第575話 魔剣カタストロフ

Side : Johann



 ジークフリート中佐の単純かつ明快な作戦を聞いたヨハン・シュナイダー少尉は、一つ深呼吸をした。先の戦いでは自分は失態を晒し、あろうことか上官のエーベルハルトに尻拭いをさせてしまった。

 いくらプライベートでは友人であるからといって、エーベルハルトとは生まれの身分も違うし階級だって天と地ほどの差がある。そんなある意味では雲の上の存在であるエーベルハルトに助けてもらうようでは、自分は部下としても友人としても駄目だという反省がヨハンにはあった。

 だからこそ、もう二度とそのような大失態はしないと心に誓ったのだ。たった一人の妹すら守れずして、何が武人か。友に助けられるだけで自分は友を助けることができない。そんな奴にどうして上官が自分に仕事を任せようと思えるのか。

 汚名を返上するなら今である。


 覚悟を決めたヨハンが一歩前に出る。腰に下げているのは、幾分か細身になった魔剣「ディアブロ」の生まれ変わりだ。悪魔が封印されていた「ディアブロ」は粉々に砕け散った。その破片を集め、鋳潰し、ミスリルやオリハルコンとともに鍛え直したのがこの新生「ディアブロ」なのだ。

 名を改め、魔剣「カタストロフ」。の名を冠した、稀代の鍛冶師謹製の魔剣である。


「――――参る」


 ヨハンが駆け出した。その速さはそれほど驚くべきものではない。だが彼が一歩進み、一つ剣を振るうごとに一体、また一体と魔物が斬り伏せられてゆく。あまりに滑らかな動きに思わず見入ってしまうほどだ。


「……これが新しい『カタストロフ』の力かよ」


 ジークフリートはほんのわずかにだけ冷や汗を滲ませ、小さく呟いた。

 魔剣カタストロフに付与された異能は不明である。より厳密に言うならば、「どれだけの異能が付与されているかは不明」である。数にしろ質にしろ、全容はまったくもって判明していないのだ。

 シュナイダー家に伝わる伝説の魔剣を現代に生きる神業鍛冶師が鍛え直したことによって、魔剣ディアブロは神代の聖遺物にも見劣りしない規格外の魔剣カタストロフへと進化した。その神器カタストロフが秘めたる力のすべてを引き出せる領域に、ヨハンはまだいない。

 ゆえに魔剣カタストロフがどれだけ強い剣なのかは、剣を鍛えた当の本人であるメイル・フォン・アーレンダール・ファーレンハイトをもってしてもわからないという。ただ、少なくとも現時点で判明している権能が二つだけあった。


 その一つが「無心」。使用者ヨハンの集中力を極限まで高め、本人の持てる潜在的な強さを引き出すという権能だ。


「……ふっ、はッ! せぇえいっっ!」


 ヨハンの太刀筋には一切の乱れもない。目は真っ直ぐ魔物らの群れを見据え、次にどこから攻撃が来るのかをあらかじめ予測している。

 ファーレンハイト少将やジェット・ブレイブハート中将のような規格外の猛者が常日頃からやっていることを、ヨハンもまた魔剣の助け有りではあるが実践することができていた。

 魔剣ありきと言うなかれ。この「無心」なる権能は、本人の持つ実力以上のものを引き出すことはない。ヨハンがこれだけ綺麗な太刀筋を振るうことができているのは、紛れもなく彼自身の鍛錬の賜物である。にしてもそうだ。長年の修行の積み重ねがなければ見えるものも見えてこない。

 以前までのヨハンであれば多かれ少なかれ魔剣ディアブロに振り回される部分があっただろうが、今は違う。この強さは間違いなくヨハンの強さそのものなのだ。


 そして二つ目の権能。こちらのほうが一つ目よりもなお規格外であった。その名も「悪食あくじき」。斬り倒した敵の魔力・生命力を吸い取り、使用者に還元するという悪魔のごとき凶悪な権能である。


「凄いな。どれだけ斬っても疲れるどころか、むしろ活力がみなぎってくる」


 ヨハンは冷静だった。無心に敵を倒す中で、普通であれば疲労から集中力が途切れる瞬間もあるだろう。だがヨハンにはそれがない。常に最高の精神状態で、最高のパフォーマンスを発揮することができる。ゆえにヨハンは乱れない。ジークフリートやコンスタンスの技のような見た目の派手さはないが、着実に一体一体を撃破するその積み重ねの先に、彼の勝利はあるのだ。


「……面白ェ」


 ジークフリートはニヤリと笑う。新しい武器を手に入れて、己の部下がまた一つ大きく成長したのだ。これもあの上官エーベルハルトの影響だと思うと不思議な気持ちになる。

 かくいう自分もまたその一人なのだ。強くなりたい。強く在りたい。そう思える根底には、きっとあの少将への仲間意識とライバル意識のようなものが関わっているのだろう。


「オレも負けてらんねぇよなァ」


 ジークフリートは「迅雷剣」を抜き、双剣モードにした状態で己の必殺魔法を発動する。


「――――『晴天の霹靂』ッ」


 雲一つない青空に、雷鳴が轟いた。甲高い、小鳥のさえずりのような破裂音。明滅する紫電の光が渓谷地帯を明るく照らしだす。


「いくぜッ。コンスッ、ついてこられンならついてきやがれ!」

「なめんな! 自分は栄えある神殿騎士が四位、コンスタンス・ブラッドフォードだぞ! むしろてめえが置いてかれんじゃねーぞっ」


 ジークフリートが駆けだした。この戦場において誰よりも速く、誰よりも鋭く魔物の群れを斬り裂いてゆく。それに一拍遅れてコンスタンスが追随する。速度だけならジークフリートよりもやや遅いが、一度に倒す魔物の数ならむしろ彼女のほうがやや多いくらいだ。軍服姿のジークフリートと違ってコンスタンスは金属鎧を身に纏っている。その重たい格好でこれだけの突撃力を発揮するのだから、なるほど確かに神殿騎士の四位というのは伊達ではないらしい。

 そしてそうこうしている間にも着実に一体ずつ敵を仕留めていくヨハン。それに続く特戦群の兵士や神殿騎士達。

 戦局は確実にハイラント・カンブリア連合軍の有利に傾いていた。







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