第88話 ストレスの溜まる商人!
「遅い! 貴様らが新しく担当になった護衛だな? まったく、仕事を何だと思ってるんだ」
「うわ……早速これかぁ」
次の日の早朝。集合予定時刻よりも30分以上早く向かった俺達を罵倒してきたのは、小太り気味で性格の悪そうな中年の商人だった。他にはもう二人、同じく性格の悪そうな痩身の男と、半グレっぽい見た目の柄の悪い兄ちゃんがいた。
「はー、怠い。つかてめーら護衛を待つ間にも給料発生してんだけど、どういうつもりだよ?」
柄の悪い兄ちゃんが耳をボリボリ掻きながら絡んできた。間違いなくガタイはここにいる全員の中で一番良いので、威圧感が半端ない。……まあ、威圧感だけしか凄くないのだが。筋肉の付き方や歩き方から予想するに、戦力に関しては大したことなさそうだ。多分、近距離戦でもイリスに勝てないだろう。見掛け倒しとはまさにこのことだ。
「つか、何? ジジイとガキ二人が護衛とか、金の無駄だろ。ったく上は何考えてんだ。だから商業ギルドは無能なんだよ」
「私達は魔法が使えますから。これでもDランクはあるんですよ」
オイレンベルク准将が気の弱そうな初老の冒険者っぽくヤンキー男に話し掛けている。その様子はまさにうだつの上がらない年老いた冒険者そのものだ。……これだから准将は底が知れない。プロフェッショナル過ぎる。舞台俳優ならぬ部隊俳優だ。
「おい、さっさと行くぞ。そんな奴ら、いざとなれば肉の壁にでもしてしまえばいいんだ」
「うぃっスー。……あー、お前らは歩きだから」
そう言って悪徳商人達は馬車に乗り込んでしまった。唯一口を開かなかった痩身の男はどうやら御者のようだ。俺達の方を一瞥すらすることなく、馬車を進めてしまう。
「……ストレスが溜まる」
「な、殴りてぇ〜……」
「二人とも、辛抱ですよ。これも任務です」
正直、オイレンベルク准将がいなかったら殴り倒していた可能性が高い。こういう任務は苦手だなぁ……と、俺達若手コンビは顔を見合わせて溜息をつくのだった。
✳︎
「おい貴様ら、飯を用意しろ!」
「はぁ? 自分で用意し「少し待ってくださいね」ろや……、ベルクさん?」
つい
「任務です」
「…………はい」
「(……もちろん意趣返しはしますよ。食事のメニューでね)」
腹に据えかねていたのは、どうやら准将も一緒だったようだ。少しだけ気が楽になった俺だった。
「こ、こんなもの食えるか!」
十数分後。彼らの食卓に上がったのは謎の干からびた肉と潰れた黒パンであった。飲み物はあまり美味しくないただの水。オイレンベルク准将の意趣返しがかなりキマっていた。
「こんなものでも食べないと倒れてしまいますよ」
「貴様ら……前の護衛はもっとマシなものを作っていたぞ!」
「そんなことを申されましても、私達はあくまで護衛が任務なのです。料理など得意ではありません」
「……っ、クソ!」
俺達の食卓にも同じものが並んでいる。俺達も同じものを食べている以上、これ以上のものは期待できないと踏んだのだろう。商人達は渋々引き下がって、馬車の中に引っ込んでしまった。
「……上手くいきましたね」
「ええ」
「美味しい」
イリスが干からびた肉にかぶりついている。……これは別にイリスが貧しい舌を持っているという訳ではなく、本当に俺達は美味しいものを食べているからだった。
「彼らに出したものと見た目は似ていますが、中身はまるで別物です。軍の保存食ナメちゃいけませんよ」
准将の言う通り、俺達の分の干し肉と乾パンはとても美味しくできていた。少しでも行軍中に美味いものを食べれるように、という輜重科の努力の結晶である。ちなみに奴らに出したのはその辺の露店で売っていた駆け出し冒険者向けの安肉だ。
「これで次から彼らは自分達で食事を用意するでしょう。我々との接点も更に減ります」
「助かった」
「本当だな」
今の俺達はあくまで中級冒険者。なるべくボロを出さないようにするためにも、極限まで奴らとの接点を減らす必要があった。
✳︎
