閑話 200万PV記念 イリスの合格祝い 3
Side : Iris Steinfeld
「では次に二つ目の魔法を」
試験官から合図が出たので、わたしは二つ目の魔法を展開する。今度は足元の周りに魔法陣を展開する。ゆっくりと回転している魔法陣がだんだんと足首から頭に向かって浮かび上がってきて、わたしの下半身を透明に変えてゆく。
光属性補助魔法『
「あ、足が消えてる……!」
会場の雰囲気がどこか騒然としたものに変わる。やはりわたしの魔法は特魔師団から見ても珍しいもののようだ。
「あ、全身消えた」
二十秒ほどでわたしは完全に姿を消した。皆、わたしがここにいることはわかるみたいだけど、見えてはいないようだ。
そして一分間きっかりでわたしは魔法を解除した。
と、そこへ一人の試験官から質問が投げかけられる。
「シュタインフェルト受験生。今の魔法はあとどれだけ維持できる?」
「あと十分は続けられる」
この魔法は集中力は必要だけど、魔力はそんなに消費しない。わたしの魔力量なら十分は確実に継続できるだろう。
「ふむ……。わかった」
その言葉に満足したのか、質問してきた試験官は引き下がり、団長さんが口を開いた。
「それでは最後の魔法だが、準備は良いか?」
「はい」
「では、始め」
合図と同時に三回目の魔法陣を展開する。今度は足元と正面の地面に二ヶ所だ。
わたしをなぞるように魔法陣が足元から頭に向かって浮かび上がっていく。続いてもう一つの魔法陣が輝いて、わたしと全く同じ姿の幻影が生み出された。『幻影』だ。
「……」
試験官達が採点をしている。今回見せた『
そうしてまた一分きっかりで『幻影』を解いて、わたしは団長達の方に向き直った。
「……よし、では下がってくれ。試験結果は追って伝える。次はエーベルハルト受験生だ」
「うっす」
ハルトがこちらに向かってきて、わたしと入れ違いで場所を交代する。
「頑張って」
「ああ。俺も負けてらんないな」
「ん」
わたしは自分の実力を全て出し切った。ハルトも全力が出せるといいね。二人で合格できたらそれが一番良い。
「よっしゃ、俺も本気出すぞ」
「いや待て、エーベルハルト受験生。くれぐれも演習場は破壊するなよ」
「ええっ、俺そんな信用無い?」
「いや、お前の場合は戦闘だろう。相手が相手だからな」
「え、ジェットが相手じゃないんだ?」
「推薦人は自身の推薦した受験生を採点できないんだよ」
「へえ」
ハルトがやる気を出していると、団長さんから待ったがかかった。ハルト、この演習場破壊できるんだ……。しかも団長さんが推薦人なんだね。やっぱり格が違うなぁ。
「ジークフリート大尉!」
「ァス!」
団長さんに呼ばれた試験官の一人が返事をして、団長さんの元にズカズカ近付いてくる。若くて厳つい男の人だ。何となく柄がよろしくない。けど、とても強そうだ。
「テメェが死合の相手か」
ジークフリート大尉さんはハルトに何やら脅しを掛けている。やっぱり柄が良くない。
「安心しろ、殺しはしねえ。少し殺すだけだ」
「殺……、ん? あ?」
ハルトが対応に困っている。何でも卒なくこなすイメージがあったけど、実はハルトはそこまで器用ではないのかもしれない。そう思うと何だか急に親近感が湧いてきた。
「ジークフリート大尉」
「うス」
「殺す気でかかれ。でないとお前が危ない」
「…………うス」
団長さんにそんなことを忠告される大尉さん。…………これは荒れそうな予感。
「エーベルハルト受験生よ。ジークフリート大尉は騎士爵を賦与された皇国騎士だ。二つ名は『雷光』」
「……マジか」
それにどうやらあの大尉さんは皇国騎士でもあるようだ。特魔師団に合格することだけが目標だつたわたしからしてみれば、皇国騎士なんて雲の上の人だ。そんな相手と戦うなんて、ハルトはどれだけ強いんだろう。
「では両者、位置について……始め!」
ハルトの試験が始まった。
✳︎
すごい。ただ単純にすごい。月並みな感想しか言えないけど、これだけすごい人達がこの世界にはいるのか。
大尉さんは見えないくらいの猛スピードでハルトに攻撃を仕掛けているし、ハルトもハルトでありえないくらいの密度の魔力を纏ってそれを防いでいる。一体、どれだけの魔力があったらあんな使い方をできるんだろう。わたしの軽く二十倍はあるんじゃないだろうか。
そのまましばらく超人じみた応酬を眺めていると、そろそろ戦いがクライマックスに近づいてきたようだった。ハルトと大尉さんも、お互いに余裕がないみたいだ。
「……ジェット、先に謝っておく。すみません! でも負けたくない! 被害は最小限に抑えるけどもし壊れたらゴメンね」
「え? ま、待て! エーベルハルト、お前何をするつもりだ」
そう一方的に告げると、ハルトは何やら翼のようなものを背中から広げて演習場の天井付近にまで浮かび上がった。…………と、飛んだ!?
