第94話 魔の森

「それじゃあ準備はいい? 一応戻っては来れるけど魔力が勿体ないからあんまり重要な用事じゃなければ戻らないからね」

「大丈夫。必要なものは全部インベントリに入ってるよ」

「わたしも新しくもらったインベントリに全部移した」

「そう。じゃあ行くわよ」


 翌朝。日が昇ると同時にやってきたリリーにせっつかれ、俺達は出掛ける最終準備をしていた。とは言っても必要なものはあらかじめインベントリに放り込んであるし、イリスも身内ということでメイにもらったインベントリがあるから実質手ぶらみたいなものだ。準備なんて顔を洗って朝飯を食べて探索用の服に着替えるくらいだった。


「気をつけてくださいね」


 見送りに来てくれたメイがそう言いながら何かを手渡してくる。


「これは?」

「まだ試作段階の盾であります。起動すると鋼鉄並みの硬さを持った実体化した魔力を球状に展開するんであります。ただ、一回使うと魔力切れになるので都度補充が必要なのがまだ試作品たる所以であります」

「また便利なモン作ったねえ」

「今回はテストも兼ねているのでタダでプレゼントであります」


 ちゃんと三つ、人数分あるようだ。


「それじゃ行ってくる」

「行ってらっしゃいであります」

「ま、たまには戻って来るからメイルは気にせず発明に励んでなさいな」

「行ってきます」


 他の家族達は既に見送りを済ませてあるので、あとはリリーの転移魔法で飛ぶだけだ。

 リリーが魔力を練り、三人分をカバーする大きな魔法陣を展開する。発動した魔法によって時空が歪められる。そして一瞬の後に俺達は魔の森まで転移したのだった。



     ✳︎



「うーん、相変わらず鬱蒼としてるわねぇ」

「虫とか多そう」

「虫よりろ魔物が多いぞ。虫だけに……ッふ、あはは!」

「ハルト寒い」

「ごめんねハル君……」


 女性陣の俺を見る目が冷たい気がする。リリーに至っては憐れみすら感じさせる視線だ。悲しい。


「いいのかお前ら。いざって時に頼りになるのは俺なんだぞ」

「卑怯」

「紳士的じゃないわよ」

「ギエエーーッ!! わかったよチクショウ! 寒いギャグを言って悪かったな!」


 多数決の暴力に俺は勝てないようだ。マイノリティの権利はいずこへ……。


「えーっと、二人とも。ちょっといいかしら」

「何?」


 リリーが改まって訊いてくる。なんだ、珍しい。


「二人は軍人だから大丈夫かもしれないけど、私は魔法が使えるだけのただの人間だから、道中で色々と迷惑を掛けるかもしれないわ。そこだけは先に謝っておくわね」


 その言葉を聞いて俺とイリスはつい顔を見合わせてしまった。


「なんだ、そんなことか。大丈夫だよ。リリーのペースに合わせて進むし、色々と準備してきたからそこまで辛くはならないと思うよ」

「そうかな?」

「大丈夫。わたしも運動は得意じゃない」


 ……ぶっちゃけると、イリスの「得意じゃない」はあくまで特魔師団基準の話であって、別に文字通り訳ではないのだが、そこはリリーのプライドのためにも敢えて伏せておこう。世の中、知らなくてもいいことはあるのだ。軍隊においては時として一般人、それも公爵家の御令嬢様が聞いたら仰天してしまうような厳しさが求められたりするのだ。


 まあ、今回はそこまでハードな行程を組むつもりはない。せいぜいが少し歩きにくいハイキングかトレイルランくらいに収めようと思っている。場所は魔の森と非常に危険な地帯であるという注釈はつくが……。


「さて、行こか」


 インベントリから魔刀・ライキリを取り出して腰に差しながらそう言う俺。


「うん」

「行きましょ」


 二人もまた頷き、俺達は魔の森の中へと足を踏み入れるのだった。



     ✳︎



「イリス、三時の方向からギャングウルフの群れだ。『光学迷彩ステルス』を展開して一匹ずつ討ち取れ! リリーは同じくギャングウルフの群れに初級魔法を連発、牽制しろ! 俺は正面のオークをやる!」

