第182話 帰還

 自称「革命軍」こと反乱軍が蜂起してから数時間後。あれだけ多くいた農民兵達は、夜空を貫かんばかりの閃光を目にして恐れをなしたのか、蜘蛛の子を散らすように各々の村へと逃げ帰り、レーゲン子爵領に残っているのは元から住んでいた住人と少数の反乱軍の幹部のみとなっていた。元からいた住人は反乱に協力していたというよりはさせられていた感じだった(どうも人質を取られていたようだ)ので、人質を解放して乱鎮圧後の統治に協力してもらうことにした。

 既に空には朝日が昇っていて、辺りは随分と明るい。大軍のいなくなったレーゲン子爵領は閑散としていて、長閑のどかな田舎町だった。


「流石は特魔師団としか言いようがない戦果ですね」

「そりゃどうも。憲兵隊はこれからが本番だろう? 頑張ってくれよ」

「ええ。冷や飯食らいの汚名は戦後統治で返上させていただきましょう」


 そう言うのはもうすっかり憲兵隊長としての仕事が板についてきたテールマン中尉。派遣されてきた憲兵中隊を率いる彼の腕の見せ所である。


「本来ならば三〇〇〇の兵を鎮圧する筈だったんですが、ファーレンハイト卿率いる戦術魔法小隊の皆様方が蹴散らしてくださったおかげで、私達、初期派遣組だけで戦後統治ができそうなのが救いですね」


 拘束されている反乱軍幹部の数はそこまで多くない。加えて、自分達が魔人に協力していたという事実を知って随分とショックを受けたらしく、彼らのほとんどが大人しくしている。一部騒がしい捕虜もいたにはいたらしいが、どこぞの不敬発言で一家ごと没落した坊ちゃんのようにゴリゴリの不敬罪発言をかましまくったせいで、憲兵達に猿轡さるぐつわを噛まされた上で全身をグルグルに縛られて牢に転がされていた。「むぐーっ!」と顔を真っ赤にしながらこちらを睨んで叫ぶ姿はなんだか憐れだったが、まあ皇国に盾突いた以上は見逃してやることもできない。甘んじて罪を償ってもらおう。


「テールマン中尉殿! 食糧倉庫の中身はほとんど手付かずでした。これで領民に食事を振る舞えます」

「おお! よく見つけてくれました。早速炊き出しの準備をしてください」

「はっ」


 人質を取られ、無理やり協力させられていた領民達は、自分達が食べていくための穀物すら徴収される始末であったらしい。そんなことをしたら領民の理解も得られず、余計統治に苦労すると思うのだが……。非人道的というか何というか、あまりに行き当たりばったりすぎる杜撰な計画なので反乱軍陣営の組織力を疑わざるをえない。黒幕たる魔人側としては別に人間がどうなろうが知ったこっちゃないんだろうが、仮にも人間の幹部ならそこんところはしっかり管理しとけよ! ……と自然に思ってしまうあたり、俺も指揮官としての振る舞いが板についてきたのだろうか。


「とりあえず私達は、皇都から憲兵連隊が派遣されてくるまでの間、魔人への手掛かりとなる証拠を洗っておくとしましょうか」

「そうだな。俺も当事者だし、少しくらいは手伝うよ」


 駅伝制のように中継所を介して通信魔法をリレーすることで、早馬よりもずっと速く皇都中央に連絡は届いている。こちらの状況を把握した中央は、調査と統治を兼ねた憲兵連隊を派遣することに決めたようだ。当初の計画では早急に反乱を鎮圧するために師団規模の大軍を寄越すつもりであったらしいから、随分と規模が縮小して中央もほっと一息ついている……と、中央所属のテールマン中尉は誇らしげに言っていた。


「これもファーレンハイト卿のおかげです。おこぼれにあずかって私の評価も上がりますし、少佐殿には足を向けて眠れませんよ」

「じゃあその分しっかりと調査にあたってくれよー」

「それはもちろんです」


 今回の事件は、捉えようによってはこれまで以上に魔人の秘密に迫るまたとない機会だ。特に、三年前に初めて発覚したという事実。グラーフの存在は、その裏付けとなる貴重な資料なのだ。魔人発生のメカニズムと、その目的を調査し、皇国、ひいては世界の危機へといかに立ち向かうか。その最前線に今、俺達はいるのだ。


