第154話 魔法学院
「すんごい活気だな」
「伊達に人気校じゃないですね」
試験会場である魔法学院に到着した俺達は、続々と集まってくる受験生の群れを眺めながらのんびりと会話していた。
それにしても「人気校」なんてチャチな表現で済ませていいような学校でもないのだが、そこはまあメイに言っても仕方あるまい。マッドなサイエンティストたる彼女の感性は、常人とは少しズレた独特なものがあるのだ。学院だって「俺達と一緒に過ごせて、しかも研究に最適な環境まである」くらいにしか考えていないのだろう。それで皇国最難関の四大学院が一角、皇立魔法学院をほいほい受験しようとするんだから彼女は間違いなく大物だ。
「千人くらいはいるか?」
「もっといるんじゃないの?」
背後から声が聴こえてきたので振り返ってみると、そこには我が麗しの婚約者であるヘンリエッテ・リリー・フォン・ベルンシュタイン嬢がおわした。側にはいつぞやの護衛隊長さんを控えさせている。なんだか貴族の令嬢みたいだ。まあ実際、公爵家の長女なのだが。
「リリー!」
「おはよう。ハル君、メイル。昨日はよく眠れたかしら?」
ヒラリと白いスカートを広げてお辞儀するリリー。その様はいつものことながらとても様になっていて、彼女の美しさを特に際立たせていた。うーむ、リリーに見惚れた周りの連中の視線がブスブスと刺さるな。
「一昨日まで二日徹夜で作っていた新しい金属素材で武器を試作していたらいつの間にか寝落ちしてしまったようで、久々に13時間も寝てしまったであります!」
「俺は普通に8時間くらい……」
試験本番の直前に二徹で趣味にして生き甲斐の研究活動にのめり込んで、挙げ句の果てに13時間も寝るやつなんて広いこの世界を探してもメイ一人くらいしかいないだろうよ。少しは受験勉強の復習でもすれば良いのに。
「まあ試験問題は前にチラッと見た限りではそんな問題無さそうだったので、ケアレスミスにさえ気を付ければ大丈夫であります」
「その余裕が羨ましいよ」
俺も学院の入試問題レベルであれば、二年前と少し前に特魔師団に入る段階で合格ラインには達しているし、そういう意味では余裕はあるのだが、こと本番の学院の入学試験ともなると話がやや変わってくるのだ。
「まあ私達には面子があるから。本当、面倒な限りだわ」
「お貴族様って面倒でありますな」
と、まあリリーが言ってくれたように、俺達はただ合格するだけではいけない。貴族には面子というものがあるから、できるだけ優秀な成績で、可能であれば首席を狙うくらいの気持ちで取り組まなければならないのだ。まったくもって面倒である。
「という訳なのでリリーさんや。負けないからな」
「あら、私だって負けないんだから」
「私は気楽にいくであります」
この温度差が恨めしい。
まだ試験すら始まっていないというのにやや気疲れのようなものを感じていると、人だかりの向こう側――すなわち魔法学院の城のように立派な校舎の方から、一人の学院生がこちらに近付いてくるのが見えた。
身長は160センチ弱と、俺と同じくらい。体格はそこまで肉感的ではないが、特に痩せているというほどでもない、平均的なもの。髪は紫がかった青の、やや癖毛気味のボブカットで、目付きはやる気が無さそうなジト目風の半眼。
「イリス!」
「おはよう。皆、受験頑張って」
年齢的に俺達よりも一つ上のイリスは、既に去年受験を済ませて先輩として魔法学院に通っているのだ。入試こそ首席ではなかったらしいが、今では戦闘実技面における期待の星として教師や生徒達の注目の的らしい。学外にも公表される学院新聞に幾度となく取り上げられたこともあって、魔法学院を志望する受験生達からも憧れの目線を向けられているようだ。
「すごい人気者だな」
「あまり注目され過ぎても、常に人の目を意識しないといけないから疲れる。……でもこうして認められるのは悪い気分ではない」
「素直じゃないなぁ」
「む」
「……いひゃいんやが」
頬を左右から引っ張ってくるイリス。彼女がこうしたスキンシップのようなものを取ってくるのは、必ずしもゼロではないが、なかなか珍しいことだ。
「しばらく俺と会えなかったことが寂しかったのかな?」
頬を引っ張ってくる手を掴んで離し、そのまま手を握りながらそう伝えると、イリスは面白いくらいに
「はっ!? いや、別に、そんなんじゃないけど」
「うはは! テンパってるイリス、珍しい!」
「……!」
最近だいぶ表情が豊かになってきたイリス。感情表現が外に出にくいだけで、元から感情自体はけっこう豊かな子だったからな。学院で友人達に囲まれて表情筋が鍛えられてきたのだろう。
「まあ、試験頑張るよ。応援ありがとな」
「うん」
元からある程度の注目を集めていたリリーに、さらにイリスの存在までもが加わったおかげで周囲の受験生達の視線を独り占めする俺達。なるほど、貴族には面子が重要だというのも頷ける話であった。
✳︎
四大学院。それは皇都に存在する四つの国内最高峰の教育・研究機関の総称である。魔法学院・騎士学院・文理学院・神聖学院がその構成校であり、いずれも超難関・超エリートとして世間では一目どころか百目くらい置かれている存在だ。
そんな将来を約束されたも同然の超エリートになるためには、当然それに相応しいだけの難しい試験をくぐり抜けなければならない。
受験者全員の平均点が二割を切るような中で、五割以上の点を取らねば
試験科目としては、座学が教養科目と魔法科目の二つからなり、各50点で合計100点。実技が、基礎魔法・得意魔法・戦闘の各50点ずつの計150。あわせて250点中、125点がボーダーラインと言われている。王侯貴族だろうが寄付金を山積みしようが、基準に達していなければ容赦なく落とすと言われているこの試験。受験生泣かせの恐ろしい試験だ。
教養科目試験の構成科目は「史学・哲学・算術・幾何学」だ。魔法科目試験では「現代魔法理論・魔法文字学・魔方陣学」である。
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座学 100点(各50点)
→教養科目(史学・哲学・算術・幾何学)
→魔法科目(現代魔法理論・魔法文字学・魔法陣学)
実技 150点(各50点)
→戦闘(教官との戦い)
→得意魔法(属性問わず。実演)
→基礎魔法(発動速度・魔力量・魔力操作)
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「絶対、合格してやるぜ! もう受かる気しかしねぇ!! ほあああああああ〜〜〜〜っ!!」
落ちるかもしれない不安な時にはできないリラックス方法だ。これくらいしないと気負い過ぎてガチガチになってしまいかねないから、ある程度のおふざけは必要なのだ。
「お二人は魔法科ですね。私は魔法研究科ですから、戦闘の配点が低めなので助かります」
「その代わり得意魔法と座学の配点がやや高いんだろ。頑張れよ」
「座学と工学魔法なら誰にも負けないであります」
「実際、その通りだからメイルも大概凄いわよね……」
もうかれこれ8年近く鍛治・工学・錬金などの技術に触れ続けてきたメイだ。彼女の工学魔法は第一線で働く一流の職人の、さらに遥か先をゆく。
「総合点なら俺も負けないよ」
「私だって」
俺達は試験会場の大講義室に向かって、自分の席を探す。大講義室にはまだ満員ではないにも関わらず既に数百人の受験生が席に着いて必死に最後の復習に取り組んでおり、ザ・難関校と言わんばかりの光景が広がっていた。
「それじゃ、また後でな」
「うん」
「私は別の部屋でありますな」
メイは受験する学科が違うので、違う教室での受験になる。
「皆で合格しよう」
「「おーっ!」」
最後に気合を入れて、俺達は各自の席へと散っていったのだった。
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[後書き]
要望があったので、登場人物紹介を【魔法学院編】の最初部分に挿入しました。ご覧下さい。
見やすい、見にくい等あればコメント下さい。
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