そんなこんなでたいへんストレスフルな一週間の行程が過ぎ、俺達はようやくカサンドラ領へと到着していた。
関所までは残り数キロほど。ここに来るまでに何度か魔物との戦闘があったが、いずれも初級の魔法や安物の剣を使って討伐して、Dランク以上Cランク未満程度の実力に見えるようにセーブしておいた。おかげで奴らからの評価もかなり低い位置を推移しており、見事に俺達は正体を隠すことに成功していた。
「こういう経験もなかなか大事なんですよ」
「ええ……。力だけじゃいけないことがよく分かりました……」
「わたしは演劇みたいで楽しくなってきた」
まったく、イリスは自由な奴だ。だがそれが彼女の魅力でもある。俺もできる限り自由でありたいものだ。
「さて、ここからどう転ぶでしょうね」
「無難に賄賂を渡されて終わりじゃないですか?」
「そうなるといいんですが」
オイレンベルク准将の返事はあまり芳しくない。「どうも何かある気がしてならない」といった表情で、准将は関所の方を眺めている。まるで彼の長年の勘が怪しいと告げているようだった。
✳︎
「おい、お前ら」
「何でしょうか?」
「これを受け取れ」
「……これは?」
「口止め料だ」
そう言って小太りの中年商人が手渡してきたのは、数枚の金貨。一般的なDランク冒険者からしてみれば、かなりの価値の金額だった。
「口止め料とは……」
「いいから黙ってもらっておけ。その代わりこれから見ることは他言するんじゃないぞ」
「Dランク冒険者なら、これくらいの金を渡しておけば言うことを聞いて当然」とでも言いたげな態度で素っ気なく返してくる商人。准将もまた違和感を抱かせないよう、それっぽい態度でその金を受け取っていた。
「なるほど、ではありがたくいただくとしましょう……」
役者だなぁ……と思いながら、それを見守る俺とイリス。汚い遣り取りがそこでは行われていた。
関所を抜けると、集落が見えてきた。集落の周りには麦畑が広がっていて、領民と思しき人達が鍬を持って耕している。彼らの服装は揃ってボロボロで、まるで昔テレビの中世特番で見た農奴のようであった。
「皆、痩せてる」
イリスが領民を見て呟く。子供から老人まで等しく駆り出されているらしく、皆随分と貧相な体格だった。
「これは黒で確定ですね……」
オイレンベルク准将が辺りの麦畑を見ながら言う。麦畑にはたくさんの麦が元気に育っており、とてもではないが領民があそこまで痩せ細るほど貧しい土地とは思えなかった。
「むしろわたしの実家の辺りよりも麦の育ちが良い」
麦を見ながらイリスが言う。確かに収穫量はかなり多そうだ。
「一体、どれだけ搾取されてんだろうな」
「皇国の租税法では四公六民が基準とされています。特別な事情があればその限りではないですが、ここカサンドラ領はその基準が適用されるべき土地です」
これだけの麦が立派に育っていて六割が領民の手元に残るなら、領民達の生活はかなり豊かになる筈だ。少なくともあれだけ痩せ細ることはまずありえない。
「……いつ仕掛けるんですか?」
「基本方針としては、こちらからは仕掛けない予定です。私達が正体を現すとしたら、向こうに正体がバレた時だけですね」
中央の密命を受けて調査している俺達の調査結果さえあれば、わざわざ危険を犯して現行犯で逮捕しなくとも軍の動員が可能だ。このまま上手くいけば俺達が手を出す必要は無い。
やがて商隊が城壁のあるカサンドラの町へと到着した。町を取り囲む城壁は、領内人口の割にはかなり立派だ。――――それこそ、ある程度の規模の魔物や軍の侵攻にも耐えられそうな造りだった。
「ふむ、町の規模と城壁の堅牢さが比例していませんね」
商人達に聞かれないよう、小声でオイレンベルク准将が呟く。
「……これは、方針を転換する必要があるかもしれませんね」
准将の言葉は、かなりの重みを持って俺とイリスの肩にのしかかるのだった。
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