「責任重大ですね」

「ああ。まったくだよ」


 のんびりとした国境の景色とは裏腹に、なんとも言えない重苦しい課題が俺達の心に伸し掛かっていた。


     ✳︎


「あー、エーベルハルト少佐よ。此度こたびの一件、実に大した働きであった。……というかお前、魔人と友達なのかと疑いたくなるくらいに遭遇率が高いな。どうなってるんだ?」

「俺に訊かれても困るよ」


 数日後。皇都から派遣されてきた憲兵連隊とバトンタッチするようにテールマン中尉率いる憲兵中隊とともに皇都へと帰還した俺は、特魔師団皇都駐屯地にて団長たるジェット・ブレイブハート中将に詳細を報告していた。

 相変わらず憎めない態度でおぞましい冗談をぶちかましてくる奴だが、こんなのでも皇国最強と名高い三大師団が一角の長なのだから世の中は不思議だ。


「それにしても……第三世代とはどういった意味なのだろうな?」

「さあ。……文字通り三代目の魔人ってことなんじゃないの? 初代魔人の孫、みたいな」


 魔人グラーフが何度か口にしていた「第三世代」という言葉。「第二世代」や「第一世代」もいるという口振りだった。これが何を意味するのかはわからないが、まだまだ多くの魔人が潜んでいるということだけは確かだ。


「ふむ。ひょっとしたら当たらずとも遠からず、といったところかも知れんぞ」

「ン、どういうこと?」


 ジェットが薄らと剃り残しのある顎髭あごひげをジョリジョリと触りながら呟く。


「お前の父親、カールハインツが昔、魔人と戦ったという話は知っているだろう?」

「うん、まあ」


 古代魔法文明を滅ぼし、人類を暗黒時代に陥れた魔人の恐怖は根強い。今も情報統制はなされているものの、人の口には戸が立てられないのだ。抑えきれない情報の切れ端が噂として巷に飛び交っている。必然、魔人を倒した英雄であるオヤジにも再び注目が集まってきつつあった。


「これは前にも話したことだが、その時の魔人は明らかにここ最近の魔人よりも強かったそうだ。俺自身は昔の魔人をこの目で見てはいないが、カールハインツの証言と当時の被害を元に考えればそれは間違いない」

「うん」

「その強さの違いが、奴らの言うなのかもしれん」

「はぁん、なるほど……」

「まあ、あくまでこれは俺の予測にすぎんがな。ただ、中将会議に上げる必要はあるだろう」

「それは俺もそう思うよ」

「エーベルハルト。お前は、弱体化しているとはいえ、魔人を二体も倒した重要参考人だ。中将会議に参加する必要は無いが、詳細をまとめた報告書は上げてくれ」

「わかった」


 共有しておかなければならない件はまだいくつもある。

 例えば魔人の身体を構成する物質についての考察だ。皇都郊外に現れた最初の魔人は、俺が倒す時に全身を吹き飛ばしてしまったから魔石しか残らなかった。オヤジが倒したという魔人もまた同様に、倒された際には全身が魔力の粒子となって消えていったそうだ。だから魔人とは肉体を持たない超越的な謎の存在であり、ゆえに人間とは本質的に相容れないのだとかつての人々は考えた。

 しかし今回倒した第三世代の魔人ことグラーフは、死んだ後に僅かな土塊のようなものを残して消えていった。奴が元々は肉体を持つ人間だったことを踏まえると、魔人に変化した際に、肉体を構成する物質が魔力へと置き換わったのではないかと考えられるわけだ。

 俺は、これに似た性質を持つ存在に心当たりがある。リンちゃん――――始原竜エレメンタル・ドラゴンリンドヴルムのような神獣がそれだ。

 肉体を持つ動物としての側面と、魔力生命体である精霊としての側面の、二つの性質を併せ持つのが神獣である。これが禍々しい負の性質を帯びた魔力の場合だと、神獣ではなく魔物と呼ばれるわけで。


 ――――ひょっとすると、魔人とは人間が魔物化したものなのではないだろうか、と。確たる証拠は無いものの、漠然とそういう疑念を俺は抱いていた。






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