「了解」

「わかったわ!」


 魔の森の厳しさは、魔の森に入ってすぐに身を以て体感することになった。

 魔の森外縁部と普通の森の境目はやや曖昧だ。淡水と海水が入り混じる汽水域のように、中途半端に魔物が多く、また樹々のサイズもバラバラだ。その辺りでは普通の森よりもやや魔物が多いかな、程度で特に進むのに苦労することはなく、比較的楽に抜けられた。

 しかし、魔の森に突入してからは状況が一変した。明らかに空気が変わったのだ。生えている樹々はどれも20メートルを超す大樹ばかり。魔物もかなり増えて、しかもそのランクが最低でもCランク以上なのだ。伊達に皇国三大難所として、大山脈・大迷宮とともに恐れられている訳じゃない。


「今夜の晩飯になれぇっ!!」


 魔刀・ライキリでオークどもの首をスパンスパン刎ねていく俺。オークは単体でCランク〜B−ランクくらいはあるので、こうして群れでかかってこられると『纏衣まとい』を発動していない状態ではそこそこキツかったりする。

 とはいえ、こんな雑魚相手に『纏衣』を発動しているようでは、いくら俺の魔力が五万以上でもいずれは底を尽きてしまうというものだ。行程を効率的に進めるためにも、無駄な消耗は抑えなければならない。


「ギャングウルフ……数が多いわ!」

「リリー、手伝いはいる!?」

「……もう少しなら頑張れるわ!」

「わかった。頑張れ!」


 ギャングウルフもCランクの魔物だが、いかんせん奴らは数が多い。ハイエナの如く群れで行動するため、その脅威度はBランクと、単体のオークを僅かに超えるレベルだ。ただ、一匹一匹の耐久力は高くないので、今みたいに牽制しつつ一匹ずつ確実に倒していけば凌げる相手ではある。


「……よし、最後の一匹!」


 実はギャングウルフの群れは、『絶対領域キリング・ゾーン』を使える俺なら一瞬で殲滅が可能なのだが、しかしそれではリリーとイリスの修行にはならない。俺も仲間をカバーしつつ別の敵に回るという訓練がしたかったため、敢えてギャングウルフには手を出していなかった。

 そしてその意図は二人にもしっかりと伝わっていたようで、二人は俺にアドバイスは求めても、直接手を出すことは望まずに自分達で頑張っているようだった。


「ブモオォオォォッ……」


 オークの最後の一匹が倒れる。と同時にリリー達もギャングウルフの群れを倒し終えたようで、さっきまであれだけ戦闘の音で満ちていた魔の森は一気に静まりかえったのだった。


「はぁ……はぁ……。少し危なかったわね。連射がなかなか難しいわ」

「わたしも、もう少し正確に狙えるようにならないと……」


 二人とも、自分の課題をしっかりと認識したようだ。俺もカバーが完璧だったとは言えないし、何より『纏衣』を発動していない段階での近接戦闘力があまり高くないことが最大の課題だな。オーク程度ならまだどうとでもなるが、これがAランクとかの高ランクになってきたら無事では済まない。

 ……固有スキルの【継続は力なり】が、果たして肉体の強度にまで及ぶのかは不明だが、ひとまず俺の当面の方針としては素の戦闘力を強化することだな。スキルの説明欄にも「努力は必ず報われ、努力し続ける限り実力もまた伸び続ける」とあるのだ。どのような形であれ、まったく伸びないことはないだろう。これまでは魔力や魔法を中心に伸ばしてきたが、これからはバランスよく伸ばしていくのもアリだろう。


 それにしてもまったく、魔の森に足を踏み入れた瞬間にこれだからな。今の自分に何が足りないのかをまざまざと突き付けられた感じだ。

 …………ひょっとして、これも『白魔女』さんの仕組んだ修行の一環なんだろうか?

 だが、考えられない話ではない。魔の森を突破できるだけの実力がなければ修行をつけてもらう資格は無し。突破できるにしても、ただ森を通過するのではなく自分の課題を克服しながら突破するべし。

 ……充分にあり得る話だ。むしろ、魔人や公国連邦などの脅威が日に日に増していっている昨今、無駄な時間を費やしている暇など欠片も無いことを考えればしっくりくるくらいである。


「これは……先が長いぞ」


 魔の森程度、と嘗めてかかった奴は痛い目を見る。『白魔女』の修行は既に始まっているのだ。

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