第117話 修行仲間2

「オレはオスカー・ダンゲルマイヤー。13歳。出身は皇都の隣にあるルイセン伯爵領さ。得意魔法は火属性と風属性。精霊魔法も使えるぜ。火炎魔法で敵を焼き払うのなら任せてくれよな。皆よろしく!」


 今度の奴はかなり軽そうな奴だな。13歳という割にはかなり背が高く、既に170センチはありそうだ。それでいてムキムキでこそないもののある程度の筋肉があってひょろ長い訳でもないんだから、身長がまだ150センチ程度しか無い俺としては実に羨ましい限りである。


「私はヘレーネ・アイレンベルク、歳は12だ。得意魔法は毒魔法と無属性魔法で、弓や短剣を使って敵を殺したり痺れさせたりすることができる。苦手なことはコミュニケーション。以上だ」


 今度のヘレーネさんは、何というか気が強そうな女の子だ。毒魔法なんて聞いたことがないから、きっと固有魔法なのだろう。自分のイメージする毒を使いこなせるとしたら相当暗殺とかで有利になれるし、きっと軍や王侯貴族からしたら欲しくてたまらない人材だろう。ちょっと怖いけど、味方でいる分には心強いからな。


「リーゼロッテ・フォン・フェルマーでございますわぁ。14歳、フェルマー男爵家の次女にございます。得意な魔法は幻覚魔法。催眠、魅了、暗示、錯乱、幻影、思考誘導……。搦め手でしたら基本何でもできましてよ。よろしくお願いいたしますねぇ」


 ……今度のリーゼロッテさんは、何というか怖そうな人だ。妖艶というか、蠱惑的というか……まだ14歳でこれか。将来が楽しみでもあり、恐ろしくもある。気が付いたら寝首を掻かれていた、なんてことにならないように気を付けよう。


「俺はヴェルナー・エンゲルハルト! 12歳だ。親父が宮廷魔法師団員で、俺も将来的に宮廷魔法師団に入りたいと思ってここに来た。得意魔法は雷属性! スピードなら誰にも負けねえ!」


 凄い。超元気な奴が来た。さっきの軽そうな奴オスカー・ダンゲルマイヤーとはまた別の意味でお調子者というか、まあ年齢相応かなという感じだ。雷魔法といえば『雷光』のジークフリート大尉が思い浮かぶが、彼とは関係ないのだろうか? 今度それとなく訊いてみよう。


「ぼくはハンス・ベルゲン。ぼくもヴェルナーと同じく父親が宮廷魔法師団員で、昔からぼく達は友達なんだ。得意魔法は固有魔法の『念動力テレキネシス』。水属性も使えるけど、そっちはあんまり得意じゃないんだ。だから水属性魔法で生み出した水塊を『念動力テレキネシス』で操って戦う感じかな。よろしくね」


 今度はハンス君。ヴェルナー君とほぼ同い年っぽい見た目だし、友達ということなのでまあ年は近いんだろう。それにしても『念動力テレキネシス』とはな。魔力の実体化を応用すれば似たようなことはできるが、それでは著しく効率が悪いし、決して乱発できる類のものではない。水はある程度の質量があればかなりの打撃力があるし、そう考えるとハンス君は落ち着いた雰囲気とは裏腹にかなり優秀な魔法士なのかも。


「エレオノーラ・フォン・フーバーよ! 12歳! 出身は東都エストヴィーゼ。フーバー辺境伯家の三女よ。得意な魔法は火と土! 苦手は水よ。……私はいずれ最強になるの。だからひとまずはこの中で一番になってやるわ!」


 随分と威勢のいい女の子が来たな。ただ、威勢の割には随分と小柄というか……。ゼロ年代〜10年代ラノベのピンク髪ヒロインズに通じるものがあるなぁ……。それにしてもフーバー家か。俺と同じ辺境伯家の人と会うのはこれが初めてだな。エレオノーラさん自身もかなりの実力を秘めていそうだし、これは「一番になる」というのもあながち大言壮語という訳ではなさそうだ。


「さて、最後じゃな」


 マリーさんが促して、最後の者の自己紹介が始まる。


「クリストフ・フォン・ブランシュ。12歳。ブランシュ伯爵家の長男だ。火・水・風・土の基本四属性全てと闇属性が使える。……俺はお前らと馴れ合うつもりはない。以上だ」


 ……と思ったら随分とあっさりした挨拶で終わってしまった。何というか機嫌が悪そうな奴だ。せっかく持ってるポテンシャルは高いのに、性格と言動のせいで周囲に溶け込めずに伸び悩んでしまう奴だ。中学ん時もこういう奴いたなーとか思いながら見ていると、マリーさんが「むむ」と唸って言った。


