第87話 調査任務

 次の日。休暇を楽しんだ俺とイリスは、特魔師団の駐屯地にやってきていた。昨日と一昨日の夜はあれだけはしゃいだが、本日からは平常運転だ。


「やや、新たな英雄・皇国騎士君がやってきたぞ!」

「ジェット、おはよう。昨日は休暇を取らせてくれてありがとね」

「なに、俺も昔騎士爵の叙勲を受けた日は休暇をもらって祝ってもらったものだ。これも他の師団に比べて叙勲者の多い三大師団の伝統のようなものだ。気にすることはない」

「そうなんだ」


 なかなかに粋な計らいだな。特魔師団は普通の軍隊のイメージとは全然違って色々と新鮮だ。


「とはいえ今日からはしっかりと働いてもらうからな! 差し当たって、諸君ら第201分隊には早速新しい任務に就いてもらう」

「どんな任務?」

「とある領地の極秘調査だ。詳細はオイレンベルク准将から話がある」


 ちょうどジェットがそう言ったタイミングでオイレンベルク准将が部屋に入ってきた。准将はいつもの特魔師団の制服ではなく、その辺にいそうな冒険者のような格好をしていた。


「オイレンベルクさん? どうしたんですか、その格好」

「やあ、おはようございます。ハルト少尉、シュタインフェルト曹長。これには今回の任務が関係してましてね」


 好々爺然とした表情でそう言う准将。ちなみに今、准将は俺のことを「少尉」と呼んでいたが、俺はこの前の皇国騎士への叙任を以って少尉に昇進していた。着任早々に二階級特進なんて、随分とラッキーな話である。


「今回の任務は、皇家直轄領内のカサンドラ領での現地調査です。どうやらそこの代官が違法な統治をしている疑惑があるという情報が上がってきていましてね。今回我々は、カサンドラに向かう商隊の護衛に扮して現地に潜入することになりました」

「違法な統治、ねぇ」

「何でも、カサンドラ領と取引のある商隊を除いて全く人の出入りが無いそうです。いくら僻地にあるとはいえ、通常であれば出稼ぎに出ていた領民や冒険者などの行き来が多少はある筈なんですがね……」

「ははあん、確かに何か臭いますね」

「そこまで極端な引き籠もり体質の領地なんて聞いたことがないぞ。あのエルフ族自治区ですらもう少し人の出入りがある」


 ジェットがそんなことを言ってきた。どうやら予想以上に摩訶不思議な状態になっているようだ。


「エルフより少ないのか! そりゃあびっくりだな。領民全員、世捨て人か何かなのかな?」

「……新手の宗教だったりして」


 イリスがなかなかブラックユーモアの効いたことを言う。エルフ族やドワーフ族など、人間以外の種族も多く暮らす皇国では極端な皇族批判さえしなければ基本的には信教の自由が認められているから、実はそういうことも全く考えられない話ではなかった。

 とはいえ皇国の建国神話は古くから伝わる民間信仰を基に、あくまで実際にあったとされる史実を神格化したものだから、皇国に住む人間なら種族を問わず大抵の国民が信仰しているのが実態だ。国民の九割以上が信仰していると言っても過言ではないだろう。それだけ建国の立役者である初代勇者の威光は大きいということだ。


「まあ十中八九、厳しく人の出入りを取り締まってるんでしょうね。領内の悪評を吹聴されたくはないでしょうから」

「悪政に苦しむ領民にとっては、領地という大きな牢獄である訳だ」


 続けてオイレンベルク准将は言う。


「特に怪しいのが、これだけ不透明な領地経営をしているというのに、商業ギルドの帳簿の上では全く取引の額に変化が出ていないんですよ。中央に提出された租税報告書でも、表面上は全く問題の無い領地なんです。だから気付くのが遅れてしまった」

「なかなか遣り手ですね」

「ええ。ですからそこで我々特魔師団の出番という訳です」

「商業ギルドは何も言ってこなかったんですか?」


 自分達の身内が違法な統治に加担していた可能性があるのだ。普通なら揉み消しに躍起になると思うのだが。


「そこは何としてでも中央に悪印象を抱かれたくなかったんでしょうね。積極的に協力を申し出てきましたよ。身から出た錆でギルドの地位を落としたくなかったのか、自分達の組織には自浄作用があると言わんばかりでした」

「なるほど、だから俺達を護衛に押し込めたのか」

「そういうことです」


 聞けば、商隊は冒険者を雇うことはなく、専属の護衛と契約を結んでいたらしい。これもできるだけ不正な取引の場を世間の目に触れさせたくなかったからだろう。本来の護衛は現在、商業ギルド内で拘束&尋問中そうだ。


「容疑者筆頭格の商隊はどうなんですか?」

「そこは敢えて泳がすそうです。あくまで不正取引の場を現行犯逮捕したいというのが中央の方針です」

「なるほど」


 まあ入念に調べて証拠を突きつけるよりも、現行犯逮捕の方が楽だからな。だからこそ少数でも実力行使の可能な特魔師団に白羽の矢が立ったと考えられる。


「目的地となるカサンドラ領は皇都から北に向かって約400キロ。皇家直轄領の北の端ですね。主要街道から外れているので、元から随分と人の出入り自体は少ないです。それでも人口は領地全体で一万人ほどはいるので、最悪の場合を考えておいてください」

「「了解」」


 ここで言う最悪の場合とは、要するに全面抗争に発展するという可能性だ。住民が一万人いれば、それを統治するだけでも数百人から千人近い兵力が必要となる。重税を課してしっかり兵力を整えているとすれば、かなり厄介な敵になることは間違いなかった。


「取り敢えず、できるだけ下準備をしてから向かうとしましょう。住民が飢えていたり怪我をしている可能性もありますし、回復ポーションや食糧などの物資をかき集めなければなりません。予算は師団からかなりの額が下りますから、輜重しちょう科に掛け合って用意してもらいましょう」


 そこまで聞いて、ジェットが最終的な指示を下す。


「出発は明日の早朝だ。今夜は駐屯地で過ごしてもらって、明日の朝に全員で集合場所の北門に向かってもらう。格好は中級程度の冒険者に見えるものをこちらで用意したから、それに着替えて行ってくれ。物資はハルト少尉のインベントリに入れて、商人に気付かれないようカモフラージュ用の鞄も用意しておくこと。何か質問は?」

「俺は無いよ」

「私も大丈夫」

「では早速、行動を開始せよ」

「「「了解」」」


 任務を受領した俺達は、さっそく駐屯地内にある輜重科の施設へと向かうことにした。

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