第96話 HUGっと! 夜営地
「本当に夜営中なのか疑うくらい快適」
シャワーを浴びて寝巻きに着替えたイリスがベッドに寝転がりながらそんなことを呟く。一応、万が一に備えてすぐに戦えるよう準備は整えているみたいだが、その姿からはおよそ「夜営中」という言葉は連想ができなかった。
「微弱な『アクティブ・ソナー』も常時展開してるから、寝ずの番も必要無いしな〜」
「多分、公爵家が諸侯軍を率いて遠征に出掛ける時でもここまでリラックスはできないんじゃないかしら。ここまでくるともはや皇族くらいじゃないと太刀打ちできないかも?」
と、
「それにしてもさっきのオークは美味かったな」
先ほど食べた夕食を思い出して思わずにやけてしまう俺。オーク肉自体は何度も食べたことはあったが、あそこまで美味しいオーク肉は初めてだった。
「自分達で狩って調理した獲物だから、余計に美味しく感じられる」
「リリーの味付けが神懸かってたな」
「ほ、褒めても美味しい料理しかでないわよ」
「充分じゃないか」
やはり照れるリリーは可愛いな。比較的小柄な体格も相まって、思わず抱きしめたくなるような可愛さだ。
「ちょっ、いきなりどうしたの!?」
「すーーーーはーーーーー」
「ひゃあああ……」
なので思わず抱きしめてしまう。許嫁だし別に問題はあるまい。風呂上がりの爽やかな石鹸とリリー本人のほんの少しだけ甘い香りを鼻腔いっぱいに吸い込んで、アロマセラピーのようにリラックスする。
「む、破廉恥」
「何だ、イリスも抱きしめて欲しいのか」
むくれるイリスにそう振ると、イリスにしては珍しく顔を赤くして焦ったように言い訳し出した。
「別に、そういう訳じゃ」
「遠慮すんなって。ほーれ、ぎゅ〜っ」
「ふわあああ」
リリーを解放してからイリスの方に近づいて抱きしめてやると、例の真顔が崩壊して蕩けるような、アワアワしたような、よくわからない顔になった。
「むっ、リリーがバニラならイリスは……シトラスか? これもなかなか悪くない……」
「ばば、ばかっ、においを嗅ぐな」
「俺はイリスの匂いも好きだぞ〜」
「ふにゃああ……」
こうして夜営とは到底思えない、緩やかな夜は更けていく。
✳︎
「よし、では今日も張り切っていこう」
「お、おー……っ」
「…………了解」
翌朝、朝食など諸々の支度を済ませて、簡易夜営ハウスを出た俺達は出立しようとしていた。……のだが、何だか二人とも返事が不明瞭というか、恥ずかしそうにしている。
「二人とも?」
「……な、なんでもないわ。いいいいいきましょ」
「女
どうやら改めて顔を見合わせて、昨夜のハグ魔事件のことが気恥ずかしくなってきたようだった。欧米文化圏なら普通かなと思って半分出来心でセクハラムーブをかましてみたが、
「嫌だった?」
「い、嫌じゃないわ! ………………(だって許嫁だし)」
「…………悪くなかった」
リリーに関してはツンデレ(デレ要素大)なのはいつものことなので微笑ましいばかりだが、イリスは意外だな。親愛ならともかく、男女間の感情はあまり無さそうだと思っていたのだが。
「たまになら、ありだと思う」
どうやらハグ上等らしかった。俺としても女の子の柔らかボディを堪能できたので殺伐とした強行軍の気分転換にもなったし、それは彼女達も同じようなので結果オーライだ。心理的な負担が大きい時には人肌の温もりを感じるに限るね。
「えー、オホン。てことなので今夜もヨロシク。…………さて、気合い入れて行きましょう」
「りょ「了」うかい」解」
…………本当に大丈夫だろうか。まあ乱れた心もその内落ち着くだろう。それまでは
✳︎
「……相変わらずっ、魔物がっ、多いわね!」
「でも昨日よりはっ、だいぶ楽っ」
「ペースに慣れてきたからかな?」