「天使……?」
「こ、これは……私も初めて見ましたね……」
近くで採点していた試験官のおじいちゃんが目を見開いて苦笑している。何だかとても優しそうな人で、あまり軍人には見えなかった。
「私も長いこと特魔師団にいますけど、空を飛ぶ人間は彼が初めてですね。いやぁ、なかなか珍しいこともあるもんだ」
おじいちゃんは興味深そうにハルトのことを眺めていた。いや、本当ハルトって何者なんだろう。皇国騎士の大尉さんと互角に渡り合ってるし、空飛んでるし……。
そんなことを思っていると、ハルトが身に纏っていた白銀色の魔力の層が右手に収束し出した。凝縮された魔力が眩い光を放って、加えて振動波で空気がビリビリと震えだす。
「……うぅっ」
目を開けていられない。それでも何とか見逃さないよう薄目でしっかりと試合の様子を見続ける。
……ハルトが拳を振りかぶって、地面に向けて腕を振り抜いた!
「————『烈風』!!!!」
————ドゴォォオオオオオオオオッッッ
目を開けていられないほどの凄まじい暴風が吹き荒れ、わたしは吹き飛ばされそうになる。
「うわあぁっ!」
「おっと、大丈夫ですか」
試験官のおじいちゃんが背中を支えてくれたおかげで何とか吹き飛ばされずに済んだが、何という威力だろう。自分の見た光景が信じられない。
やがて煙が晴れて目に入ってきたのは、演習場の地面に空いた大穴、その大穴の傍に降り立ったハルトと、穴の端っこの方で気絶していた大尉さんだった。
✳︎
実技試験が終了し、面接も終え、合格発表まで暇になったのでわたしは駐屯地の中庭で休んでいた。
「あ」
「ん、おつかれ」
ハルトも面接が終わったのか、スッキリしたような顔で彼が中庭に出てくる。
「よっ。面接どうだった?」
「んー、わからない」
「そりゃそうだよな。でもあれだけ凄い魔法があるなら、よっぽど人格か思想に問題が無い限り落とされはしないだろ」
ハルトがわたしの魔法を褒めてくれた。ハルトの魔法には及ばないけど、やはり自信のあった魔法なので褒めてくれると嬉しい。
「ハルトの魔法もすごかった」
「ン、ありがとう」
「興奮した」
「そ、そう」
あれだけすごい魔法が使えるのだ。ハルトはきっと将来大物になるだろう。
「ハルトは間違いなく受かる。流石、団長が推薦しただけはあると思う」
「まあ、落ちる気はしないかな」
当たり前だとは思うけど、ハルトには自信があるようだ。
「私は微妙」
「筆記三割がネックだよなぁ……」
頼みの綱は実技試験だけど、それもハルトのを見た後だと霞んでしまう。
「イリスはなんで特魔師団に入ろうと思ったの?」
「……私の家は下級士族だから」
わたしはハルトに入団試験を受けた動機を説明する。
「でも士族なら、やはり出世はしたい」
「名誉を重んじるのは貴族と変わらないってことだな」
「そう。私には赤い血と青い血の両方が流れている」
「出世するなら、イイとこの坊ちゃんと結婚するって手もあるんだろうけど……」
「政略結婚は絶対にイヤ」
「だよな」
貴族のくせにノブレス・オブリージュの精神を理解しない人間はとても多い。そんな人間の元に輿入れするくらいなら、わたしは自分の力で家を再興させたい。それに、自分で頑張らないとご先祖様にも顔向けできないし。
「何というか……俺が言うのも変だけど、受かるといいな」
「うん」
ハルトはわたしの事情を理解してくれた。やっぱり良い子だと思う。わたしも受かってるといいなぁ。そしたら一緒に働けるのに。
✳︎
「それでは結果発表だ。覚悟は良いか」
「うん」
「は、はい」
指定された時刻になり、わたし達は筆記試験の時の部屋に戻ってきていた。正面には団長さんが書類を脇に抱えて立っている。
「ではまずエーベルハルト受験生から。…………筆記85点、実技100点、面接82点。合計267点で、文句無しの合格だ」
「よっしゃあ!」
当たり前のようにハルトは合格していた。おめでとう。
「続いてシュタインフェルト受験生だ。覚悟は?」
「だ、大丈夫です」
緊張でまっすぐ立っていられない。何度も深呼吸をして、ようやく気分を落ち着かせる。
「それでは…………筆記30点、実技95点、面接55点。合計180点で、ジャスト合格点だ。おめでとう」
最初は何と言われたのか、理解できなかった。数秒して、ようやく「合格」と言われたのだと理解できた。胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。さっきとは違う意味で身体が震える。
「……やったなイリス!」
「〜〜〜〜〜〜っ」
思わず飛び上がって喜んでしまった。いけない、クールな女がわたしのモットーなのに。
「危なかったな、あと一点低かったら落ちていたぞ」
「ちょっと、ジェット! どっちにしろ合格したんだからそんなことどうでもいいだろ! 水を差すなよ!」
