第95話 サバイバルの意義とBBQ

 魔の森を進むこと約10時間。だんだんと薄暗くなってきたこともあり、俺達は夜営の準備に取り掛かることにした。

 手頃な場所を確保し、魔物除けの魔道具を複数設置して、インベントリから簡易夜営ハウスを取り出す。これまで冒険者として活動してきた経験から、魔の森での夜営は対策をしないと命取りになると確信していたため、前もって用意しておいた秘密魔道具アーティファクトだ。


「流石はメイ。これなら絶対に安全だな」

「これを数日で用意するのは皇室お抱え職人でも難しいと思う」

「メイルらしいわね」


 俺が取り出したのは、二坪半サイズの簡易夜営ハウスだ。ただ、普通の夜営用テントとは訳が違う。使っている素材からして違うし、そもそもこれはであってではないのだ。

 まず、この簡易夜営ハウスを運用する上で必要となる大前提としてインベントリの存在が挙げられる。インベントリが無いと持ち運びすらできない設計になっているのだ。

 それもその筈。この簡易夜営ハウスは超絶頑丈な鋼鉄製なのだ。持ち運びの利便性やら収納性やらは度外視で、ひたすら防御力と耐久性のみを追求して作った超小型の要塞であった。

 換気・監視用の覗き窓はあるが、大きすぎるとそこから魔物の侵入を招くため窓の大きさは非常に小さい。出入り口もしっかりと内側から鍵が掛かるようになっており、一度閉め出されたら大砲で撃ち抜くくらいの衝撃を与えないと内部に侵入することはできない。

 加えて、室内の気温・湿度を調節する魔道具や小型のシャワールーム、簡易トイレ、ベッドなどが備え付けられているため、長期の籠城戦にも対応可能だ。

 まさに文字通りの要塞。しかも補給を無視できる以上、事実上なのだ。


「(……壁が厚さ10センチの鋼板とか、戦車かな?)」


 思わず小声で呟きながら外壁をコンコンと叩く。良い音がする。当たり前だが、硬い。


「確かにこれなら一晩中魔物の群れに囲まれてても快眠に支障はなさそうね……」

「昼間の苦労は一体」


 イリスが不満を漏らす。そう、あまりの魔物との遭遇率の高さに、俺達はまともな昼休憩すら取れていなかったのだった。

 もちろん食事と給水は欠かさなかったが、座って休むなど到底不可能だった。何せ数分で魔物の群れか、あるいはBランクを超える高位の魔物に襲われるのだ。一体どれだけの魔物が生息しているのか考えるのも恐ろしいくらいの遭遇率である。仮に魔物ハンターがこの場にいたら泣いて喜びそうだ。もっとも「Bランクの魔物と連戦しても余裕な魔物ハンターに限る」という注釈は付くが。


「まあイリス。これも修行の一環ということさ」

「頭ではわかってる。でも納得はいかない」

「イリス。せめて昼くらいは真面目に攻略しないと」

「うん。だからこれはただの愚痴。疲れて気が滅入ってる」

「イリス、お疲れ様。あとリリーもな。慣れない行軍で大変だっただろ」

「ううん、疲れたけど二人がサポートしてくれたからあんまり負担じゃなかったわ。明日はもう少し早くても平気ね」

「そっか。それは良かった」


 俺達は、昼間は敢えて凶悪な魔物達の跋扈する魔の森を正面突破していた。ただ、それは必ず通らなければならなかった道かといえば、実はそうでもなかったりする。

 実のところ、『白魔女』さんの元に辿り着くことだけを考えれば昼間のように真面目に攻略する必要は無いのだ。方法は簡単。俺が『飛翼』で高速移動して魔物を振り切りつつ魔の森の中心部にまで移動。設置型転移魔法陣を起動して、リリー達を呼び寄せればそれで完了なのだ。

 しかし、それだとこの修行の旅の理念に反してしまう。何のためにこの行程が組まれているのかを考えると、そのズルとも言える方法は取れなかった。俺がイリスに「せめて昼くらいは真面目に攻略しないと」と言ったのにはそういう理由があったのだ。


「……正直、この厳しい環境でいかに夜をやり過ごすかってのも、修行の一部のような気はするんだけど……。でもまあ、事前に対策を取ることの重要性を理解しているか否か、という視点で見れば馬鹿正直に夜を攻略するのもまさしく鹿からな」