昨日と同様にリリーが牽制、イリスが狙撃、俺が前衛で突撃兼防御のスタイルで鬱蒼とした魔の森を進んで行く。魔物はどれもなかなかに強くて気が抜けないが、落ち着いて対処すれば問題なく処理できる範囲内なので問題はない。
「……この分だと『白魔女』の元に着くのにはまだまだかかりそうね」
戦闘が一段落ついたので、呼吸を整えながらリリーが呟く。確かに戦ってばかりなので進むペースは早くはないが、それでも確実に前には進んでいた。
「うーん、とはいえもう少し進むペースは上げたいわね」
やはり民間人ゆえか、足を引っ張っている――ほどではなくとも進む速度の低下の一因になっているリリーが吐露する。
「ならもう少し魔法の精度を上げてみようか」
なので修行も兼ねてそんな提案をしてみた。
「精度を?」
「うん。今、リリーは牽制担当だろ。それを殲滅担当に変えるんだ」
「殲滅担当……。それだと魔力が不足しないかしら?」
「だからこそ精度を上げるんだよ。見本を見せよう」
俺は周囲に生えている木の枝を狙って『
「……すごい」
「一発一発の命中率を上げるんだ。できたら100%を目指して」
「できるかな……」
「まぁ、こればっかりは練習次第かな」
言うは易く行うは難し、だ。俺だって『アクティブ・ソナー』と『衝撃弾』、そして魔力のコントロールの練習をそれこそ血反吐を吐く勢いでコツコツと重ねたからこそ、かつてのゴブリン戦で習得に成功したのだから。
「これなら無駄が出ないから、最終的には今よりも魔力の消費量は減る筈だよ。コツとかは教えてあげるから、『白魔女』さんの元に着くまでにマスターできるといいね」
「が、頑張るわ」
「まあ、これが息をするようにできるようになれば宮廷魔法師団にも受かるんじゃないかな?」
威力に関してはリリーは問題ないからな。あとはコントロールだけだ。
「とりあえず、『アクティブ・ソナー』を覚えようか。あれはCランクだしそんなに難しくないから」
「うん」
という訳で急遽、魔法の講義を開催することになった。もっとも、講義なんて一瞬で、基本はひたすら襲い掛かってくる魔物相手に実践演習を繰り返すだけなのだが。
✳︎
そうして一週間が過ぎ。俺達は魔の森のかなり深いところまで到達していた。大気に満ちる魔力の濃度もかなり高くなってきている。そろそろ中心部が近いのではなかろうか。
「……『
「「「ガァアアッ!」」」
リリーの魔法もかなり命中精度が高まった。命中率も90%を超えるのではなかろうか。魔の森に入る前と比べたら雲泥の差だ。
「『
イリスも負けず、一撃の威力を随分と上げてきた。溜めの時間をかなり削減できたようで、以前までの『
そして俺だが――――
「――『
しっかりと素の状態での近接戦闘力を上げることに成功していた。流石に劇的な身体強度の向上は一朝一夕では望むべくもないが、身体の運び方、敵の攻撃の先読み、カウンターの決め方などはかなり身についてきた。
ここ一週間、毎日『纏衣』も『将の鎧』も、更に言うなら通常の『身体強化』すら無しで戦いまくった効果があったようだ。【継続は力なり】の本領発揮である。
全身の神経に魔力を流して反射神経を上げ、相手の反応速度を上回るスピードで舞い踊る嵐のように連続で攻撃をお見舞いする『嵐舞』の斬撃版、『華斬嵐舞』。
体内魔力や重心、筋肉、目線の動きなどから相手の次の一手を完全に見切って一撃必殺級のカウンターを仕掛ける『新月』。
いずれも北将武神流の中でも難易度の高い技だが、俺はこの一週間でこれらを確実に使い熟せるようになっていた。
「……あとは身体強度の底上げか。こればっかりは時間をかけていくしかないな」
あの
ならば俺にできない理由はない。
もうすぐそこまで迫った『白魔女』の気配を感じながら、俺は期待に胸を高鳴らせるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます