閑話 200万PV記念 イリスの合格祝い 1

Side:Iris Steinfeld



「それじゃあ、しっかり頑張ってくるんだぞ」

「身体は大事にするのよ。辛くなったらいつでも戻ってきていいんだからね」

「うん、わかってる。でもこれは私が決めたことだから」


 12歳の少女が背負うにしてはやや大きすぎる荷物を背負いながら、わたしは家の前で両親に見送られていた。


「立派になったな、イリス……」

「私達の娘がこんなに立派になってくれて、もう言うことは無いわ」


 やや大袈裟とも言える言い回しで感動を伝えてくれる両親。普段は厳格な父も、この瞬間だけはわたしを心配する一人の父親だった。


「絶対に特魔師団に入って、シュタインフェルト家を再興するから」

「イリス。お前ならできる。なんてったって俺達の自慢の娘なんだからな!」

「ええ、そうよ! イリス。あなたならできるわ! きっと受かる!」

「頑張る」


 特魔師団は超々難関の師団だ。わたしみたいなありふれた一般家庭の一人娘が合格する確率は万に一つも無い。そもそも特魔師団の関係者からの推薦が無いと受験すらできないシステムなのだ。

 でも、幸いにして推薦は受けることができた。父の古い知り合いが昔、特魔師団に所属していたらしいのだ。本人曰く「末端の末端」だったらしいが、それでも特魔師団に入団できるエリートであることには違いない。その人から推薦を受けて、取り敢えずわたしは受験資格を得ることだけはできた。

 加えて、わたしは人とは少しだけ違う魔法が使えた。特別頭が良い訳ではなく、魔力も桁違いに多い訳でもないわたしにはそれだけが救いであり、わたし達家族にとっての唯一の希望だった。



 我が家は下級士族だ。平民としての側面と貴族としての側面を兼ね備えた、中途半端な身分。その中でも限りなく平民に近い、末端の下級士族が我が家の立ち位置だった。

 父親は良くも悪くも凡庸で、皇国軍騎士団のカルヴァン駐屯地で小隊長として長年勤務している。騎士団なので平均よりは待遇は良いが、決してエリートではない。母親も家事は得意だけど、士族としての才能はない。

 特筆すべき事項の無い両親だが、先祖を敬い、立派に生きようとする気概は本物だった。わたしはそんな両親を尊敬していた。能力的には大したことなくても、士族として恥ずかしくないよう毎日を立派に生きている。そんな大人にわたしもなりたいし、そんな両親のためだからこそ、わたしは特魔師団に入って実家を立派な士族として再興させたいと思ったのだ。


 両親が涙ながらに見送ってくれているが、正直、わたしは合格するまでは帰らない覚悟で今ここに立っていた。次に両親に会えるのがいつになるのかもわからない。ひょっとしたら旅の途中で危険な目に遭ったり、試験にずっと受からなくて合わせる顔が無かったりして、もう二度と会えなくなるかもしれない。


 それでもわたしは皇都に行って、特魔師団に受からなくてはならない。家の再興のため、そして両親を笑顔にするために。


 人口五万弱のカルヴァンの街。都会ではないけれど、田舎でもない街。そんなどこにでもある、ありふれた家庭の一人娘のわたしは、何者かになるために巣を飛び立った。



     ✳︎



 乗り合い馬車に揺られながら、わたしは魔力コントロールのトレーニングをする。生まれつき他の人よりも魔力の多かったわたしだが、これから受験しようとしている特魔師団の基準からすれば別に誇れることでも何でもない。なので、少しでも魔法を使う際のロスを削って効率良く魔力を節約できるようにならないといけないのだ。


 そうして目を閉じて瞑想していると、向かいの席に座っていたおじいさんが声を掛けてきた。


「お嬢ちゃん、魔力の修行かい。精が出るねえ」

「ん、そう。よくわかったね」


 この世界に生きる人間なら皆等しく魔力は持っているが、それでもほとんどの人はせいぜい日用魔法を使うので精一杯だ。だからこうして瞑想トレーニングで魔力のコントロール練習をしている人はかなり少なかったりする。

 それをこのおじいさんは一目で見抜いたのだ。なかなかできることではない。もしかしたらこの人も昔は魔法士として活躍していたのかな?


「ほっほっほ、不思議そうな顔をしているねえ。これでも昔は魔法士として従軍していたんだよ」

「そうなんだ」


 最近は平和が続いているが、昔はもっと戦争が多かったと聞く。大規模な戦争はここ数百年近く起きていないが、小競り合い程度ならつい最近まで頻発していたそうだ。


「若い頃は何度か紛争に駆り出されてね」


 そう言うおじいさんは、しかしどこか楽しげだ。


「大変だったね」

「まあ従軍生活は大変だったがね。今思えば良い仲間にも恵まれて、悪くはなかったね」


 紛争というからには当然死者も出た筈だけど、おじいさんは悲しそうな顔はしていなかった。


「貴重な魔法士だから、といって小隊長なんかにも任命されてしまってね。魔法を敵の部隊に叩き込んで混乱させ、その隙に部下をけしかけて大打撃を与えたりしたもんだ。今となっては過去の自慢話にしかならんがね」

「おじいさん、凄かったんだね」

「お嬢ちゃんは、そんな昔のワシよりも魔力が強くて、魔力の扱いが上手い。きっと成功するよ」

「ん、ありがとう」


 年寄りの自慢話かと思ったら、そうではなかった。むしろ自分という比較対象を挙げた上で、わたしを褒めてくれた。何とも幸先のいいスタートだ。



     ✳︎



 皇都に着き、おじいさんと別れたわたしは早速不動産屋へと出向いた。これから特魔師団の試験を受ける訳だが、必ず合格するという確証はどこにもない。むしろ落ちる可能性の方が遥かに高いのだ。落ちたら次の機会に備える必要があるため、家を契約するのは必須事項だった。


「あの、皇都で一番安い部屋を探してるんですけど」


 店の中のカウンターで煙草をふかしながら新聞を読んでいた不動産屋のおじさんが、こっちをチラリと見てから返してくる。


「皇都で一番安い部屋? 怨霊の棲み着いた呪われた屋敷なら銀貨一枚で所有権を移せるけどどうする?」


 人はそれを厄介払いと言うのだと思う。銀貨一枚もらって、更に抱えているだけで損失を生み続ける負債を人に押し付けるなんて、この不動産屋こそが怨霊のようだ。


「帰る」

「冗談だよ! 間に受けないでおくれ。流石にそんなことはしないよ!」


 冗談だったみたいだ。わたしは返しかけていたきびすを元に戻し、不動産屋に向き直る。


「オホンッ…………それで一番安い部屋だったね?」

「うん」

「一応、職業不定の男共が共同生活を送ってる寮みたいなのもあるにはあるけど……」

「それはちょっと嫌……」

「だよねー。となると年頃の女の子が一人暮らしするのに問題が無い中で一番安いのになるね……。ええと、風呂無し厨房・トイレ共同の二坪半部屋が月4万エルで借りられるね」


 高い。地元のカルヴァンの街なら同じ値段で風呂有りトイレ有り厨房有りに加えて四坪の部屋が借りられる。これが皇都か。


「どうする? 多分、これより安いのだと瑕疵物件か馬小屋みたいな感じになっちゃうと思うけど」

「うーん、それにします」

「まあ俺も長年この仕事やってるからね、気持ちはわかるよ。皇都の物価は高いよね」


 不動産屋のおじさんが「わかるわかる」とでも言いたげな様子でウンウン頷いている。


 こうしてわたしの第二の家が決定したのだった。

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