閑話 200万PV記念 イリスの合格祝い 2

Side : Iris Steinfeld


「……………………落ちた」


 当然のことながら、特魔師団の入団試験にわたしは落ちた。そもそも筆記試験が通らなかった。

 まあ、当たり前の話だ。特魔師団の筆記試験は皇立四大学院の入学試験にも匹敵する難易度だと聞く。皇国軍幹部の試験も兼ねている以上、難しいのは自明だった。


「明日から浪人生活か……」


 特魔師団は三ヶ月に一度、入団試験をおこなっている。今回は八人が受けて合格者は一人も出なかったそうだ。

 わたしは筆記試験が通らなかったので、実技試験を受けてはいない。人とは違うこの魔法には自信があるので、筆記試験さえ通ればわたしは特魔師団に入れるかもしれないのだ。


「受験勉強、頑張ろう」


 幸いにして、近所のパン屋でお仕事をさせてもらえることになった。生活はそれで何とかなるだろう。あとは休んだり遊んだりする時間を削って、ひたすら勉強あるのみだ。

 絶対に合格して、イリス・シュタインフェルトの底力を見せてやるのだ。そしてご先祖さまと両親に胸を張って特魔師団に合格したと伝えるのだ。



     ✳︎



 皇都に来てから一年が経った。あれから更に二回試験を受けて、二回とも落ちた。今日は四回目の試験。この一年の集大成を見せる時だ。


 一年間必至に勉強して、何とか筆記の学力はボーダーラインに引っかかる程度には伸ばすことができた。というのも、なんとお仕事先のパン屋さんの娘さんが天才で、皇立文理学院に進学したというのだ。

 コネを得たわたしは、必死に頼み込み、お仕事の出勤時間を増やす代わりに娘さんに勉強を教えてもらう約束を取り付けることに成功した。


 娘さんはとても頭が良く、教え方が上手だった。おかげでわたしの学力もみるみる向上した。

 これならいけるかもしれない。わたしはかつてない自信を胸に、試験に臨んだのだった。



     ✳︎



 試験会場の部屋には先客がいた。わたしと同い年か、ちょっと下くらいの男の子だ。身に纏う空気が普通の人間とは違う。これまで入団試験を受けていた人達は皆どこか普通の人間といった様子で、もれなく皆不合格を食らっていたが、彼は違う。こういうのを「格の違い」って言うんだろうな……と思っていると、彼がわたしに会釈をしてきた。

 わたしなど見向きもしないだろうと思っていたが、どうやら思ったよりも礼儀正しい人みたいだ。なんだか拍子抜けしてしまったが、相手も同じ人間なのだ。彼にできてわたしにできない道理はない。わたしは「負けるなわたし!」と再度自分に発破をかけて席に着いた。

 それにしても昨日の夜遅くまで復習をしていたからとても眠い。試験まであと少しだけ時間があるので、少しでも眠って脳のコンディションを整えておこう……。わたしは試験会場の机に突っ伏した。



