第98話 ハイエルフのマリーさん

 一週間以上かけて魔の森を踏破し、ついに辿り着いた中心部に住んでいた『白魔女』さんは、なんと見目麗しい幼女様であった。見た目年齢は10歳に届かないくらいだろうか。のじゃロリ口調のため、実年齢は不明だった。


「ほええもほぬひらおりはなあいひひへほふんあお」

「ゴメン、何言ってるのか本気でわかんないよ」


 口に物を入れて喋るなって習わなかったのかな?


「んぐ……ごくん。これでもお主らよりは長生きしておるのだぞ、と言ったのじゃ。しっかり耳をかっぽじって聞き取れ」


 パワハラ師匠タイプかぁ……。なんか嫌だなぁ……。あとどう見ても歳下にしか見えないな。見た目もそうだが、纏う雰囲気がなんかもう子供だ。


「ちなみに何歳?」

「たぶん200歳くらいじゃ。そんなことより、まずはそっちが名乗らんか」


 そういえばまだお互いに自己紹介をしていなかったな。あまりに衝撃的な邂逅だったのですっかり忘れていた。


「エーベルハルト・カールハインツ・フォン・フレンスブルク・ファーレンハイトです。軍の階級は少尉。一応、Sランクの冒険者ライセンスを持ってます」

「イリス・シュタインフェルト。ハルトと同じ特魔師団の曹長。光属性魔法が得意。特定の冒険者ランクは持ってない」

「ヘンリエッテ・リリー・フォン・ベルンシュタインです。時空間魔法が使えます」


 三者三様の挨拶をすると、『白魔女』さんは少し驚いたような顔をして言った。


「ほお、お主ここの領地の息子かえ。カールハインツは元気か?」

「元気だよ」


 どうも敬語を使うのに違和感しか感じなかったので、タメ口に切り替えて返す俺。『白魔女』さんもその点については特に気にしないようで、俺達は初対面にも関わらずかなりフランクな口調で話していた。


「最後に会ったのはあやつが十八の頃かの。テレジアと一緒に旅立って以来会ってないの」

「母さんと知り合いなの?」

「テレジアは妾の弟子じゃ」

「マジで!」


 母ちゃん、『白魔女』の弟子だったなんて聞いてないよ。皇国に勇名を轟かす『新緑の魔女』の師匠が『白魔女』とか、世界って狭いんだなぁと再認識させられるな。


「じゃから妾から見たらエーベルハルトは孫弟子になるのかの」


 あの凄腕魔法士の母ちゃんの師匠なのだ。指南役に不足はない。


「そうだね。具体的な期間はイマイチ決まってないっぽいけど、しばらくの間お世話になります」

「うむ」


 こうして俺達は正式に『白魔女』に弟子入りしたのだった。



     ✳︎



「ええと、『白魔女』さん?」

「妾の名は、アンヌ・マリー・エレイン・ヤンソン・イグドラシル、じゃ。ちと長いがしっかり覚えてたもれ」

「じゃあマリーさん」

「さっそく覚えるの放棄しおったな。お主らの名前も大概長いくせに……」


 いやぁ、まったく日本にいた頃の三文字の氏名フルネームが懐かしいね。こっちの世界……それも貴族はやたらめったら名前が長くて、自分のですら覚えるのに苦労するくらいなのに。もっと「ジョン・スミス」くらいでいいと思うんだけどな。


 まあそれはさておき。ようやく辿り着いた『白魔女マリー』さんの家である。ここでどんな修行をするのかはせめて確認しておきたかった。


「それでマリーさん。俺達はどんな修行をするの?」


 ぶっちゃけてしまえば、俺達は既に「誰かに教えてもらう」という段階をとっくに過ぎてしまっている。魔法を習い始めの頃ならそれで良かったのかもしれないが、皇国の未来を担うと期待されるまでになってしまった俺達にとって、生半なまなかな指導はむしろ成長を阻害させる要因にしかならなかった。

 別にマリーさんの指導が駄目と言っている訳ではない。そもそもまだ指導を受けていないから判断はできないし、何より皇国最強とまで言われている彼女がただの一般人である筈がないからだ。彼女が魔法を使う様を見ているだけでも充分に糧になるだろうし、実戦形式の稽古でもつけてくれたら間違いなく飛躍的な成長が見込めるだろう。

 要するに、俺は期待から訊ねたのだ。一体俺達にどんな指導を施してくれるのか。俺達をどれだけの高みに連れて行ってくれるのか。自分の可能性を引き出してくれるかもしれない相手を目の前に、俺は居ても立っても居られなくなっていた。


「まあ落ち着けよ。詳細はまた明日にでも伝えてやるからの。妾はもう随分と長らく魔の森ここに住んでおるのじゃ。別に逃げたりはせぬ」

「ハル君、何かに興味を持つと結構夢中になるわよね」

「それもひとつの才能だと思う」

「確かに、それで完璧になるまでひたすら努力を続けるんだから凄いと思うわ」


 二人がツッコミつつも褒めてくれるのが、なんだか気恥ずかしい。


「まあ、確かにエーベルハルトの場合は『極めるまで努力する』という訓練が性に合っておるかもの」


 マリーさんがいきなりそんなことを言ってきたので、そう思った根拠を訊ねてみる。


「お主の魔力回路は何千何万と鍛錬を繰り返した者によく見られる拡張の仕方をしておる。妾くらいになるとそれがわかるのでな」

「当たり前だけど、伊達に皇国最強って呼ばれている訳じゃないんだね」

「じゃろ!? 妾、けっこう凄いじゃろ? だから見た目で侮るでないぞ!」


 どうやら幼児体型ロリータスタイルは地味に彼女のコンプレックスとなっているようだった。



     ✳︎



「今夜は豪華にしておいた。せっかくここまで辿り着いたのじゃ、盛大にもてなしてやろうぞ」


 その日の晩、食卓に上ったのは色とりどりの野菜や肉、フルーツなどがふんだんに使われた、貴族でも滅多にお目にかかれないような豪勢な食事であった。それもよく見てみれば、タンパク質や糖質が多めなエネルギー源になりやすい精の付くものばかりだ。


「明日から厳しい修行の日々なのじゃ。今日のうちにしっかりと栄養を蓄えておかねば倒れても知らぬぞ」


 やはりと言うべきか、このメニューは意図的なものであったようだ。つまりはそれだけ明日からの修行がハードということの裏返しでもあるのだが。


「修行内容は明日の日の出と同時に伝える。それまではせいぜい休んで楽しむんじゃな」


 夕食はとても美味しかった。そしてその分、マリーさんの意味深な笑顔が怖かった…………。

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