「クリストフよ。馴れ合うのと切磋琢磨するのは確かに違うが、今のはそういう意味で言ったのかえ?」


 するとクリストフはマリーさんの方を一瞥もすることなく答えた。


「違う。文字通り。俺は一人でも強くなれる。ここに来たのは親父が行けと煩かったのと、魔の森に興味があったからだ。別に修行ごっこをしに来た訳じゃない」


 ひ、捻くれてんなぁ〜! 何食ったらそんな性格ひん曲がっちまうんだ。お父さんも子育て大変だな。まあこういう性格に育ってしまうのにはちゃんと理由があるんだろうから、一概に親父さんを擁護することもできないが……。にしてもめんどくさそうな奴だ。あのマリーさんがちょっと絶句している。絶対に狼狽えることはないと思っていたけど、こんなマリーさん初めて見た。


「……クリストフよ。何がお主にそう思わせるのかは知らんが、せっかく四属性全てに適性があるのじゃ。同じく四属性を使える妾からたくさん魔法を学ぼうとは思わんのか?」

「本で読めばいいだろう」

「確かに『魔法大全』のように素晴らしい本も多いが、流石に本では限界があろう。そこのエーベルハルトなぞ全属性に適性がないのじゃぞ。それを思えばお主は随分と恵まれておるではないか。なのに勿体ないとは思わんのかえ?」


 うわ、こっちに流れ弾が飛んできたぞ。てかマリーさん、さりげなく俺のことディスるなよ。耳舐めるぞ。


「そんな無能と一緒にするな。俺には才能がある」

「なんだァ? てめぇ……」


 エーベルハルト、キレた!


 魔力を急速で練り上げて威圧しながらクリストフの野郎に近付こうとすると、マリーさんが俺に向き直って手を握りながら謝ってきた。


「いや、その、エーベルハルトよ。まじですまんの。こんなに性格捻くれとると思わなかったのじゃ。あとで特別に七色雉の焼き鳥してやるから許してたもれ」

「許す」


 美食の効果は絶大なり。俺の怒りはすっかり落ち着いた。俺の返事を聞いてほっとした様子のマリーさんのお耳がぴこぴこ動いているのを見て、さらに俺の気持ちは穏やかになっていく。


「それにしてものう……クリストフよ。お主は確かに才能があるようじゃが、経験と、経験に基づく素直に物を見る目が圧倒的に足りないようじゃ。一旦性根を叩き直してやらねばならんの」

「俺を上から評価するな。俺の価値は俺が決める」

「その心意気は素晴らしいがの。そういうことは実力が伴ってから言うことじゃ。……エーベルハルト」

「え〜! またこの展開かよ!」


 マリーさんに呼ばれて渋々前へと進み出る。


「なぜ無能が……」

「こいつ、◯していいかな……」

「ダメよハル君! やるなら決闘の場でないと!」


 すかさずリリーの制止が入る。流石は正妻(候補)。俺の次期ファーレンハイト家当主してのキャリアに傷が付かない道を即座に判断して教えてくれる。

 ちなみに決闘とは、面子を重んじる貴族が相手と白黒付けたい時に行われる、皇国で唯一合法に無実の人間を殺せる手段である。通常、犯罪者を相手にする時や正当防衛などの理由がない限り、皇国において殺人が認められることはない。

 しかしそこは命よりも面子の方が大切な貴族。かつて、時の皇帝陛下に迫ったそうだ。「陛下どいて! そいつ殺せない」と。流石の当時の皇帝陛下も自身の臣下達のあまりの必死さに、「双方に決闘の意志があり、かつ決闘を行う理由を宮廷に説明してそれが認可された場合のみ、決闘を許可する」というお触れを出すことになる。それから数百年以上の時が過ぎ、現在に至る訳だ。


「決闘などくだらん。そんなもの、騎士に憧れた連中のままごとに過ぎん」

「ハル君、そいつ殺そう!」

「よっしゃあ!」

「だめに決まっておろうが! 妾の家を事故物件にするつもりか!」


 そりゃ誰も自分んの目の前で人に死なれたくはないよなぁ。反省だ。


「しかしのう、クリストフよ。エーベルハルトはお主よりも強いぞ」

「……戯れ言を言うな」

「そう思うなら実際に戦ってみればよかろう。妾はお主の強さを大体予想できるが、エーベルハルトの方がもっと強いぞえ」


 まったく、マリーさんは人を煽るのが上手いな。クリストフはプライドが高いのだろう。そんなことを言われて黙っているとは思えなかった。


「……いいだろう。俺の力を見せてつけてやる。おい、お前」

「名前で呼んでくれない?」

「一分で倒してやる」

「俺の名前はエーベルハルトだよ」


 こうして会話が噛み合わないまま、俺達は戦うことになってしまった。俺としてもここまで馬鹿にされて水に流せるほどお人好しではないし、何よりこのままではこれからの修行の空気が悪くなってしまう。この空気を打開するには、俺がクリストフに勝って皆の気持ちを切り替えてやらねばならない。


 やれやれ系主人公の気持ちが少しだけ理解できた俺は、仕方なく、しかししっかりと戦意を高めて前に出る。さあ、合法的殺試合ショータイムといこうじゃないか。

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