第89話 3人 vs 500人

 人口一万の――――城壁内の人口だけなら千人程度であろう町にしては規格外の威容を誇るカサンドラの城壁。その城壁内部へと、俺達は足を踏み入れる。


「(随分と新しいな)」


 通常、城壁というものは長い年月を掛けて築かれるものだ。何度も改築や増強を重ねてはいるものの、ハイトブルクの城壁は一番古い部分で500年以上の歴史を持つし、皇都の城壁に至っては建国当時からのものが一部に現存している。建国時といえば1500年も前だ。日本を例に挙げると、聖徳太子の時代よりも昔といえば分かりやすいだろうか。

 とにかく計り知れないほどの悠久の歴史を刻みつつ、街とともに歴史を歩んできた史跡。それが一般的な城壁なのだ。


 しかしカサンドラの町の城壁はとにかく真新しい。まるでここ数年で建設されたかのごとく、白い石材が太陽の光を浴びて輝いていた。


「……叛逆でも起こすつもりなのかな?」


 皇国の辺境ならともかく、田舎とはいえ立地的には皇国の中心部に近い位置で城塞都市を建設したところで、四方を囲まれて兵糧攻めにあって終わりだと思うのだが。


「……馬鹿の考えることはわからんな」

「同感」


 いずれにしろ、彼らの野望はここで潰えるのだ。動機についてとやかく考える必要など無いだろう。



     ✳︎



 城壁の中に入ると、それまでの貧しい町並みとは一変して上品で新しい町並みに変化した。歩いている人間も、武装こそしているものの、壁の外の人間とは比べものにならないほど立派な服装に身を包んでいる。贅沢な日々を送っているせいか、ややだらしない体型の人間すら目立つほどだ。

 一目で壁の中と外の格差が見て取れる、露骨なまでに対照的な光景。まったくもって理解しがたい。


「――いや、なるほど。敢えてそうしてるのか」

「ベルハルト君、鋭いですね」

「どういうこと?」


 ベルハルト(偽名)が呟いた台詞を即座にオイレンベルク准将が拾い、続いて理解できていないイリスが疑問符を浮かべて首を傾げる。


「アイリス(偽名)。こうやって壁の中と外で明確な格差を設けることで、壁の中の連中を優遇するんだよ。そうすると壁の中の連中は選民意識に目覚める訳だ。その結果、既得権益の維持のために自然と壁の外の弾圧に積極的に協力するようになる。悪代官は何もせずとも一気に数百人規模の私兵を獲得できるって算段だ」

「……何それ、酷い」

「そう思うよな。……でも悪代官は人間って生き物をよくわかってるよ。人間、たとえ質的には同じくらいの豊かさだったとしても、初めから持たない分には我慢できても、一度与えられたものを後から奪われることは我慢できないからな」

「……公国連邦のやり口そっくりですねぇ」


 ハイラント皇国の仮想敵国こと、隣国の公国連邦。国名こそ連邦を謳っているが、実態としては中央の一国による独裁国家だった。


「まあ、規模はそれの数千分の一ですけどね」


 公国連邦の国力はハイラント皇国に匹敵するとも言われている。こんなド田舎の弱小領地など、比べるのも烏滸がましいというものだ。


「それはさておき、…………参りましたね。これはちょっと皇国軍を援軍に呼ぶ訳にはいかなくなりましたよ」


 オイレンベルク准将が非常に苦い虫を何匹も噛み潰したような顔で呟いた。


 距離はやや離れているが、少し先では悪徳商人達が悪代官一味と怪しげな商取引を行なっている。本来なら商人ギルド内で皇国法に則って公正に行われるべき取引だが、彼らがいるのは商業ギルドとは全く関係のない建物だ。

 そして俺達の周囲には規格がバラバラの武器を持ち、「自警団」と書かれた腕章を腕に付けた特権階級と思われる代官の私兵達――壁の中の住人だ――が遠巻きに待機していて、部外者である俺達の一挙手一投足を監視している。幸いにして彼我の間に若干の距離があるため会話は聞かれていないが、怪しい素振りを見せたら即攻撃、とでも言わんばかりの扱いだった。


「このまま放置すれば状況はさらに悪化するでしょう。かといって援軍を呼ぼうにも、これだけの人数の支持基盤と鉄壁の城壁を兼ね備えていて、さらに大量に兵糧を抱え込んでいると予想される敵を撃破することは非常に難しいと判断せざるを得ません」


