられる可能性は高くはない。だが、俺が知らないだけで俺よりも強い悪人は当然いるだろうし、そんな奴らと俺が敵対しないだなんて保証はどこにもない。ならばまだ見ぬ敵に対抗できるよう、できるだけ早くもっと強くならなければならないのだ。俺は将来の北将を継ぐ者。遊び呆けてなどいられないのだ。
✳︎
「この前の誘拐犯だが、どうやら犯人が捕まったようだ」
「へえ! それはよかった」
昼食の席で角牛の異国風ソテーを味わっていると、既に食べ終えて食後のストレートティーを飲んでいたオヤジがそんなことを言う。
「エーベルハルトの要請で警邏隊が初期対応を迅速に取れたことが大きい。上の決定が無いと組織というものは簡単には動けないのが常だからな」
どうやら、俺が警邏隊に迷子を連れて行き、その時に身分を明かした上で対応を急ぐよう指示したことが功を奏したようだった。
「巡回の強化や街の出入り審査厳格化はありふれた対策にも思えるが、コストがかかるから警邏隊本部の決定だけでは簡単に実行できない。対策にかかる予算の増加を議会や領主に認可してもらわなければならないからな。その点、お前は子供とは言え次期領主だ。お前の命令に従ってやったことは、お前が責任を取ることになる。だから審議や認可を待つことなく迅速に対策に取り組めた」
平時には不正の横行や権力の暴走を防ぐために規則でガッチガチのシステムは効果的だが、何か事件が起こってしまえばトップダウンの方が早くて的確と言うこともある、ということだろう。まあ、そのトップが誤った判断を下してしまえば全てが水泡と帰すことになる訳で、一概にトップダウンが良いとも言えないのだが。今回はたまたま俺の判断が正しかったという訳だ。
「捕まった犯人は冒険者崩れの犯罪組織の下っ端だったよ。そいつ自身は使い捨ての駒に過ぎなかったが、そいつと繋がっていた奴が組織の幹部の一人でな。そこから芋づる式に色んなことが発覚して、あえなくその組織のハイトブルク支部は壊滅したという訳だ」
「そうなんだ。なら良いことをしたね」
「ただ、そこのトップには逃げられてしまったようでな。今は周辺の領主に急ぎ親書を送っているところだが、間に合うかはわからんな」
犯罪組織というのは厄介だ。トップさえ生き残っていれば下っ端のチンピラなんて貧困層や荒くれ者を使って幾らでも補充は利くし、法や慣習なんて守るどころかガン無視してこちらを翻弄してくるので、叩いても叩いてもまたどこからか湧いてくるのが常だった。
まあ真っ当に商売するよりも遥かに楽に金を稼げるのだから、倫理観の無い人間は何の躊躇いもなく犯罪に手を染めるだろう。なので、それらを取り締まる領主側からすれば、犯罪組織に圧力をかけて締め上げることで、相対的に真っ当に商売する方を楽にしてやるしかない。仕方なく犯罪者落ちした人間もいる以上、生き辛い世の中に何とも世知辛い話だが、政治とはそういうものだ。時には少数の悪を切り捨てる非情な選択も必要なのだ。
この世界はまだまだ発展途上にある。地球の先進国のように豊かではない。限られたリソースを無駄にすることなく、社会全体の構造に手を加えていかなければならない。
「リリーは無事に家に戻れたかな」
数日前にハイトブルクを出発したリリーは、そろそろ実家のあるベルンシュタットに到着する頃だ。
「距離的にベルンシュタットまではまだ2日ほどかかるだろうな。まあ、公爵家の優秀な護衛も付いているし、犯罪組織程度には遅れは取らんだろう。犯罪組織も公爵家を敵に回したくはない筈だからな」
いずれ体制側である公爵家からは潰される運命だろうが、公爵家に手を出さなければ積極的には潰されはしない。無駄な延命行動にも思えるが、そうして延命している内に犯罪稼業から足を洗って真っ当な職に就ければ逃げた者勝ちということなのだろう。
「なら安心か」
通信魔道具のペンダントも渡してあるし、無事にベルンシュタットに着いたら連絡も来るだろう。心配は無用と思い直して、俺は自分の部屋へと戻った。
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