第153話 試験当日の朝
「受験票は持ちましたか? ペンケースは忘れていませんか? インクは切れてないですか? 魔力は充分ですか?」
「大丈夫だって。アリスは心配性だなぁ」
「ハルさまの人生をも左右しかねない大事な試験なんですから、心配し過ぎてもし過ぎということはないです!」
「ハル殿はちょっとおっちょこちょいなところがありますからねぇ。案外、受験番号の書き間違えとかで落ちちゃったりするかもですよ」
「おいコラ、メイ。笑えないことを言うんじゃないよ」
部屋の中にいても底冷えするような冬の日の朝。俺はファーレンハイト家が皇都邸宅の居間にて、専属メイドのアリスによる度重なる持ち物チェックをされていた。
貴族らしく上品な、それでいて華美になり過ぎない大人しめの服に身を包んだ俺の周りをぐるぐると回って、少しでもおかしなところが無いかを確認しているアリス。彼女は、最近ではもうメイド長や執事長のヘンドリックによる最終チェックを受けることなく、彼女だけの力で俺の身の回りの世話をしている。
俺が皇都に来てから実に二年。彼女もまた随分と立派に成長していた。
マリーさんの元での修行を終えてから一年が経った。
あれから実家に戻ってまったりしたり、リリーと一緒に街中デートをしたり、メイと
ところで俺が勉強を教わることになった
元からかなりデキる片鱗を見せていた姉貴だが、特にここ数年の伸びは史上稀にみる伸び率であったそうだ。母ちゃん曰く「ハルくんがどんどん功績を挙げちゃうから、姉としての沽券に関わると思ったのかしらね〜。あの子、陰ではものすごく努力してたのよ〜!」らしい。
そんな彼女は、今では生徒会長なる偉大な役職に就いているそうだ。皇国政界への登竜門とも噂される文理学院の生徒会長ともなれば、将来は官僚か大臣か、はたまた博士かは知らないが、どこのポストでも軒並み選びたい放題に違いない。往年の駐日米大使もびっくりのキャリアウーマンになれそうだ。
と、まあそんなこんなで、今日は遂に皇立魔法学院の受験日という訳だ。俺の学力は数年ほど前から合格圏に達していて、現在ではとっくに安全圏であるし、魔法実技に関しては言うまでもない。
唯一のネックである属性魔法の行使だが、今年から急に試験内容が変更にでもなったりしていなければ、問題なく無属性魔法で試験はパスできる筈だ。あとは凡ミスで解答欄が全問一つずつズレたり、道に迷って試験に遅刻したりさえしなければ合格は固い。というかむしろ俺が合格できないなら、その試験に合格できる奴など皇国はおろか世界中を探してもほぼいないだろう。だから問題ない。俺は幸せな学院生活を送る未来を確約されているも同然なのだ!
ちなみに隣にいるメイこと、アーレンダール工房の研究開発部門のボスにして稀代の発明家メイル・アーレンダールだが、彼女もまた、俺と同じく魔法学院を受験する受験生である。とはいっても俺やリリー、イリスのように戦闘を意識した魔法の実技で受験する訳ではない。彼女が得意なのは工学魔法だ。
彼女は、一人で数百年は文明を先に進めたであろうパラダイムシフトの産物の数々のおかげで既に学院側から推薦を得ており、本日の入学試験では極論、名前さえ書けばあとはずっと寝て白紙で提出しても受かるには受かるのである。もちろんそんなことをしたら最下位での入学になるだろうし、何だかんだ真面目なメイはそんなことはしないだろうが、あくまで仮定の話だ。要するにメイが落ちることはありえない。
リリーに関しても、彼女は推薦こそ辞退したものの、ほぼ確実に合格を見込める実力を持っているので心配は要らない。むしろ俺とどちらが点数が上か、勝負しているくらいである。そんな彼女はベルンシュタイン公爵家の皇都邸宅からの通学となるので、現在はここにはいない。
「うう〜、不安です。もし何か間違いがあったらどうしましょう」
「大丈夫だよ。人格破綻者でも実力さえあれば入学に必要な推薦が貰えるなんて前例があるくらいなんだから」
言わずと知れた、
まあ四大学院を出ているか・いないか、で出世の幅がおそろしく変わってくるのだ。そりゃあ推薦を得ようと必死にもなるだろう。
まあ、俺やエレオノーラのような武威を誇りとしている名門武官貴族家出身の人間なんかは、敢えて推薦を蹴って実力で合格したりするのが慣例となっていることもあって、俺にとってはあまり関係のない話ではあるのだが。武官貴族でこそないが、同じく名門貴族家出身のリリーも推薦は辞退している。
だから俺だって学院側から推薦の声は掛かっていたのだ。俺はそれを蹴っただけである。嘘じゃないぞ!
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ! ハルさま、メイルさま、頑張ってください!」
「うん、とりあえず首席目指して頑張るよ」
同期の受験生にはリリーやメイ、エレオノーラのような才能溢れる若人達がいるから、首席を狙うのはかなり難しいだろうけど。まあ狙ってみるのも悪くはない。文理学院で首席の姉貴に負けるのも悔しいしな。
「じゃあメイ、行こうか」
「ええ。行くであります」
冬至は遥か昔に過ぎ去ったとはいえ、依然として春には遠い、真冬の早朝の透き通る青空の下、俺達は試験会場である皇立魔法学院へと出発するのであった。
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