 准将が勿体ぶって話を仕掛けてくる。なんだか嫌な予感がしてきたナー……。


「長期戦になればなるほど、罪の無い領民が苦しむだけでしょうね。軍の派遣を察知した代官側の勢力に食糧を全て徴発されてしまうでしょうから」


 あー、これはもしかしなくてもその流れですか。


「加えて、万が一にでも領民……特に女性や子供などの抵抗手段を持たない存在を人質に取られてしまえば、いくら皇国軍たりとて手出しができなくなります」


 俺とイリスは顔を見合わせ、覚悟を決める。


「――――まだ人質が取られていない段階で事態を好転させられるのは、我々しかいなさそうですね。という訳でハルト少尉、シュタインフェルト曹長」


 オイレンベルク准将が俺達を偽名で呼ぶのをやめた。そのことが意味するのはつまり。


「やっておしまいなさい、ハルさん、イリスさん!」


 ……どこかで聞いたことがあるような(もちろん偶然だが)台詞をオイレンベルク准将が叫んだ。どうやら、もういい加減に我慢しなくても良いらしいかった。


「「イエッサー!!」」


 許可が下りたので、俺は即座に『纏衣』を展開。同時に致命傷を与えない程度に威力を抑えた『絶対領域キリング・ゾーン』を放ち、周囲にいた「自警団」の面々を一網打尽にする。


「「「「ぎゃあああああっ」」」」


 不意を突かれた悪人どもが次々と地に臥せっていく。

 隣を見ると、『光学迷彩ステルス』モードになったイリスも『熱線光束レーザービーム』で悪人達(主に下半身)を次々と貫いていた。


「なっ、何事だ!?」


 今更になって表の騒ぎに気が付いた代官達が建物から出てくるが、それで何か状況が変わる訳でもなかった。

 特権階級として領民を農奴のごとく扱い、自堕落な生活を貪っていた奴らだ。当然、訓練などしている訳もなく、彼らは咄嗟の出来事に全く対応できていなかった。


 次々と「自警団」とやらが倒れていく。


「……きっ、気持ちイイ〜〜! やっぱ特魔師団員たるもの、『圧倒的火力で制圧』あるのみだよねぇええーーーー!!」

「ハルト、悪役みたい」

「う、うるせっ」


 ここ一週間近く溜まり続けたストレスが一気に解消していくのを感じる。まるで悪役みたいな台詞と表情になってしまっている自覚は充分にあるが、それも仕方ないんじゃないかな! と、自分に言い訳をする。何せ、いくら任務のためとはいえ悪事を見逃し、あまつさえ加担すらさせられかけていたのだ。善良なる貴族を自覚している俺としては堪ったものではなかった。


「……ハルト少尉は、どこか団長やジークフリート大尉に似ている節がありますね」

「えっ!?」


 なんだかたいへん失礼なことをオイレンベルク准将が言っている気がしたが、気のせいだろうか? 今は戦闘中だから気が散るからあまり気にしたくはないのだが……。


「まあ、特魔師団にも潜入調査組と強襲制圧組がありますからね。ハルト少尉は強襲制圧組ですね」


 気のせいじゃなかった!!

 あと今は奇襲が効いてこちら側が優勢とはいえ、そこそこ激しい戦闘の筈なのに准将はまったく息を乱した様子がない。むしろ冷静に俺の評価をしているくらいだ。

 初〜中級魔法の火球をポンポンと撃ち出して巧い具合に敵を翻弄している。


「あ、相手はたったの三人だ! それも女子供にジジイだぞ! 数で押し込め!! 町にある自警団全員で押し潰せッッ!!」


 代官が発破をかけて、そこらを歩いていた自警団の連中を俺達に嗾ける。非常事態を告げるように中央の鐘楼の鐘がガランガランと鳴らされ、何事かと武器を持った自警団の連中が次から次へと家から飛び出してくる。


 流石に町全体が敵だと随分と多いな。ある程度の年齢の男しか戦闘には出てこないとはいえ、そもそもが支配に都合の良いように作られた町だ。住民の割合的にも戦闘が得意な現役世代の男が多い。


 ただ、それでも所詮、奴らは碌に訓練を積んでいない連中でしかなかった。俺達、皇国でも選りすぐりの魔法士である特魔師団員を相手にするには実力が足りなかったようだ。


 時間にして十数分程度だろうか。数百人以上――おそらく500人ほどはいた自警団の面々は、一人残らず地に臥していた。死人は一人もいないが、満足に立って歩けそうな奴も一人もいない。皆苦痛に呻いているか、気絶しているかだ。


「き、貴様ら……、何者なんだ」


 ここに来るまでに俺達が護衛……もとい利用していた商人達が恐ろしいものを見る目で訊ねてくる。隣にいる代官っぽい奴はビビって声を出せないようだ。


「――あんたらの悪事もこれまでだよ。俺達は特魔師団だ」


 キマった――――。


 決め台詞を言う正義のヒーローってのはこんな気持ちなのかと思いながら、俺は代官達に向かって宣言したのだった。


 

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