第90話 第二の魔人
「と、特魔師団だと!?」
俺達の正体を聞かされた小太りの商人が声を震わせて叫ぶ。流石にこれだけの大捕物を目の前で見せつけられて、信じないほど彼も愚鈍ではなかったようだ。腐っても商人。ここで対抗しても利にならないことを悟ったのだろう……こいつは。
残念なことに、それを理解しない者が約一名、この場に存在した。
「オイ! 何だよこれはッ」
例の悪徳商人三人組の内の一人、ヤンキーっぽい兄ちゃんだ。まあ若い内は自信過剰になるもんだからな。溢れ出る怒りの衝動を理性で抑えることができなかったのだろう。その拳は怒りでワナワナと震えていた。
「お前ら、金を受け取ったじゃねえか!」
「お金?」
……ああ、あの賄賂のことか。受け取ったのがオイレンベルク准将だったから、すっかり忘れていた。そういえば汚いお金の遣り取りを目撃していたんだった。
「確かに受け取りましたね」
「だったら何でこんなことすんだよ! 金もらったんならてめぇらも共犯じゃねえのかよ!」
「はて、何のことでしょうか」
「ジジイ! とぼけてんじゃねぇぞ!」
「おかしいですね。私は『口止め料』とだけ言われて渡されたのであって、逮捕するなとは言われていませんよ」
「は……はぁ!?」
いや、確かにヤンキーっぽい兄ちゃんの言う通りだと思う。普通に考えて、賄賂を受け取った奴の台詞じゃない。オイレンベルク准将……。
「確かに他言するなとは言われましたがね。ただ、それを言われたのは私だけです。私の部下には適用されませんね」
「はぁぁぁぁ!?」
そもそも悪いことやるのがいけないのだが、なんだかヤンキーの兄ちゃんが可哀想になってきたな。オイレンベルク准将、こうやって舌戦を繰り広げている間にも何かを探っているっぽいし。
「……っ、しまった」
准将が舌打ちをした次の瞬間、悪徳商人三人組の最後の一人、痩身の無口な男が幼い女の子を引っ張って俺達の前に現れた。
「手を引け。さもなければこいつを殺す」
女の子の顔は恐怖で引き攣っている。服装はかなり貧相なので、おそらく町の外から強引に連れてこられたのだろう。
「……人質ですか。汚いですね」
「あんたが言うのか」
こうしている間にも女の子の首元に突きつけられたナイフが少しずつ肌を切り裂いていく。
「…………わかりました。ではシュタインフェルト曹長」
「――了解」
――――パシッ……!
『
「ッ……………………」
悲鳴を上げることなく、一瞬だけ硬直した痩身の男が仰向けに倒れていく。と同時に俺は一気に飛び出して、女の子を抱きかかえて救出した。
「ミゲル!」
ヤンキーの兄ちゃんが痩身の男――ミゲルと言うらしい――の名を呼ぶが、もう遅い。卑劣な行いをしたそいつは既に死んでいた。
「き、貴様らァァぐがッッ!!」
激昂したヤンキーが何をするかわからなかったので、『衝撃弾』を一発放って即座に黙らせる。数メートルほど吹っ飛び、建物の壁に突っ込んだヤンキーはピクリとも動かなくなった。
「……まだ生きてるな」
若くてガタイも良いからか、死んではいないようだ。ただ、もう二度とまともに歩けはしないだろう。
女の子を救出した俺はオイレンベルク准将の元に戻り、女の子を地面に下ろしてあげた。
「立てる?」
「うん」
まだ緊張が続いているのか、女の子の表情は硬い。早くこいつらを捕まえて安心させてあげないとな。
「……さて、まだやりますか? 大人しくお縄になった方が気が楽かと思いますが」
表には出さないものの、何かを探している様子のオイレンベルク准将が最後に残った中年太りの悪徳商人に向かって降伏勧告を行う。商人は赤くなったり青くなったり真っ白になったりした後、遂に観念したのか崩れ落ちるようにしてその場に座り込んだ。
「もう好きにしろ……」
「ではお言葉に甘えて……確保!」
准将が腰の鞄から細い拘束用の特殊なロープ(ワイヤーの方が近いかもしれない)を取り出して、商人と、ついでにまだ固まったままだった代官を縛り上げる。続いて准将は俺を振り向いて言った。
「嫌な視線を感じる。まだ潜伏している敵がいると思います」
「嫌な視線……。それって」
「ええ、魔人かと」
ここでも魔人か!
まったく、嫌な事件には必ず魔人が絡んでいるのかもしれない。
「俺は探知魔法が使えますから、魔人を探してきます。あの特徴的で歪な気配ならすぐに見つかるでしょう」
「気を付けて下さいね」
俺は『アクティブ・ソナー』を使用して魔人の気配を探る。准将が視線を感じる程度の距離であれば、そこまで遠くにはいないだろう。それに魔人というくらいだから、この町の役人とも繋がりがあってもおかしくはない。
「……見つけた!」
魔人と思しき気配はすぐに見つかった。場所は町の中心に建つ役場。その中の一室に、人間と二人でいるようだ。
「あっ!」
俺に気付かれたことに気付いたのか、魔人が同じ部屋にいた人間を手に掛けたようだ。二つあった反応の内、魔人ではない方の反応が消える。
「殺しやがった……」
証拠隠滅だろう。急がないと魔人の方にも逃げられてしまう。
「どけぇええ!」
警備をしていた用心棒達を蹴っ飛ばして俺は役場に飛び込む。廊下を走り階段を飛ばして魔人のいる部屋まで駆けつける。
見えた! あの扉だ。あの部屋の中に魔人がいる!
しかし目的の部屋まであと数メートルというところで、急激に部屋の中の魔力反応が膨れ上がった。
ものすごい魔力の波動を感じる。魔人に特有の歪な魔力が波打ち、うねり、周囲へと撒き散らされる。
次の瞬間、その反応が忽然と消えた。
「…………!!」
大慌てで感知魔法を使用するが、『アクティブ・ソナー』および『パッシブ・ソナー』の感知範囲にはいない。
今の今まで魔人の反応があった扉を開けると、中には血の海に沈む役人と思しき死体だけが転がっており、魔人の姿は影も形もなかった。
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