     ✳︎



 試験が終わった。絶望だ。絶望しかない。何故わたしはこんなに頭が悪いのだろう。一年間の努力とは一体何だったのだろうか。

 本番に弱いわたしがこれまでの人生を悔いていると、同室で受験していた例の男の子が近くにやってきて話し掛けてきた。


「君、さっきの試験できた?」

「ん、やばかった」


 素直に答えると、男の子は何とも言えない微妙な表情になって言った。


「えっと、何割くらいいけそう?」

「三割くらい?」


 直前の追い込みで四割はいけると踏んでいたが、現実は厳しかった。希望的観測の要素大でそう答えると、男の子は渋い顔になった。


「マジかよ大ピンチじゃん」


 何も言い返せない。事実だ……。

 ただ、わたしには実技がある。ボーダーラインの三割さえ超えていれば、何とかなる…………気がする。


「わたしは実技でカバーする。筆記は捨てた」

「面接もあるんだけど……」

「面接も捨てた」

「おい」


 そういえば面接なんてあったね……。わたしは今更ながらになって面接の存在を思い出した。どうしよう、わたしコミュニケーションは苦手なんだけどなぁ……。


 そんなことを考えていたらお腹が痛くなってきた。ちょっとトイレ……。


「あれ、どこ行くの? もう五分くらいで集合時刻だよ」

「トイレ」


 急いで戻って来よう。実技を受けられないのは困る。


「あっ、失礼」


 男の子が何か言っていたが、わたしのお腹はそろそろ限界であまり耳に入ってはこなかった。



     ✳︎



「よし、ちゃんと時間通りにいるな。では第1演習場へと向かうとしよう」


 なんとか集合時刻に間に合ったわたしを見て、試験官の団長さんはそう言った。軍隊は時間厳守が鉄則だから、正直かなりヒヤヒヤしていた。


「筆記試験の結果は?」


 男の子が団長さんにそう訊ねる。ここで落ちていたらわたしは実技試験を受けずにそのまま帰ることになる。今までの三回がそうだったが、やはりこの瞬間は毎回緊張する。


「うむ、取り敢えず二人とも最低基準点はクリアだ」

「「やったぁ!」」


 思わず叫んでしまい、男の子とハモった。お互いに顔を見合わせて、少し笑ってしまう。


「ただシュタインフェルト受験生に関しては最低基準点ジャストだったからな。他で挽回しないと合格は厳しいぞ」

「むっ」


 それでもギリギリだったらしい。運良くちょうど三割のボーダーラインを超えられたみたいだ。団長さんから厳しいお言葉をもらってしまう。


 それでも合格は合格だ。実技試験で挽回しよう、と張り切っていると、男の子がこちらを見ていた。そういえば自己紹介がまだだったね。


「イリス」

「?」

「イリス・シュタインフェルトです。よろしく」

「ああ、俺はエーベルハルトだよ。ハルでいいよ」

「ハルトがいい」

「あ、うん。好きに呼んでくれていいよ……」


 ハルだと少し呼びにくい。なのでハルトと呼ぶことにした。


「さて、エーベルハルト受験生にシュタインフェルト受験生。お前達は実技の試験、どちらの方式を選択する?」


 団長さんがわたし達にどちらの試験を選択するか訊ねてきた。


「俺は戦闘かな」


 どうやらハルトは戦闘を選ぶようだ。確かに纏っているオーラからして見るからに強そうなので、納得だ。


「わたしは実演」

「へえ、実演なんだ?」


 ハルトがそう言ってきたので、わたしは理由を説明する。


「魔法には自信があるけど実戦を経験したことがない」

「なるほどね」





「さて、ここが第一演習場だ」


 第一演習場はかなり広い立派な体育館だった。


「見ての通り床は土でできているから、仮に魔法で破壊したとしても土魔法で修復が可能だ。つまり建物を壊さない範囲内であれば思いきり魔法をブッ放して良いぞ!」


 わたしの魔法は対人戦でこそ効果を発揮する……とわたしは思っているので、破壊力自体はそこまで大きくない。特魔師団レベルになってくると演習場を破壊できるんだなぁ、と内心で感心する。


「む、他の試験官が来たようだ」


 団長さんの言葉に反応して出入口の方を見ると、数名の試験官が演習場に入ってくるのが見えた。


「皆強そう」


 流石は特魔師団。憧れる。ここまで来たからには、わたしも絶対に合格して彼らの仲間になるのだ。


「それではまずはイリス・シュタインフェルト受験生からだ」

「はい」


 試験官の団長さんに呼ばれてわたしは前に出る。


「それでは演習場の中心部で待機せよ。始め、の合図で開始だ」

「わかった」


 この日のために幼い頃から毎日特訓を続けてきたのだ。筆記ではボーダーラインギリギリだったが、魔法には自信がある。今こそその自信を現実にする時だ。


 ハルトと試験官達が演習場の壁際に退避した。試験官達はわたしをぐるりと囲むように散らばったため、全方向から見られているのがよくわかる。……とても緊張する。

 わたしは深呼吸をして心を落ち着かせ、体内の魔力を循環させる。大丈夫、わたしならできる。


「始め!」


 団長さんがよく通る大きな声で合図を出す。

 その掛け声と同時にわたしは魔法を発動した。自分の周りに複雑な魔法陣が展開されていく。そして右手を前に向かって突き出して、わたしは魔法を放った。


 ――――パシュッ……


 右手が激しく発光して標的の人形が黒焦げになって弾け飛んだ。……うん、成功だ。


「な、何だ今の?」


 試験官達が目を見開いてわたしに注目している。今の技は彼らのお眼鏡に適っただろうか?

 すると、ハルトがボソリと呟いた声が聞こえてきた。


「レーザービーム?」

「ほほう、攻撃型の光魔法とはなかなか珍しいな!」


 なんと、ハルトと団長さんはわたしの魔法の正体を初見で見抜いた。

 光魔法。それがわたしの得意魔法だ。


 光魔法は普通、支援系の魔法として使われている。だからわたしみたいに攻撃に光魔法を用いるのは相当珍しいと思っていたのに、彼らには一瞬で見抜かれてしまった。流石は特魔師団。レベルがとても高い。

 柄にもなくゾクゾクとしたものを感じていると、ハルトと目が合った。彼もまた、わたしを見てゾクゾクとしたものを感じているようだ。


 ――――いける。わたしの魔法はこの特魔師団の世界でも通用する。

 自信が深まると同時に、さらに心は落ち着いていく。次の魔法も問題ない。しっかりと成功させよう。

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