第97話 白魔女
「…………これは魔物?」
「…………あー、いや、違うんじゃないかな」
「……魔法……よね?」
魔の森を進むこと約一週間。中心部にかなり近付いてきたと思っていたら、俺達はよくわからない謎の物体――物体? に出会っていた。
その物体は空中に浮かんでおり、白く、直線的な辺と先鋭的な角度からなる特徴的な形をしている。…………要するに、まんま矢印であった。
「どう見ても矢印だよな」
「『白魔女』さんの魔法かしら?」
「悪意は感じない……けど、仕組みがわからない」
「そこなんだよなー。これ、単純な魔法に見えるけど、認識阻害が掛かってたり、虚像っぽいのに変に実体があったり、やたら凝ってるんだよな。こんなの神懸かり的な実力を持った魔法士にしか無理だろ」
似たようなことは俺達にもできる。魔力を実体化させつつ浮かべれば良いだけだし、イリスに至っては光魔法で虚像を浮かび上がらせればそれで良い。
ただ、この矢印のように「虚像でありつつ実体化させて、なおかつ認識阻害という相手の認知機能に干渉する高度な魔法を付与する」などという無駄に洗練された無駄のない無駄な技術を真似できるかといえば、かなり難しいのが実情だった。
そしてこのような
「まあ、普通に考えて『白魔女』さんだよな」
この矢印魔法が『白魔女』さんによって生み出されたものである蓋然性は非常に高いのだった。
「とりあえず害は無さそうだし、矢印の示す方向に行ってみよう」
「そうね」
「警戒は怠らない」
魔の森に来れば誘導がある、という話自体は聞いていたので、そんなに怪しむこともないだろう。これは言わば洗礼だ。「どうだ、お前らがこれだけ苦労して辿り着いたこの魔の森のド真ん中で自分は暮らしていて、さらにこんな
まあ、その分「強くなれ」ということなんだろうな。ここで
「やってやろうじゃんか」
俄然、燃えてきた。少年漫画の主人公ではないが、一丁熱くなってみるのも悪くないかな、と思う俺であった。
✳︎
「家だ」
「家ね」
「家がある」
矢印に従って歩くこと数十分。その間も相変わらず魔物に襲われながらそれらを迎撃しつつ進んでいると、鬱蒼とした森が突然
「ここが『白魔女』さんのお家か……。デカイな」
「お金持ち?」
「あのねえイリス。こんな辺鄙なところに住んでたら、お金なんて持ってても意味ないじゃないの」
「そうかも」
あれだけ鬱蒼としていて魔物もたくさんいたのに、ここだけ一本も木が生えていなくて魔物もいないというのは気になるな。結界でも張っているのだろうか。
試しに集中して魔力感知に挑戦してみる。『パッシブ・ソナー』の応用だ。
するとやはり予想通り、草原の外縁部――魔の森との境界線のあたりに強力な魔力の壁が張られているのを感知することができた。
「この先、壁があるよ」
「壁? …………あっ、本当ね」
「ぷにぷにしてる」
イリスが結界を指で突きながら遊んでいる。何やってんだまったく。
「触った奴に電撃を食らわすような結界だったらどうすんだ」
「…………警戒を忘れていた」
「気をつけてな」
「りょ、了解」
イリスに注意をしてから、俺は結界の方に向き直る。
「さて、今ので確実に中の『白魔女』さんには俺達の存在が伝わっただろうな。まあ矢印に案内された時点で伝わってるような気もするけど」
「どんな人かしらね。やっぱりハイエルフというくらいだし、長身で銀髪でとんでもなく美女なのかしら?」
「憧れる」
一般に、エルフ族は長身で金髪、美形と相場が決まっている。エルフ族基準だと「美形」の中にも色々と基準があるらしいのだが、俺達人族からしたら正直その違いなんてわからない。