「そうね。一流の戦士には体力と戦闘力以外にも、事前に対策を練っていたり咄嗟に機転を利かせたりする資質が求められるものね」

「中にはジェットみたいに体力と筋力で全てを強引に解決する猛者もいるけどな」

「あれは例外。参考にならない」

「ははは、本当にな」


 リリーが聞きなれない名前を聞いて首を傾げていたので、特魔師団の団長でそういう男がいるという話を簡単に教えあげる。


「魔の森から皇都まで走って二日!? 本当にその人は人間なの?」

「わからん。でも筋肉は人間じゃないくらい凄いよな」

「この前、素手で鉄製の甲冑を捻り潰して笑ってた。人間の所業とは思えない」

「ナニソレ……怖い……」


 リリーが青ざめて震えている。ジェットの野郎、俺の許嫁を怖がらせるとは何事だ。今度会ったら一発食らわせてやらないと。


 ……まあ、鉄製の甲冑を捻り潰すことは別に俺にもできなくはない。ただ、それをするためには『纏衣』や『将の鎧』を発動する必要がある。ジェットが恐ろしいのは、何も強化をしていないと思われる状態でそれをやってしまうところだった。本当、何者なんだろうな。いつか詳しく聞き出したいものだ。


 それはさておき、夜営の準備の続きだ。テントを張る作業等は簡易夜営ハウスのおかげでしなくてもいいが、食事の用意だけは行う必要がある。インベントリに入っている食材をそのまま食べるだけでも良いが、せっかくの機会だ。サバイバルの練習をしておくのも良いだろう。


 という訳で塩・胡椒・ハーブ・スパイス等をインベントリから取り出して並べつつ、同時に日中に狩ったオークを一匹取り出す。


「うーん、重いな。けど身が引き締まっていてなかなかに美味しそうだ」

「魔の森だから弛んでると生き残れないのかしら」

「怠けていると一瞬で死ぬ」


 そう、通常は太っているイメージの強いオークだが、魔の森に生息するオーク達は皆一様にムキムキでたいへん身が引き締まっていたのだ。まあ理由に関してはリリー達が言ってくれたように、弛んでいるとすぐに命を落としてしまうからである。必然、生き残った選りすぐりのオーク達はムキムキの戦闘タイプばかりになるという訳だ。


「だから全身の肉が高級品ヒレ肉扱い。魔力を豊富に含んでいるから味わいも深い」


 イリスがオーク肉を捌きながらそんな豆知識を教えてくれる。なるほど、ハイトブルクの高級店にもオーク肉のメニューがあったのにはそういう理由かあったのか。一般的にオーク肉は庶民向けの食材なので、不思議に思っていたのだ。魔の森に近いハイトブルクならではの光景であると言えよう。流石に皇都くらいになってくると、インベントリやらアイテムボックス持ちやらが運んでくるおかけで高級オーク肉が安定的に供給されているらしいが。


「リリー、後方5時の方向にアングリーホークが二匹。イリス、左横9時の方向からポイズンスネーク一匹」

「「了解」」


 ――――ドドッ……

 ――――パシュッ……


 こうして料理の下準備をしている間も、絶え間なく魔物は襲ってくる。一応、先ほどよりは遭遇率は下がっているようなので魔物除けの魔道具が効いているには効いているようだが、こうして外で作業している内は安心できないだろう。


「早めに調理を済ませてさっさとハウスに入ろう。食べるのは中でもできるしな」


 二人が俺の指示に頷き、作業を進める手を気持ち早めにする。実にスムーズに方針が決定するため、俺達はこれでも随分と余裕を持てている方だろうと俺は予想する。

 行軍中に俺がたくさん指示を出していたからだろうか、気が付けば少尉という階級を持ち、冒険者としても経験豊富な俺が便宜的にリーダーを務め、二人がそれに従って動くというサイクルができていた。二人ともそれに異論は無いようで、俺としても別に独裁を敷いている訳ではないため、二人がそれで良いなら問題はなかった。


「さて、そろそろ焼きにかかるか」

「「りょうかーーい!」」


 美味しくサバイバルとあって、二人ともなかなか楽しそうだ。修行を頑張りつつも、こうしてリフレッシュをすることも大切だと俺は思うのだった。

 

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