「いやあ、まあそれだけシュタインフェルト新兵の光魔法には皆期待しているということだ。そこは誇っていい」
「……だってさ、イリス」
「うん。光魔法は私が一番得意な魔法。光魔法なら誰にも負けない」
「そうだ、その意気だ。特魔師団に所属するなら一つくらいは誰にも負けないものがないとな!」
団長さんは大口を開けて笑っている。
「ジェットの場合は筋肉かな?」
「む? 俺の筋肉は世界一だ」
「ふ、ふふ……」
「イリス?」
まったく、わたしがこれだけ緊張していたというのに、ハルトは面白い冗談なんかを言っている。でもおかげで緊張がほぐれて、今も素直に結果を喜ぶことができた。試験の時も、ハルトがいてくれたおかげでやる気をコントロールできたようなものだ。
「ハルト、面白いね」
感謝を伝えたかったが、言葉で伝えるのは恥ずかしかったので、わたしはそう言って誤魔化した。ハルトは何だかキョトンとした目でわたしのことを見ていた。
✳︎
「もしよかったらどこか寄っていこうよ」
「ん?」
無事に合格して、やり遂げた気持ちでハルトと二人で帰っている時。ハルトがそんなことを言ってきた。
「合格祝いさ。二人しかいない同期、仲良くしようぜ」
「……うんっ」
どうせ帰っても一人だ。貯金は少ないけど、ありえないくらい高待遇の特魔師団に内定をもらった今なら貯金を使い切ったところで問題はない。だったら羽を伸ばしてパーッと祝いたいというのが人間の性というものだ。
「あの店、良い雰囲気だな」
「良い」
駐屯地から歩いて数分のところにあったそのお店は、何だか大人が行くようなお洒落な雰囲気だった。
「いい匂い」
「夕暮れの和み亭、か……。よし、ここにしよう」
扉を開けると、給仕のお姉さんが忙しそうに店内を歩き回っていた。
「いらっしゃーい! 二名様?」
「うん。二人です」
「こちらの席にどうぞー!」
店内の奥のテーブル席に案内される。少し待ってやってきた給仕のお姉さんが注文を訊いてきたので、二人とも同じルミア牛のステーキを頼むことにした。
数分して、とても美味しそうに焼かれたステーキとパン、果実水が運ばれてきた。石皿の上でジュウジュウと煙を立てながら肉が焼かれており、今にも肉汁が溢れ出そうだ。
「それじゃ、合格を祝して……乾杯!」
「乾杯」
ステーキには塩胡椒とハーブの簡単な味付けのみが施されていた。それでもとても美味しくて、わたしは幸せな気持ちになる。
ステーキを食べながらわたしは、ボロ
内容は至ってシンプルに、「特魔師団に合格したよ」というものだ。本当はすぐに伝えたかったし、できることなら会って直接言いたかったけど、伝書鳩を出すようなお金は無いし、馬車で会いに行くのにも数日はかかる。明日からの任務がある以上、手紙でしか伝えることはできなかった。
でも、手紙は時間はかかる。返事をもらおうとすればもっと長い時間がかかるだろう。勉強を教えてくれたパン屋の娘さんも古都の学院に留学に行ってしまったので、本当なら今日、すぐに合格を祝ってくれる人は誰もいない筈だった。
そんな単身上京してきて誰も祝ってくれる人がいなかった中、唯一祝ってくれたのが、こうして一緒に合格を祝っている同期の
何だか不思議な気持ちだ。まだ会って初日なのに、もうこれだけ仲良くなっている。彼の存在が心の中で大きくなっている。
「……イリス?」
じっと見つめていることに気がついたハルトが、顔を上げて訊ねてくる。
「ん、何でもない。このステーキ美味しいね」
「そうだな。何というか、温かいな」
温かい、か。なるほど、確かにこの感情を一言で表すなら「温かい」が一番相応しいと思う。
――――わたしは今、最高に温かい合格祝いをもらっているのかもしれなかった。
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長い長い200万PV記念「Side : Iris Steinfeld」編もこれにて終了です! 次回からは通常の時系列で物語が進んでいきます。
また、読者の皆様の応援もあって、なんと本日「努力は俺を裏切れない」のフォロワー数が1万の大台に乗りました!! 本当にありがとうございます!!
未だかつてない快挙に震えております。ここ最近下がる一方だったPV数・フォロワー伸び率が何故か数日前から急上昇しており、
近いうちにフォロワー1万人記念の閑話でもまた書こうかなと思います。リクエスト等あれば応援コメント欄にて言ってくだされば、もしかしたら採用する可能性がなきにしもあらずです(採用しないかもしれないのでそこはご了承ください!)。
あと「学園編が読みたい」との要望がございましたが、次の「白魔女編」が終わったら「学園編」に入ろうかな〜なんて考えています。エーベルハルト達のキャンパスライフ、楽しみに待っていて下さいね。
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