そしてそのエルフ族の中から数百年だかに一度生まれ、エルフ達から崇拝の対象となるのがハイエルフだ。ハイエルフはエルフとは違って髪の色は銀色で、魔法に長けたエルフ達よりもさらに魔法に秀でており、特に精霊魔法を自分の手足のように使い熟すらしい。
普通のエルフ族すら滅多に見かけない皇国において、ハイエルフなどあまりに珍しいのでお目にかかれたら一生分の運を使い果たすとまで言われているくらいだ。いやもうそれ呪いじゃん、そこは御利益じゃないんかい、などと思ったりもしなくはないが、まあ皇国人は棚ぼた的幸運ではなくコツコツと積み上げた徳を重んじる傾向があるからな。そういう精神性というか、国民性なのだろう。
さて、そんな与太話はさておき。ようやくお待ちかねの『白魔女』さんのお出ましのようだ。
屋敷と呼んで差し支えない立派な家の扉が開き、中から人が出てくる。
白い肌。銀色の髪。そして……………………。
「長身で、銀髪で、とんでもなく美女?」
「銀髪しか合ってない」
「………………嘘よ!」
確かに顔は美形だ。とても整っていて羨ましいくらいだった。しかしそれは「可愛い」とでも表現すべき造形であって、「美しい」では決してなかった。
そう、屋敷の中から出てきたハイエルフさんは、紛れもなく幼女であった。
✳︎
「いや、まだあの子が『白魔女』さんと決まった訳じゃない! もしかしたら娘さんかもしれないだろ」
「『白魔女』さんは独身って聞いたけど……」
「じゃ、じゃあ親戚の子なんだよきっと」
「ハイエルフってそんな頻繁に生まれるものなの?」
「…………え、じゃあマジで『白魔女』さん?」
などとハイエルフの幼女を無視して話をしていたのが悪かったのか、可愛らしい声でとんでもない叱責が飛んできた。
「お主ら人ん家に来て第一声がそれかぁぁぁああああっ。裸にひん剥いて魔の森に放り出すぞこらあ!」
「うわ怒った!」
「当たり前」
冷静で辛辣なイリスのツッコミが辛い。
「お、お初にお目にかかります。ベルンシュタイン公爵家が長女、ヘンリエッテ・リリー・フォン・ベルンシュタインにございます。この度はお世話に」
「今更取り繕ったところで遅いわ、たわけ」
「あう……」
リリーが慌てて丁寧な挨拶を試みるも、あえなく撃沈する。
「エーベルハルトです。子供に間違えてしまってごめんなさい」
「潔いの。その姿勢だけは認めてやらんでもない。だが妾を侮辱したことは許さんぞ!」
「いや、侮辱だなんてそんな。とても可愛らしいですよ」
「せくしーと言え!」
「せ、せくしー?」
まあ特殊性癖を備えた
「イリスです。よろしく」
「お主も連帯責任じゃ。妾は決して許しはせぬぞ」
「……えっと、心ばかりの品ですけど」
そう言いながらイリスが差し出したのは、皇都で有名なスイーツ店のケーキだった。この世界では中世ヨーロッパほどではないとはいえ、それなりに砂糖が貴重品だ。そのため甘味は王侯貴族しか食べられない――――訳ではないにしても、庶民がおいそれと手を出せない程度には高級品だ。そしてイリスが差し出したのはかなり高額な店の一品。時間停止機能のあるインベントリが無いと持ち運びすら難しい貴重なスイーツだ。
「わあぁっ、ケーキだ! ………………あっ、おほん。ふ、ふむ。まあ? その、何じゃ。仕方ないの。イリスとやらの誠意に免じて許してやろうかの」
ちょろい。マジモンの幼女じゃん! 本当に大丈夫かな、この人……。
「いざという時の賄賂。買っておいて良かった」
「ナイスだ、イリス」
なかなか腹黒いことをするが、お世話になる相手に贈り物をすると考えれば別にそこまでおかしな話でもない。
斯くして、俺達は無事に『白魔女』さんの元へと辿り着くことができたのだった。…………まさか幼女とは思わなかったが。
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